Yudai in POOLO 6th

旅をテーマに学ぶオンラインスクール・POOLO
様々なご縁があって入って早くも8ヶ月
今回は、その終焉を迎えるにあたり、
・生い立ち
・POOLOに入るまでの流れ
・POOLOでの8ヶ月間
・今後の展望
これらについて述べていこうと思う。

・生い立ち


1995年4月20日、千葉県船橋市にて元気に誕生
「勇ましく大きく」という単純明快な由来により
勇大(ゆうだい)
と命名される

小学校でテニスとラグビー、中学高校では野球、大学では野球やテニスのサークルに加え、途中からボランティア団体にも入って活動していた。旅も時折していた。(しかしその影響か大学を留年するという失態も犯している)
ごく普通(?)の未成年生活を送っている私だが、幼い頃に家族で様々な場所に旅行に行っており、その体験が今の旅好きの基盤を作っていたのだと思う。

浪人、留年、休学などを経て大学を出たため、社会人になるのが人よりもだいぶ遅い。
実はまだ社会人3年目である。

・POOLOに入るまでの流れ


最初にPOOLOのような団体とニアミスをしたのは、まだ学生だった頃に参加したtabippo主催のback pack festaというイベントである。
その頃の自分は、旅をすることにに関しては好きではあったが、積極的に旅をするなどの行動力は無いただの酒飲むのが好きな大学生だった。
スタッフをやっていた友人から、前日の夜の午前3時にいきなり着信が来て、明日のイベントに来てくれないかと誘われしぶしぶ参加した。

その後は、コロナ禍と就職が重なり旅をする機会は一時期途切れて、今思えば歯がゆい期間だったと思う。

時は流れて、2年前の夏
野球が好きな私は夏の甲子園を観戦するため、甲子園に行った。
ちなみに私は2014年以降毎年のように甲子園で現地観戦しており、コロナ禍だった2年間を除いて連続記録を維持中である。
外野席で観戦していると、以前のback pack festaのイベントで知り合った人と偶然再会した。
その方は、旅好きでかつよくイベントを開催しており、その再会以来その人のイベントにコンスタントに参加するようになった。
そして気づけば旅好きな人が集まる一種のコミュニティと化していたhostel DENというゲストハウスによく行くようになり、その繋がりでPOOLOという団体を知るのであった。

・POOLOでの8ヶ月間


私自身は新しいこと、楽しそうなものを見つけるとすぐに飛びついていく性格で、学生時代から多くのコミュニティに参加して来た。

POOLOに入ること自体はほぼ即決だった
もちろん、不安が無かったわけでは無い。
POOLOに入る数ヶ月前に参加した社会人サークルが、お師匠さん的な人に100万円を支払って学んでいるとんでもない団体だった…なんて出来事に遭遇したこともあった。

POOLOは目的およびカリキュラムがしっかりと決まっており、濃い内容であると感じたこと。
前述の100万円コミュニティのおかげで、15万円という金額に対して、不思議と高いとは感じなかった。

最初の何回か講義に参加したり他のメンバーと関わるうちに、「旅」という共通目的があり、かつ自分自身に何かしらの葛藤や課題、具現化できていない夢などを抱えている人たちが多いと感じ、自分もその一人だったため安心感が生まれた。

しかし、途中でスケジュール的に忙しく、仕事では秋ごろの2〜3ヶ月は平日は夜遅くまで残業する日もあり、そもそも活動意欲があまり沸かず、平日以外でも他の予定を優先したりなど、基本的に講義に出るくらいしかなく、グループ活動はほぼやっていなかった。
そのため、本格的にPOOLOメンバーと関わり出したのは1月以降であるが、短期間でいろんな人と1on1をしたりイベントで会うことができ、講義以外で自分の考えも少しずつアップデートするなど充実した時間を過ごせるようになった。

・今後の展望


これまでは目標が曖昧で、行き当たりばったりに生きていた部分があった。
今後は、好きな「旅」していくという目標に向けて、最善の選択肢をじっくりと考えていきたい
また、このPOOLOという素敵なご縁をこれからも大切にしていきたいと思う。

・最後に


まもなく迎えるPOOLOの卒業
楽しい時間はいつか終わる
だが、卒業した後も、仲間として友人として一緒に旅をしたり、お互いの近況を話せたりなど、多くの思い出を作っていけると思うと寂しいという気持ちは無い。
私は、仮に人生を何度やり直したとしても、POOLO6期に入るでしょう。

以上、ありがとうございました!


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