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『アダルトグッズ店が僕の青春だった。』その⑦「ラブドールに愛を込めて」


しばらく何も書かず、このアプリの存在すら忘れていたのだが、久しぶりにアダルトグッズ店で働いてたあのころの思い出でも語ろう。

ラブドールにまつわるアレコレ

 先日、といっても一ヶ月ほど前になるのだが、是枝監督の作品を見ていた。
 タイトルは『空気人気』。タイトルから分かるかもしれないが、この作品にはラブドールが出てくる。
 簡単なあらすじ紹介としてだが、とあるラブドールに突然命が宿り、さまざまな経験を経て、恋をして感情を得ていくというストーリーだ。
 話自体が面白いとは特に思わなかったが、ラブドールを演じる主演のペ・ドゥナのお尻が美しかった。

『空気人形』より 主演のペ・ドゥナ


 で、本題に入るがラブドールについてだ。
ラブドールの歴史は意外にも古いらしい。
ラブドールはダッチワイフとも呼ぶが、そのまま訳せば「オランダ人妻」を意味する。
 語源としては、19世紀後半のオランダ人商人が単身赴任でインドネシアで取引していたときの境遇に由来するとか、オランダ人が寝る時に竹で出来た筒を抱き締めていたことに由来するなど様々あるので、よく分からない。

 俺たちがイメージするダッチワイフつまりラブドールの存在自体は昭和30年代からメディアに登場するようになり、様々な作品媒体にもラブドールが登場するようになる。
あの手塚大先生も70年代にラブドールの漫画を発表している。

手塚治虫『やけっぱちのマリア』より




話を戻そう。
アダルトグッズ店での出来事について。

 俺が働いていたアダルトグッズ店にも、ラブドールはあった。
今のラブドールてのは、見た目も精巧に出来ていて、細部までこだわっているのだから、そりゃ当然値段も張る。
もちろん商品なのだから売ってはいるのだから、おいそれと買えるような値段ではなく、どちらかというと客寄せのための置物みたいになっていた。

 俺がラブドールを購入した客を見たのは一度きりしかない。しかし、その一度きりはやけに印象に残っている。

狂気的な愛を持つ男
または世界一ピュアな愛を持つ男


 先程言ったがウチの店のラブドールはもちろん買うこともできる。だが基本的には観賞用に飾ってあるだけで、買う人はいないし、勿論だが勝手に触れてはいけない。

 と言ってるのに、それを全く聞きもしない1人の男の客がいた。
彼はメガネをかけたマジメそうな顔つきなのだが、ムキムキに鍛えた身体にタンクトップを着ていた。
やめてくださいと言っても聞きはしない。

 「彼女のことがすごい好きなんだ」と言って、とあるラブドールのことがお気に入りだったようだが知ったことではない。
とうとうヤツは摘み出されたが、なんてクレイジーなやつなんだと俺は思った。

 しかし、摘み出されて一週間も経たないうちにヤツはまたやって来た。俺たちは呆れ、副店長はブチギレる寸前だった。スタッフ全員で奴の動きを監視し、副店長や先輩バイトは何かあったらタダじゃおかないぞと息巻き、謎の連帯感があったが、実際にその何かがあった時、俺は何をすべきだったのかはよく分かってなかったと思う。ただ何がこれから起きるのかワクワクしていた。

 そして俺の予想をも上回る、思いもよらぬことが起きた。

 ヤツはこう言った。

「彼女が欲しい。金はある」

 奴はそう言って何十万もするラブドールをとうとう手に入れた。彼の愛が勝ったのだ。
なぜか知らないが負けた気がした。
俺は奴の車まで重たいラブドールを一緒に運んだのだが、話してみたら意外にも普通のやつというか、悪いヤツではなかった。というか少し口下手な人なのだなと感じた。

 彼が吐いたセリフは、書いてみれば陳腐というか別に何も良くはない。だけれども、陳腐というか自分の欲求をストレートに表した言葉ていうのは意外と人前で言えるもんじゃない。
 全てとは言わないが多くの人には、他人は言えない嗜好や欲望がある。それを隠してヘンタイを指差して笑うけれども、どこかで思ってるはずだ。自分だって充分にヘンタイだって。

 だけれども彼は自分をヘンタイだと認めてるかは知らないが、恥もせず堂々と赤の他人の前で自分の欲望をストレートに簡潔に言ってみせた。そんなヤツの姿に俺はカッコよさと羨ましさを感じた気がする。

 別にヘンタイなのは悪いことじゃない。どうせ人間はスケベで不埒な生きものだ。人様に迷惑をかけない以上、どのような思想を持とうがそれは本人の自由である。
 であるのならば、自分の欲望にもっと素直になったほうがより人間らしいと思うし、人生もより楽しくなるだろう。

 踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損々

 全くもってその通りである。

(つづく)




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