眠れない夜の遭遇
私は眠れない時、よく外に出るのだ。
宇多田ヒカルのメドレーなどをヘッドフォンで聴きながら、夜風に当たるのはなんとも気持ちがいいものである。
その日は12時頃くらいだったか。
私は夜の街(と言っても家の前をうろつくだけだが)を徘徊することにした。
だが冬である。私は極寒の風を浴びながら、このまま引き返そうかと悩んでいた。
かと言って、せっかく来たのに引き返すのも面倒なので、そのまま庭に直行した。
星空は見えない。当たり前だ。
見えるのは街灯だけ。ロマンもクソもない後継である。
ふと目をやると、お向かいの家の庭に、何かを育てているようだった。
お花だ。たまには日常の自然に触れてみてもいいだろう。
そう思い、手前側からしゃがみこんで(敷地内に入るわけない)じっくりと観察してみた。
暗くてよく見えなかったが、赤色の花だったと思う。
宇多田ヒカルメドレーを聞いていたために、その曲調と深夜だったこともあり、ボーッとしていたのだ。
人の家の庭に咲いた花を、見知らぬ男が体育座りをして眺めていたら、それこそ不審者だ。
私が見かけたとしたら、クソビビる。
そう、まさに悲劇は起こった。
左の方から”ザッ”という音がしたのだ。
私はクソビビって音のした方を見た。
いや普通おかしいだろ。なんでお前がビビってるんだよ。
そう、その家の人が柵越しにこちらを見ているのが見えた。
私はクソビビった。
人は本当に驚くと、思考が停止するのだ。
「ヒュッ」と息が止まった。
バレた。まずい。
今は深夜だ。
「あ、こんばんは。お花、綺麗ですね」
なんて言う訳にもいかないだろう。
うん、詰んだ。
私には2択の選択肢があった。
その1. そのまま体育座りを続け、自分が人間ではないことを証明すること。
まさに「私は木」状態だ。だが状況が改善する可能性は低い。
その2. そのまま逃げる。これは確実に不審者のやることだ。翌日になったら不審者警報が流れているかもしれない。
私は数秒間の間、悩見抜いた。
既に目が合ってしまっている状態だった。
私は逃げることにした。
そのまま後ずさりをして、物陰に隠れた。
しばらくの間、私は物陰に隠れていた。
数分経ったが、お向さんがこちらまで来る気配はなかった。
気づかれていなかったのかもしれない。
てか、普通あんな冷静に見てるもんなの?
怖いんだけど。私の方がビビっちゃってるのも怖いんだけど。
その日の夜は大人しく寝ることにした。
さすがの宇多田ヒカルでも、この緊張感を拭い切ることはできなかった。
翌日、次の日、また次の日。
お向さんが何か言ってくることはなかったし、不審者警報がながれることもなかった。
あの日のことは、今でも謎である。
私はその日以来、深夜徘徊を卒業した。
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