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ジンマ、来ませり ~九頭竜の花嫁達~第3話 八重 

■ 高天家 当主の間

 絶句するオロチ、桜花、知世の三人を尻目に、八重はウキウキした様子で桜花に抱きついている。
 オロチは顎を上げて桜花に合図をすると、桜花は頷き八重を引き剥がした。

桜花「八重。詳しく説明なさい」

 桜花は八重の肩を両手でつかむと、真剣な眼差しでそう訊ねた。
 
八重「説明も何も、さっき言った通りですけれども?」

 八重は不思議そうに目を丸めると首を傾げた。

桜花「何で八重までオロチの花嫁に立候補するという話になるんですか? ダメです、認めません。今すぐ帰りなさい」

 桜花は内心、オロチを取られまいと焦っていた。
 すると、八重は目を潤ませると、桜花の手を両手で掴んだ。

八重「もう大丈夫ですよ、桜花御姉様!? この八重が身代わりになって桜花御姉様をお助けいたします!」

 オロチ、桜花、知世の三人は目を丸めて首を傾げる。

桜花「助けるって……それはどういう意味?」

八重「いいのです。もう何も言わないでくださいましな、桜花御姉様! 九頭竜家の為に自らを犠牲にするのは、もうお止めください!」

 八重は今にも号泣しそうになるくらいに目を涙で潤ませた。

桜花「いえ、ですから、私はオロチのことを愛しているので、自らの意志で結婚を申し込んだと何度も説明したでしょう?」

八重「嘘です! そうじゃなきゃ、凶暴で女ったらしで有名な高天オロチと結婚なんて、まともな人間なら自ら申し出るわけありません! 義輝叔父様に無理矢理嫁ぐように命じられたのでしょう? きっとそう。間違いなくそうに決まってます」

 オロチは腕を組みなが苛立ちを露わに顔を痙攣させている。
 そんなオロチを見て、桜花は焦燥に塗れた。このままではオロチが激高してしまう、と。

八重「ほら、その証拠に、あの男は今も盛った様子で私を視姦しています。きっと若くて可愛い女の子なら誰でもいいのでしょう。なら、桜花御姉様よりスタイルと顔が良くて若い私なら身代わりになれると思ったんです……!」

 その瞬間、桜花とオロチは殺気だった鋭い眼光を八重に放った。
 オロチは桜花の側に近寄ると、そっと耳打ちする。

オロチ「おい、桜花。こいつ、馬鹿なのか?」

桜花「いえ、ちょっと自意識過剰なだけなんですよ」

八重「ちょっと! いやらしいですわよ。桜花御姉様に近寄らないでくださいまし!」

 八重は鼻息を荒らげながら二人の間に割って入ると、オロチに向かって両手を広げた。

八重「さあ、私の身体を好きな様に弄ぶがいいですわ。その代わり、桜花御姉様は家に帰してあげてくださいまし。この通りです……」

 八重は膝をつくと、オロチに向かって平伏する。

オロチ「桜花、何なら二人一緒に帰ってもいいんだぜ? 元々、オレは結婚に乗り気じゃないしな」

桜花「そんな! それは困ります!」

オロチ「困ってるのはオレの方だ。よし、決めた。桜花、婚約は破棄しよう」

八重「今、何とおっしゃいましたの?」

 八重はゆっくりと立ち上がると、鋭い眼光をオロチに放った。

オロチ「桜花との婚約は破棄するって言ったんだ。良かったな? これで愛しい桜花御姉様と一緒にお家に帰れるぜ?」

八重「何でお前ごときが桜花御姉様を振るんですの!? かような屈辱、耐えられませんわ!」

 八重は激高し、全身から霊力を漂わせた。

オロチ「おいおい、オレはお前の希望通りに桜花を解放してやろうと……」

八重「それでも天女の如き美しさと聡明さを持つ桜花御姉様を振るなど言語道断! 耐えがたき屈辱! オロチ、お前が桜花御姉様に振られなさい!」

オロチ「だってよ。どうする、桜花?」

桜花「嫌です! 振るのも振られるのも御免です! 私はオロチと結婚する為にここに来たのです。絶対に実家には帰りません!」

オロチ「だそうだ」

 オロチは困ったように八重を見る。
 すると、八重はぽろぽろと涙を零していた。
 驚き戸惑うオロチ。

八重「お可哀想に。きっと桜花御姉様はこのクソ蛇に呪いをかけられてしまったのですね? ならば八重が取るべき道は一つです」

 八重はそう呟くと、刀を抜きオロチに切っ先を向けた。

八重「高天オロチ、貴方に決闘を挑みます! 私が勝てば桜花御姉様の呪縛を解いてくださいまし。もしも私が負けた時は、私も桜花御姉様も好きになさい!」

オロチ「だから! とっとと二人で帰れって言っているだろ⁉ 何で決闘なんて話になってんだよ⁉」

桜花「八重! 是非とも負けるのです!」

 桜花は瞳を輝かせながら叫んだ。
 オロチは驚きのあまり噴き出してしまった。

オロチ「桜花、お前、何をぬかしてやがんだよ⁉」

桜花「オロチ? 私、二人までなら側室はOKですよ? ただし、私を正室にしてくれるのが絶対条件です」

 桜花はにっこりと微笑みながら呟いた。

オロチ「そんな素敵システムはこの国にはねえよ⁉ お袋、何か言ってくれ……って、あのクソババア、オレを置いて逃げやがった⁉」

 いつの間にか知世の姿は無かった。

八重「高天オロチ、いざ、尋常に勝負です。表に出なさい!」

 その時、オロチの中で何かがプツンと切れた。

オロチ「分かった……ただし手加減は無しだ。どうなっても知らねえぞ?」

■ 高天家 庭

 オロチ、桜花、八重の三人は庭に出る。
 オロチと八重は対峙し、互いに殺気を漂わせながら睨み合った。

八重「高天オロチ、お覚悟を」

オロチ「いいからかかってこい」

 八重は刀を身構えると、全身から霊力を迸らせた。

八重「ジンマ、来ませり! おいでませ、猿王!」

 八重が招来呪文を唱えると、八重の前に鉄塊を手にした巨大な猿王が現れた。全身白い毛に覆われ、全身が筋肉の鎧に包まれていた。

八重「猿王、あのクソ蛇を叩きのめしておしまい! 殺しても構わないですわよ⁉」

猿王「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 猿王は雄叫びを発しながら片手で胸を叩き上げた。そして、持っていた鉄塊を地面に叩きつけると、屋敷全体が激しく揺れた。

オロチ「お前、猿を飼っているのか。つまんねぇ、にゃんこだったら良かったのに」

 オロチはそう言って首をコキコキと鳴らすと、身構えて片手でおいでおいでをする。

オロチ「殺すつもりでかかって来い」

八重「もちろん、そのつもりです! 猿王、行け!」

猿王「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 猿王は持っていた鉄塊をふりかぶり、オロチに勢いよく振り下ろした。
 激しい衝撃波が発生し、轟音が響き渡った。
 八重は勝利を確信する。
 だが、たちまち八重の表情が驚愕に塗れた。
 オロチは片手で猿王の鉄塊を受け止めていたのだ。

オロチ「この程度か。なら終いだ!」

 オロチは右拳に炎を宿らせると、猿王の腹部を殴りつけた。
 強烈な衝撃波が発生すると、猿王はオロチの一撃で霧散するように消滅した。

八重「猿王が一撃で……⁉ ば、化け物……!」

 オロチは八重に振り返ると、ゆっくりと歩いて近寄る。
 八重は恐怖に慄き、ガチガチと歯を鳴らした。

八重「こ、来ないで!」

 しかし、オロチは構わず八重に近づいて行った。
 オロチは八重の目の前で立ち止まると、見下ろす様に八重を見つめた。
 八重はオロチとの実力差を悟り、オロチの身体が巨大化して自分を見下ろしている幻影を垣間見た。

八重〈この男、次元が違い過ぎる〉

 その時、八重の脳裏に桜花の笑顔が過る。
 
八重〈そうだ。私は負けるわけにはいかない。桜花御姉様を救う為にも、私はこの男に勝たないといけないんだ!〉

 八重は刀を身構えると、オロチに斬りかかった。

八重「やあああああああ!」

 オロチは左手の人差し指と中指の日本で軽々と八重の刀を受け止めた。
 
八重〈負ける……? 桜花御姉様、申し訳ございません!〉

 八重は死を覚悟し、瞳を閉じる。
 次の瞬間、八重は額に強い衝撃を受けた。
 オロチが八重の額にデコピンをしたのだ。

八重「痛い、ですわ!」

 八重は額を押さえながら痛みのあまりうずくまった。

オロチ「一つ言っておく。オレは九頭竜家の人間が死ぬほど嫌いだ」

八重「ならば何故、桜花御姉様を追い出さないのですか⁉」

オロチ「だが、桜花は嫌いじゃねえ。だから、オレは桜花を追い出すつもりは毛頭ない。自分から出て行くのなら話は別だがな」

 八重は驚いて桜花を見る。

桜花「八重、だから何度も言ったじゃないですか。私は自分の意志でここにいるのです」

八重「そ、そんな……それじゃ、桜花御姉様は本当にお嫁に……お別れなの……?」

 八重はがっくりとうなだれる。
 
八重「桜花御姉様とお別れするのは嫌ですううううううう!!!」

 八重はそう叫ぶと、わんわんと泣きじゃくった。
 桜花は八重を慰めようとするも、八重は更に泣きじゃくった。
 オロチは顔をしかめながら、諦めた様に深く嘆息した。

オロチ「なら、しばらくの間、桜花と一緒にこの家にいればいいじゃねえか」

 すると、八重はピタッと泣くのを止める。

八重「ふえ? いいの?」

オロチ「オレが拒否っても、桜花はどうせこの家に居座るつもりだろう? なら、妹分のお前もいた方がオレも助かる」

桜花「オロチ……それはつまり、私との結婚を承諾してくれたと受け取っていいのですね!?」

 桜花は恍惚な笑みを浮かべながら言う。

オロチ「「勘違いするな! いつまでも女にメソメソ泣いていられたら気分が悪いだけだ。それに……」

 オロチは八重を見つめると、一言呟いた。

オロチ「八重のこと、嫌いじゃねえ」

 オロチの言葉を聞き、八重は大きく目を見開き身体を固まらせた。

八重〈嫌いじゃない? つまり、それって……八重のことを愛しているってこと!?〉

 八重は心の裡で呟き、顔を真っ赤に染める。

八重〈私、生まれて初めて殿方から告白されちゃいましたわ⁉〉

オロチ〈好きでもねえがな。馬鹿っぽい部分が何だか哀れに思えて、つい優しくしちまったぜ〉

 こうして、オロチは自分の迂闊な言動で更なる女性問題を抱えたことに気付かなかった。

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