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保育の勉強は自分を否定する作業


保育士をはじめたころ
先輩の真似をとりあえずしていた。
そしてその園の独自のルールや決まりを守る。
を繰り返して真面目に仕事に取り組んだ

そして
基本を一通り学ぶと
保育が出来たと勘違いする。

そこで違う園で、働いてみた
前の園での基本があるので
ある程度はできてしまう。
また同じ作業を繰り返して
やっぱり、保育が出来たと思ってしまった。

このままで大丈夫?ってことで
学校へ行って学び直した。
2年間頭に投資した。
とても大事な2年間となった。
自分の無知に気付いた。
まだまだ足りないものが多すぎた。
このまま何かを研究する道を選ぶか
と思い迷ったが、お金(給料の良さ)を取れなかった。

また保育現場に戻り
保育を行うことにした
すると全ての
見える世界が変わってしまった。

そこでやっと気付いた!
勉強は
知識を得るだけが勉強だと思っていたが、
勉強は
調子に乗った自分を否定してくれるものなんだ
と。

小学校からきちんと真面目に
勉強に取り組んでいたら
もっとはやく勉強の楽しさに気付いたのかもしれない。

世の中の人はみんな勉強の楽しさを知ってて
隠しているのか。
そのことを見る事もしていなかった自分を反省した。

保育士養成校から保育士になった人は
ほとんどの人が勉強の楽しさを
知らない(私もそうだったから)と思われる。
だから働くと勉強しないし
毎年同じことを繰り返すという方法を
行う。仕方ない勉強の方法や意味を知らないから。

優秀な保育士は勉強(学び)の楽しさを知っているので自分で学ぶ。格差は広がっていく。

そんな保育界に日本の未来を任せて
大丈夫?なのかな。と思う。これまでは
人間性だけでどうにかなってきた世界
かも知れないが
これからは子どもに学びを伝える側が
学ぶ時代でないといけないと思う。
特に管理職は。

管理職が勉強すれば良い保育になるわけでもないがまずそこから始めるべきなのかなと
私は考える。

勉強すると保育の迷いが増える
間違っていないという自信と
ほんとに間違いない?という自分が闘う、
これが子どもを保育するという意味だから
それで良い。

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