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過眠症(或いは脳が起きたふりをすること)

小学校の卒業式練習は、自分の呼名まで起きるのが苦しかった。
中学校の授業は毎時間5分くらいずつ寝てしまっていた。
高校の好きな授業でも、プリントにミミズの字が踊っていた。
担任に寝落ちたところを見つかって、廊下に放り出された。
大学の授業も毎時10分は寝てしまった。らくがきをすれば意識が保つと分かったけど、そんなの教授にバレたらなんて言われるか……。
卒論作成で意識を失うと思ったら怖くなって、エナジードリンクとカフェモカを続けざまに飲んだら気持ち悪くて何も書けなくなった。
教習所に行ったら座学で意識を失って、イエローカードを突きつけられた。

就職したら座ることが怖くなった。
好きな内容の講演会を聴きに行くと、大抵最初の30分の記憶はなかった。
座ったら意識が飛ぶと分かっていたから、上司に頼んで立ち仕事をいっぱいもらった。
どうしてだろう、と思われたようだが話は聞いてもらえた。
それでも座り仕事をやらないといけなくと、必ず意識が飛んでしまった。
別の上司に強い口調で責められた。
怖くなって、カフェイン錠を2シート破った(全部開けるのは怖かった)。さらにエナジードリンクを通勤中に飲んだ。
昼食が喉を通らなくなり、周囲に察されるのが怖くて、口数を減らして対処した。代わりに指先の震えが止まらなくなった。
別の職場に移って、会議中に寝落ちた私を見た上司がこう言った。
「それは、病院で相談するべきだよ!」

ナルコレプシーという病名は知っていたけど、私は夜きちんと眠れているから違うと思った。
だから私はただの寝落ち癖のある人だと思っていた。
毎日カフェイン錠を買い足して、足りなくなるのが怖くなって、3箱くらい取っとかなくちゃ、ダメなら全部飲まなくちゃと思っていた。
それがどうやらビョーキらしいと、巡回でカウンセリングに来ていた医者が行ってきた。
「脳波をとると分かるかもしれませんよ」

私は健康ですという証明が欲しくて、心療内科に行った。予約がすぐに取れなかったらやめようと思ったら、あっさり取れてビックリした。
時間がないと言ったらMRIを取り、頭に電極をつけて、暗闇の中横になれと言われた。
いくつか指示をされた気がするが、意識はすぐに飛んで行った。

結果、私の脳波は動きが異様に小さいとのことだった。
「過眠症の疑い」が、今の私の診断。

おかげで保険料は上がってしまった。
おかげで定期通院をすることになってしまった。
でも、以前より寝落ちることがなくなった。
自分の悩みを言葉に表し、立ち仕事を選ぶことを遠慮されなくなった。
あの日の上司が、真剣に私の悩みを受け入れてくれたから選べた選択だ。

ある先輩は「音楽を爆音でかければ起きられるよ」というけど、かえって逆効果だ。
それとなく、私を呼んでくれることがいちばん助かる。
意識が飛ぶとすぐ叩いてくる人は困る。
寝たくないのに意識がないことは怖いし、そんな状態になる自分がいちばん嫌いだ。
だからそっとしておいてほしくて、終わった後に「落ちてたねぇ」と言われるくらいがちょうどいい。
あるいは、「座るとよくないので立ちたいんです」と言ったらそうか、と受け入れてくれるくらいが嬉しい。

この前、久しぶりに講演会の途中で意識が飛びそうになった。
もはや金縛りだった。
モヤモヤする視界の中で必死にメモを取ろうと手を動かしたら、字になっていない字が残されていた。
たぶんこれが過眠の症状なのだろう。

もうすぐ薬を飲んで5年になる。
早くこの薬がなくても金縛りにおそわれない身体が欲しい。

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