![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/117614006/rectangle_large_type_2_305e61b560449e5e6a773ca52b7a3486.png?width=800)
想定外の声量
声のコントロールとは難しいものである。
例えば、声の強弱やトーン。
普段の会話ではそんなに意識していないし、
そもそも意識する必要もない。
しかし、いざと言うときに、ある一定の声の強弱やトーンを狙って発声するのはなかなか難しいものである。
*****
現在、僕は無職だ。
収入がゼロの中、なんとかお金を工面するため、近頃、断捨離を行い、要らなくなったものをリサイクルショップへ売りに行っている。
大体、お店に行くと身分確認がある。
マイナンバーカードや運転免許証などの
身分証明書を見せて、お店の買取表に
名前、住所、職業、年齢等を記入する。
別になんてこともない普通の手続きだが、
ここに一つ悩ましい種があるのだ。
職業欄だ。
理由はいたってシンプルである。
"無職"って書きたくねぇ。
"無職"と書くのが恥ずかしい。
"無職"と書くことに抵抗がある。
店員さんに「この人、無職なんだ」
と思われるのが嫌だ。
年齢の記入が必須なのもネックだ。
31歳である。無職である。
31歳、無職である。
羅列してみると中々のインパクト。
「この人、31にもなって無職なんだ」
と店員さんに白い目で見られていないか
ドキドキしてしまう。
たかがリサイクルショップの買取カウンターなのに、まるで法廷の証言台に立たされて、その人となりを見定められているような心地になる。
非常に居心地が悪い。
しかし、だからと言って、うそを書くのもアレである。うそをつくのって何かと抵抗がある。
嫌々ながらも、仕方なく職業欄の枠に"無職"と記入するのだが、"無職"と記入したその横に、
" (退職したばかり) "
と尋ねられてもない情報をわざわざ追加する。
せめてもの"あがき"である。
実際は「仕事を探す気力もなく、ただぶらぶらしている無職」というのが実態であるが、何としてでも、その「The 無職」みたいな印象を持たれるのを避けたかったのである。
「あくまで、ちょうど退職したばかりのタイミングで、一時的に無職なだけだ」というニュアンスを醸し出したかったのである。
なんといじらしいプライドだろうか。
無職になっても、プライドだけは一丁前である。
こうして、リサイクルショップに足を運ぶ度、
買取カウンターで鼻くそみたいなプライドと戦う日々であったが、やはり何事も場数を踏むことは大切である。
最近ようやく"無職"と書くことに抵抗がなくなってきたのだ。
ある日気がつくと、前みたいに変なプライドを呼び起こすこともなく、いたって自然体で職業欄に"無職"と記入している自分がいたのである。
我ながら自分の成長に驚いた。
言い訳はいらない。
おれは無職。
あるがまま"無職"と書く。
ただそれだけだ。
名言みたいになったが、もう
それぐらいのマインドセットだったのだと思う。
"慣れ"というものはある意味恐ろしいものだ。
そんなこんなで"無職"と書くことに対する抵抗感も克服し始め、リサイクルショップでの小銭稼ぎが波に乗り出してきた、つい先日のことである。
行きつけのリサイクルショップで買い取りができない本があり、別のリサイクルショップを訪ねた時のこと。
買取カウンターへ品物を持っていくと店員さんに「いらっしゃいませ。買取ですね?」と言われるので、「はい」と答える。
身分証明書の提示を求められ、運転免許証を渡すと、店員さんはそれを確認しながら、何やらレジに備え付けのタブレット端末をいじりだした。
どうやら他の店のように買取用紙ではなく、タブレットに買取客の情報を打ち込むらしい。
「へ~、タブレットなんだ、便利」と感心していると店員さんから再び声がかかる。
「ご職業はどちらになりますか?」
手元のタブレットを見ながら店員さんが言う。
そのタブレットをチラッと覗くと、会社員、学生、主婦、手伝い、自営業、無職など職種の選択ボタンが並んでいる。
ボタンを選んで押せばいいのかなと思ったが、店員さんはこちらにタブレットを渡す素振りは見せない。
店員さんがこっちを見ている。
えっ?
どうやら、口で申告するタイプらしいのだ、、、
ここでまた僕の鼻くそプライドが揺れ動いたのは言うまでもない。
"無職です"って言いたくねぇ。
分かるだろうか。全然、違う。
言うのと書くのとでは全然、違う。
ただ黙って紙に"無職"と記入するのと、わざわざ"無職です"と発音して伝えるのとでは全然、敷居の高さが違う。
好きな異性に「好き」を文字で伝えるより、口で直接伝える方がよっぽど勇気が要るのと同じである。
それは、ちがうか。
一瞬、僕はフリーズするが、同時に
一つの考えが頭をよぎる。
でも、ちょっと待てよ、と。
たしかに「無職です」と言うのは恥ずかしい。
でも、だからと言って、恥ずかしそうにモゾモゾと「無職です」と言う方が、かえって余計哀れっぽく聞こえないだろうか?
ここは「無職ですけど、何か?」とでも言わんばかりに堂々と伝えた方がよいのかもしれない。
あくまで自然体で、そして堂々と言う。
そうだそれでいこう。
急に自信がわいてきて、
僕は口を開いた。
無職でぇす!
あっ
スカすつもりだったオナラが
音が出ちゃった時の「あっ」である。
どうした、おれ?
急にどうした、おれ?
何をどう間違ったのだろうか、
隊員の点呼みたいな発声しちゃった、、、
教官「そこのお前、職業は!?」
自分「はい、自分は、、、無職でぇす!」
みたいな。
想定していたよりも大きな声が出てしまい、自分で驚いた。
どうやら「無職」という言葉を意識しすぎたために変に力んでしまったようである。
そして、こんなに声高らかに無職を宣言する客に、目の前の店員さんも少し戸惑ったのだろう、一瞬、間を置いてから、「はい、、」と言って
無職のボタンをタップする。
ああ、、、
僕は急にその場から逃げ出したい気持ちになった。
その後、僕は何事もなかったように平然を装い、
手続きを済ませ、なんとかその場をしのいだが、もう穴があったら入りたい気分だった。もし本当に近くに穴があったら間違いなく入っていただろう。
買取が終わり次第、そそくさと店を出たことは言うまでもない。
*****
想定外の声量。
うそみたいなホントの話。
ここまで読んでくれた皆さんも今までに、思わず
大きな笑い声が出てしまい、それがめっちゃ響いて恥ずかしかった、とか
好きな人の前で、抑えようとしたゲップが思わず出てしまい気まずくなったとか、そんな経験はないだろうか?
これはそういう類の話である。
誰にでも起こりうる話、つまり他人事ではないのである。
次はきっと、あなたかもしれない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?