嘘を食らわば愛まで
とある少女と誘拐犯の会話
※部誌に載せたものの再録
ええ、ええ、申し上げます。
わたくしは貴方に何でもお伝えしましょう。
貴方が知りたい家のこと、お金のこと、わたくしが話せることならいくらでもお話しましょう。
それが、わたくしにできる最大の方法でございます。
……え? あまりにも平然としすぎて怪しい?
それは、それは、申し訳ございません。少し喋りすぎましたね。
わたくし、これでも一令嬢で御座いますから、このような状況に出くわす機会が多いのです。そのせいでしょうか。
ええ、ええ、貴方と似た人です。
貴方方と同じく、わたくしを誘拐したお方です。
ああ! ごめんなさい。気を悪くしてしまいましたか?
―そうですか。ああ、貴方が心の広い方で本当に良かった。ありがとうございます。
でも、ほんとに多いのですよ? まあ、すべて無事解決していますのでわたくしはここに存在しているわけですが……。
そんな話、聞いたことない? そうですね……、まあそれも無理はありません。体裁を保つ為に隠すのはお得意ですから。
あ、そうです、そうです。忘れていました。まだわたくし、何も貴方にお伝え出来ていませんわ。
先ほどの無礼のお詫びも含めて、本当に、何でもおっしゃってください。
罠だなんて! わたくしのような小娘に、貴方を騙せる策があるとお思いで?
わたくしはあの家の箱入り娘です。
―自分で言うのは確かに恥ずかしいですわ。ですが、わたくしは確かにあの家に、あの箱に、十数年も閉じこもっていますの。
わたくし、別段病弱ではありませんし、すぐに壊れるような軟な身体ではありません。
両親はわたくしを花のように鳥のように大事に、大事に育ててくれました。大事にするあまり、わたくしを外へ出してはくれませんでした。
誘拐やら何やらが多かったから、なんて、後付けに過ぎませんわ。
ええ、貴方があの家を何処か歪だと感じたなら、それは間違いなんかじゃありません。だって、わたくし、何回も言いましたの、外へ行きたいと、けれど、わたくしはずっと出られないのです、貴方のような人がくるまでずっと!
―申し訳ございません。取り乱してしまいました。
いいえ、いいえ、軟禁とまではいきません。
だって、貴方、わたくしを外で見かけたのでしょう? だからわたくしを誘拐できたのでしょう?
ええ、ええ、わたくし取り乱しましたの。誇張して物を言いましたわ。出られなかったなんて、自由が多少無いだけですわ。ただ、それだけの話ですわ。
ああ、ごめんなさい。身の上話ばかり申してしまい。人と話すのが久しぶりで……。歯止めというものが効かないようです。
本題に戻りましょう。
貴方は何をお知りになりたいのですか?
大丈夫です。本当に何でもいいのです。何か知りたいことはありませんか?
はい、はい。
―わたくしの家の不祥事……、ですか。
なるほど。
確かに、わたくしを誘拐した時点で予想はできていたことですが、先程のお話だけじゃ満足できませんでしたか?
ええ、確かにさっきのお話は誇張しております。
ですが、それは民衆には関係のないことでしょう?
人はですね、噂が好きなのです。
それが嘘だろうと本当だろうと、面白い話に惹かれるのです。
―ですから、貴方がわたくしのお話をおもしろおかしく吹聴してくだされば、人々は勝手にそれを真実として扱ってくれます。
そうなってしまえば、わたくしの家なんて簡単に崩れますわ。いつの時代も、数の暴力には勝てないのですから。
……あら? そんな顔をして、どうなさいました?
―わたくしが破滅を望んでいる……と?
いいえ、違います。
わたくしはただ、貴方の役に立ちたいだけでございます。
ええ、外にいらっしゃる貴方のお仲間ではなく、紛れもない貴方を。
正直に言ってしまえば、わたくし、家のことなんてどうでもいいのです。
ええ、ただただわたくしは、ここから一刻も早く逃げ出したいのです。
さっきと言っていることが違う?
ああ、すみません。わたくしも柄になく緊張しているということでしょうか?
確かにわたくしの言動は支離滅裂でしょう。けれど、わたくしの中ではしっかり道理が通っているのです。
貴方の役に立ち、自由、基幸せを手に入れることができるのなら、わたくし、なんだってやれますわ。
―貴方だって、そうでしょう?
わたくしを攫ったのもすべては貴方の幸せを手に入れるため。
そのために現実に抗う人間は、驚くほどに貪欲で、場合によってはひどく醜く映るでしょう。けれどもわたくしは、それを美しいと思います。
だからこそ、わたくしは貴方を肯定しましょう。
その理由がどれだけ陳腐で幼稚な答えだったとしても、その覚悟に敬意を賞し、わたくしのこの口から真実をお伝えしましょう。
ええ、信じてくれとは言いません。信頼なんて、一朝一夕で出来る賜物ではありませんから。緻密で、何年もかけて創り上げていく、繊細な飴細工のような物ですわ。
―ええ、ええ、わかっております。
このことは他言無用。正真正銘わたくしと貴方だけの秘密です。
ですから、貴方のことをわたくしにお教えください。
わたくしは神ではありません。仰ってくださらなければ、詳細なんて知りえないのです。
貴方のその口から、喉から、どうかわたくしにお伝えください。
―ええ。
ええ、ええ、ありがとうございます。
ああ、今、わたくし、とても嬉しいのです。
ええ、本当に。
だって…………。
―あら?
電話、鳴っていますわ?出ませんの?
どうかしました? そんな鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をして。
―誘拐したはずのわたくしが、本家にいた、なんて知らせでも届きましたか?
ふふ、あはは! ようやくわかりました?
ああ、そんな怒らないでください!
ええ、ええ、わたくし、嘘をつきました。とっておきの嘘ですわ。
今までの話、わたくしの言葉、貴方への激励、
―すべて、嘘ですわ。
うふふ! 驚きました?
あら、そんな顔して、余裕のない男は嫌われますわよ。
ええ、私は箱入り娘なんかではございません。
あの家と何の関係もない、ただの小娘、赤の他人ですわ。
あら、先に間違えたのは貴方でしょう? 責任転嫁は止めてくださいまし。
―なんて、ふふ。
ええ、ええ、貴方が私とあの子を見間違えるのも無理ありませんわ。
だって、私がそう仕向けたのですから。
私、あの子を一目見たそのとき、そのときに生まれたって思うぐらい変わりましたの。あの子のためならなんだってやれる、あの子のための私だって。一目ぼれってやつです。
そんなあの子を見守っていたら、風の噂であの子に危機が迫っているって聞きましたの!
許せなかったですわ。私の大事な、大事なあの子を何処の馬の骨かも知らない輩が傷つけようとしているなんて!
―だから、わたくしがここにいますの。
わたくし、ずっと、ずっとあの子のことを見ていましたから。
顔も、声も、行動も、思考も、あの子とそっくりにしましたの。
ええ、私はずっとあの子が羨ましかったのかもしれません。
あの子と区別がつかないほど、あの子と同じになれたら…なんて。
貴方が声をかけてきたとき、私、本当に嬉しかったのです。思わず笑ってしまうぐらいに。
まさか、
―こんな簡単に釣れるなんて!
ええ、ええ、その顔。私が憎いでしょう? その気持ち、十二分理解しているつもりです。
私を殺しますか?
ええ、貴方にはそれを行う権利がある。理由がある。
けれど、その行為は貴方の首を絞めるだけでございます。
今の状況が誘拐未遂から傷害事件、はたまた殺人事件に移り変わるのは、貴方だってやぶさかではないでしょう? 外にいるお仲間にも申し訳立たないでしょう。
冷静に、最善のご決断を願います。
―ありがとうございます。
やはり貴方は優しい。
こんな小娘にからかわれて、今期最大のチャンスを失敗に終え、それでも自暴自棄のなることなく、こうして私の話を聞き入れている。
たいそうお優しいのでしょうね。
―妹を助けるためにお金が必要だったお兄さん?
きゃ! びっくりしましたわ。やめてくださいまし、大きい音は苦手ですの。
あら、失礼ですわね。そんなことしませんわ。何も関与していない無辜の民に手を出すなんて、そんな野蛮な真似できませんわ。
ええ、それだけは真実です。心配でしたら電話でも何でもしてください。
…………ね? 無事だったでしょう?
―警察に連絡するのかって?
ふふ、うふふ、あははは!
いいえ、いいえ!
そんなもったいないことしませんわ!
せっかくあの子に付く害虫が目の前にいるって言うのに!
私が手を下さなきゃ意味がありませんわ!
あら、どうしてそんな顔をなさるの?
私、貴方ならこの気持ち理解できると思いますの。
大切な人の為なら何でもやる。ほら、私たちよく似ているでしょう?
逃がしはしませんわ。
ええ、ええ、私、大切なお友達のためなら何でもやりますわ。
それが、私の生きる意味ですから。
ってああ、私また嘘をつきましたわ。
―あの子のお友達なんて、なれるわけないのに。
◆◇◆
あら、こんにちは。お仕事ご苦労様です。
ええ、ええ、あの日から何の変わりもございませんわ。
あの、本当に行方不明者はいませんの? 本当に?
―では、本当にあの電話は、ただのいたずら電話、ということですか?
そうですか…………。
あ、えっと、いえ! なんでもありませんわ。
本当に!
事件とは何の関係のないことですわ。刑事さんが知りたい様な話では……。
それでも、話してほしいと……。
―手紙が、届かないのです。
ええ、手紙です。差出人のない、名無しの手紙ですわ。
確かに、怪しいというほかありませんわ。それでも、わたくし、その不思議な手紙に励まされていましたわ。
もしかしたら、手紙を書くのに飽きてしまったのかもしれません。今は忙しくて書けないのかもしれません。
それでも、少し、寂しいのでございます。
―え?
ええ、ええ! 会ったことも話したこともないけれど―
わたくしの、大切なお友達ですわ!
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