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続 青臭い女と擦れた男の話 18

前の話


長い話が辿り着いた先は安堵か苦行か!儚い命と向き合うNo5

家族への婚約報告

直也が帰った後、私(美羽)はスマホを持ち上げ、母親の名前を押した。
程なく母親の明るい声が聞こえて来た。
「あらあら、もう里心がついたの?先週あったばかりじゃない」
揶うような笑い声の中にも温もりを感じさせる母。

電話の向こうから父の声が微かに聞こえてきた。
「美羽かい?あの子からかけてくるとは珍しいな」

(いや、お父さんこそ珍しいわ、何時も無反応なのに)の言葉は胸の奥に仕舞って私は切り出した。

「あのね、あの・・・順序逆なのだけど、お父さんとお母さんに報告したい事があるの」

「ああ、由紀ちゃんからそれとなく聞いているわよ、優しい方らしいじゃない、遂に決心したの?」
姉の由紀とは、結構頻繁に連絡を取っているが、心菜ちゃんの事はまだ話せていない。

「なんだ、何だ?私は聞いてないぞ!なんの話だ!」と焦り気味の父の声。
「うん」とか「ああ」とか単語的な言葉しか発したことがない父が、何故か電話越しに頻りに会話に参加しようとする。

父の異変

翌週、私は実家に普段は見慣れないスーツ姿の直也を伴った。
「お父さんが、驚いて卒倒してしまわないよう予備知識として簡単に説明しておいてね」と母に、先週お願いしておいた。

我家のインターホンを鳴らしながら、早鐘のように鳴り出す胸の音を、直也に聞かれはしないだろうかと心配した。

施錠されていなかった玄関を開けると、来客らしき靴が2足並んでいた。
「ただいま!」と声を掛けると、伯父夫婦がニコニコしながら出迎えてくれた。

「やあ!美羽ちゃんお帰り、直也君もいらっしゃい!」
家を間違えたかと思うほど馴染んでいるのは、父の年の近い兄である。

伯父は、実家の跡を継ぎ私の家からそう遠くない所に、少しだけ介護が必要になった祖父母とともに暮らしている。
私の母も、週に何回か兄嫁と交代して祖父母を見守っていた。

父の兄嫁は「美羽ちゃんが伴侶となる人連れて帰るっていうから、洋平さんが(美羽の父)が平常心で無くなったら、爺ちゃんが心配するから」と片眼をつむって見せた。

退職後再雇用で勤めていた父も、完全にリタイアしてから少し精神状態が不安定だと聞かされた。
やけに雄弁になったかと思えば、自分の世界に引きこもってしまうこともあるという。

書物に没頭すると無言になり、問いかけても反応すらなくなるのは若い頃からだったが、最近は何もしていない時にもそんな兆候が見られるようになったとか。

不思議な縁

少し心配しながら広間に入ると、父が寂し気に座っていたが徐に立ち上がり、
「お帰り!美羽、直也君」と立ちあがり、直也に握手を求めてきた。

これも以前の父親からは、到底考えられない所作だし、初対面の娘の恋人にとる態度ではない。

不思議がる2人に、茶菓を持って入って来た母親がなぞ解きをした。
「ごめんなさいね、直也さん。先週美羽から来訪を聞かされた時に、お父さんが気になる事があるっていうから少し調べさせて貰ったの」

横から、父が口を出してきた。
「山縣君とは会社は違うが、開発を共にしたことも有りました。勿論双方の家族の話もよくしました」

山縣君とは直也の義父の事らしい。私は、彼の事を姓で呼んだことがないので少し戸惑ったが、直也事山縣直也やまがたなおやという。

更に父は
「君が故郷を離れて大学に行くときには寂しいと漏らされていました。そういえば、もう3年になりますか、惜しい方を無くしてしまったと当時は私もひどく落胆したものです。 あ!申し訳ない。辛いことを思い出させて」と詫びの言葉を添えた。

然し、今時、結婚相手の身元調査などするものだろうかと、私は少し不満に思った。偶々、旧知の中で有ったから良かったようなものの、知らない人だったら今頃どうなっていたかと思うと寒気がした。

そっと直也の顔を盗み見たが、気分を害した様子もなく義父さんの話に花を咲かせていた。私は(まあ、結果オーライと言うことにしときますか)と心の中で呟いた。

伯父は、出番がなかった事を喜び、徒労の文句も言わず
「爺ちゃんが心配して待っているから」と笑顔で引き上げていった。

婚姻届けを急ぐ理由

私は、ここからが試練の場なのにと伯父を恨めしく思った。

意気投合した両親と直也の話が落ち着いた頃、
私が「相談があります」と切り出すと、直也も居住まいを正し、神妙な顔つきになった。

父は勘違いして、「何?子供でも出来たか?」と呑気に聞いてきた。

「はい。心菜ちゃんと言って、私たちの子供ではないのだけど共に暮らしたいと考えています」
私が答えると突然父の顔色が変わった。

「まさか、直也君と他の女性との間の子供か?それは許さん!結婚の話も白紙だ!」

「落ち着いて、お父さん!直也の子でもないのよ、血の繋がりは全く無いの」
殻に閉じこもろうとした父に慌て、私は、順序を間違えてしまったと反省し、真矢さんと心菜ちゃんの話をした。

私が話し終えても父は無言のまま腕を組み、母も初耳だと憤慨していた。
生憎姉は、学校公開日で家に居なかったので、私たちはそのまま引き上げるしかなかった。

目的の半分が、否、一番相談したい目的が達成されなかったことに寂しさと不安を抱えたまま新幹線に乗った。



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