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想定外の声量

声のコントロールとは難しいものである。
例えば、声の強弱やトーン。
普段の会話ではそんなに意識していないし、
そもそも意識する必要もない。
しかし、いざと言うときに、ある一定の声の強弱やトーンを狙って発声するのはなかなか難しいものである。

*****

現在、僕は無職だ。
収入がゼロの中、なんとかお金を工面するため、近頃、断捨離を行い、要らなくなったものをリサイクルショップへ売りに行っている。

大体、お店に行くと身分確認がある。
マイナンバーカードや運転免許証などの
身分証明書を見せて、お店の買取表に
名前、住所、職業、年齢等を記入する。
別になんてこともない普通の手続きだが、
ここに一つ悩ましい種があるのだ。

職業欄だ。

理由はいたってシンプルである。











"無職"って書きたくねぇ。











"無職"と書くのが恥ずかしい。
"無職"と書くことに抵抗がある。
店員さんに「この人、無職なんだ」
と思われるのが嫌だ。

年齢の記入が必須なのもネックだ。
31歳である。無職である。
31歳、無職である。
羅列してみると中々のインパクト。

「この人、31にもなって無職なんだ」
と店員さんに白い目で見られていないか
ドキドキしてしまう。
たかがリサイクルショップの買取カウンターなのに、まるで法廷の証言台に立たされて、その人となりを見定められているような心地になる。
非常に居心地が悪い。

しかし、だからと言って、うそを書くのもアレである。うそをつくのって何かと抵抗がある。

嫌々ながらも、仕方なく職業欄の枠に"無職"と記入するのだが、"無職"と記入したその横に、
" (退職したばかり) "
と尋ねられてもない情報をわざわざ追加する。

せめてもの"あがき"である。
実際は「仕事を探す気力もなく、ただぶらぶらしている無職」というのが実態であるが、何としてでも、その「The 無職」みたいな印象を持たれるのを避けたかったのである。
「あくまで、ちょうど退職したばかりのタイミングで、一時的に無職なだけだ」というニュアンスを醸し出したかったのである。

なんといじらしいプライドだろうか。
無職になっても、プライドだけは一丁前である。

こうして、リサイクルショップに足を運ぶ度、
買取カウンターで鼻くそみたいなプライドと戦う日々であったが、やはり何事も場数を踏むことは大切である。

最近ようやく"無職"と書くことに抵抗がなくなってきたのだ。

ある日気がつくと、前みたいに変なプライドを呼び起こすこともなく、いたって自然体で職業欄に"無職"と記入している自分がいたのである。
我ながら自分の成長に驚いた。

言い訳はいらない。
おれは無職。
あるがまま"無職"と書く。
ただそれだけだ。

名言みたいになったが、もう
それぐらいのマインドセットだったのだと思う。
"慣れ"というものはある意味恐ろしいものだ。

そんなこんなで"無職"と書くことに対する抵抗感も克服し始め、リサイクルショップでの小銭稼ぎが波に乗り出してきた、つい先日のことである。

行きつけのリサイクルショップで買い取りができない本があり、別のリサイクルショップを訪ねた時のこと。
買取カウンターへ品物を持っていくと店員さんに「いらっしゃいませ。買取ですね?」と言われるので、「はい」と答える。
身分証明書の提示を求められ、運転免許証を渡すと、店員さんはそれを確認しながら、何やらレジに備え付けのタブレット端末をいじりだした。
どうやら他の店のように買取用紙ではなく、タブレットに買取客の情報を打ち込むらしい。
「へ~、タブレットなんだ、便利」と感心していると店員さんから再び声がかかる。

「ご職業はどちらになりますか?」

手元のタブレットを見ながら店員さんが言う。
そのタブレットをチラッと覗くと、会社員、学生、主婦、手伝い、自営業、無職など職種の選択ボタンが並んでいる。
ボタンを選んで押せばいいのかなと思ったが、店員さんはこちらにタブレットを渡す素振りは見せない。
店員さんがこっちを見ている。










えっ?










どうやら、口で申告するタイプらしいのだ、、、
ここでまた僕の鼻くそプライドが揺れ動いたのは言うまでもない。













"無職です"って言いたくねぇ。













分かるだろうか。全然、違う。
言うのと書くのとでは全然、違う。
ただ黙って紙に"無職"と記入するのと、わざわざ"無職です"と発音して伝えるのとでは全然、敷居の高さが違う。
好きな異性に「好き」を文字で伝えるより、口で直接伝える方がよっぽど勇気が要るのと同じである。
それは、ちがうか。

一瞬、僕はフリーズするが、同時に
一つの考えが頭をよぎる。

でも、ちょっと待てよ、と。
たしかに「無職です」と言うのは恥ずかしい。
でも、だからと言って、恥ずかしそうにモゾモゾと「無職です」と言う方が、かえって余計哀れっぽく聞こえないだろうか?

ここは「無職ですけど、何か?」とでも言わんばかりに堂々と伝えた方がよいのかもしれない。
あくまで自然体で、そして堂々と言う。
そうだそれでいこう。

急に自信がわいてきて、
僕は口を開いた。









無職でぇす!















あっ








スカすつもりだったオナラが
音が出ちゃった時の「あっ」である。


どうした、おれ?
急にどうした、おれ?

何をどう間違ったのだろうか、
隊員の点呼みたいな発声しちゃった、、、

教官「そこのお前、職業は!?」

自分「はい、自分は、、、無職でぇす!」

みたいな。

想定していたよりも大きな声が出てしまい、自分で驚いた。

どうやら「無職」という言葉を意識しすぎたために変に力んでしまったようである。

そして、こんなに声高らかに無職を宣言する客に、目の前の店員さんも少し戸惑ったのだろう、一瞬、間を置いてから、「はい、、」と言って
無職のボタンをタップする。

ああ、、、

僕は急にその場から逃げ出したい気持ちになった。

その後、僕は何事もなかったように平然を装い、
手続きを済ませ、なんとかその場をしのいだが、もう穴があったら入りたい気分だった。もし本当に近くに穴があったら間違いなく入っていただろう。

買取が終わり次第、そそくさと店を出たことは言うまでもない。


*****

想定外の声量。

うそみたいなホントの話。

ここまで読んでくれた皆さんも今までに、思わず
大きな笑い声が出てしまい、それがめっちゃ響いて恥ずかしかった、とか
好きな人の前で、抑えようとしたゲップが思わず出てしまい気まずくなったとか、そんな経験はないだろうか?

これはそういう類の話である。

誰にでも起こりうる話、つまり他人事ではないのである。

次はきっと、あなたかもしれない。


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