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僕は君になりたい。 第5話「アイドルの悩みごと」


 #5


バタバタと、ドアの向こうから近づいてくる足音にハッとする。

ヤバい。

アイツらだ…。

僕は、国語の教科書から顔を上げ、周囲を見回す。
部屋にいた綾香が、きょとんとしているのも構わず、僕はダッシュする。
そして、僕のために物置きを改修して造ったロッカールームへ逃げ込み、内側から鍵をかけた。

「琉唯さま〜♡ どちらですかー、ご機嫌麗しゅう、でございますわ〜!」

やっぱりだ。
アイツらの声だ。

「これは、綾香さま。あの、琉唯さまは、どちらにいらっしゃるのでしょう?」
「…えっとー、ロッカールームよ」

教えるなよ!
仲間なら、仲間を守れよ。

「まあ♡ お着替え中でしたか。ならば、こちらでお待ちいたしますわ」
「わたくしも、そうさせていただきますわ♡」
きゃぴきゃぴと弾んだ声で、そわそわと僕がロッカールームから出てくるのを待ちわびる2組のツインテール。

津雲瑛里亜(エリア)。
津雲愛里亜(アリア)。

双子のアイドル『AIR REAL』として、売り出し予定の中学1年生たちだ。しかも姉妹の両親は、結構な金持ちらしく、蝶々プロダクションにかなりのスポンサー料を入れているらしい。
つまり『双子お嬢様アイドル』という肩書きがもう既に出来ている2人だ。

その双子たちに、昨今、僕は付き纏われている。

「ちょっと、琉唯ちゃん。お客が来てるけど、何してるの?」
察しの悪い綾香が、僕のロッカールームのほうへ近づいてきて、ドアをノックする。
「そんな綾香さま。琉唯さまを急がせないでくださいませ。ご用をお邪魔しては、申し訳ございませんから」
瑛里亜の声が言う。
「そうですわ。わたくしたちのことは、どうかお構いなく。いくらでもお待ちいたしますので」
愛里亜が姉の言葉を補足する。
「そうなの? でも、もう休憩時間終わるし、出てこないと…この中、冷房効かないんだし茹だっちゃうよ。琉唯ちゃーん!」
綾香の言葉に、2人が反応した。
「えーっ! 琉唯さまのロッカールーム、空調設備がないのですか? それはいけませんね」
「いけませんわ」
双子は顔を見合わせて、頷き合う。
「お父さまにお声掛けをお願いして、社長さまに付けていただきましょう」
「ええ、なんならツクモホームパートナーズが寄付いたしますわ」
なんか大袈裟なことになっている。
確かに暑い、暑いけど、この夏の間だけのことだからと、僕が断ったのだ。
僕は汗だくになりながら、ドアの鍵を開ける。
「余計なことしないでいいから」
タオルで汗を拭いながら、僕は瑛里亜と愛里亜に向かって言った。
「琉唯さま!」
2人は同時に叫ぶ。
「でも、おからだによろしくないと思いますけれども…」
「わたくしも、そう思いますけれども」
瓜二つのツインテールの少女たちが、僕を拝むようなポーズで見上げてくる。
「平気だよ、心配しないで」
僕は2人から目を逸らし、通り過ぎようとした。
「お待ちください、ではせめて…冷風の出る小型サーキュレーターを。わたくしたちの部屋のものをお貸しいたしますので、どうか置いていただけませんか?」
目に涙を浮かべて、懇願してくる。
何なんだ、コイツら。
「それだと、君たちが暑くて大変なんじゃないの?」
今度は愛里亜が、自主的に提案してきた。
「大丈夫でございます。わたくしたちの部屋には、2台ありまして、1台はほぼ使っておりません。それをお使いいただければと思いまして」
僕は心の中で吐息する。
へぇ…サーキュレーターね。金持ちだから、たくさん持ってて余ってるのね。それを恵んでくれるのね。はいはい。
「そうなんだ。ならいいよ、使うよ」
「ありがとうございます。琉唯さま♡」
…いや、お礼を言うべきは、僕のほうなんだと思いますよ、お嬢様がた。
「では、早速明日の朝までに、父に頼んで、設置しておきますわ」
「うれしいですわね、愛里亜」
「ええ、瑛里亜」
双子たちは、やっと満足したように微笑み合い、部屋を出て行った。

入れ替わりに、美咲とあかりが部屋に入ってきた。
「なに、あの子たち?」
「琉唯ちゃんの信者だよ。津雲ツインズ。ロッカールームにサーキュレーター持ってきてくれるんだって。ね? 琉唯さま♡」
綾香がウィンクする。僕はため息を吐く。
「そうらしいね…」
「ツクモ? ああ、あのウワサの双子ちゃんたちね。私らの補欠で受かったっていう」
美咲が思い出したように手を打つ。
「ツクモホームの社長令嬢たちでしょ? 親の威光と金で入ったって、影では囁かれてるわよね」
それに、あかりが声を低くして付け加える。
美咲は僕に言う。
「しかし、すごいもんに懐かれたね、さすが琉唯。彼女たちだって、あんたが男だって知ってるんだよね? 企業秘密だけど」
「知ってるでしょ、そんなの。社内じゃ有名な話でしょ」
僕は疲れを隠さずに呟く。
もう、この事務所で僕のことを知らない人間はいない…はずだ。

『偽りの美少女アイドル、月城琉唯』

この事務所での僕の、裏の肩書きだ。

メンバー以外のアイドルたちからの目線は冷たい。社長のお気に入りだから、黙っているだけで、本当はイヤミの1つ2つは言いたいのだろうと思う。

なに、男のくせに、女の領域に首突っ込んでんのよ? 

男の女装の珍しさで拾われただけでしょう?

社長に目をかけられてるからって威張ってるんじゃないわよ。オトコンナ!

分かってる。
言わなくても聞こえるよ、あんたたちの心の声。何言われても仕方がないと思う。
だから、余計に僕は頑張らないといけない。
実力を示さなくてはいけないのだ。
そうでなければ、メンバーたちにも迷惑がかかる。

「さあ、始めるよ。練習、練習!」
美咲が発破をかける。
4人が集まって、フォーメーションを確認し、振付けの先生が来るまで復習をする。
前面の壁一面を埋める鏡の前に立つ。
美咲は水色、あかりはオレンジ、綾香はピンクで、僕は黄色のイメージカラーのTシャツと白い短パンをお揃いで着ている。
本当は、みんな僕なんかと一緒に並びたくないんじゃないかって、最初は思ってた。
「どしたの、琉唯ちゃん。うつむいて。笑顔だよ」
「あっ…あかりさん。すみません」
「おっと、あかりちゃん、やで?」
そういえば、彼女は大阪出身だと言っていた。ニカッと笑った顔が可愛かった。瞳の大きさが売りの彼女だが、長い黒髪もキラキラと艶があり綺麗だった。
「あ、はい。あ、あかり…ちゃん」
普段は標準語を話しているが、たまに出てくると言う関西弁。
「そうや、そうやでー」
いつも笑っている印象が強かった。
ただダンスは普通だった。
「あかり、間違ってるよ。そのステップ。そこはバックでしょ!」
「ごめんな〜。美咲ちゃん」
ダントツでダンスが上手いのは、やはり美咲だった。綾香も結構上手かったが、切れ味が全然違う。
僕はたぶん1番下手だ。猛練習をしてきたけれども、まだ追いつけていない。
才能ないかも…と挫けそうになる。格好だけは、とりあえず付いているとは思うが、かなり危うい。ギリギリだ。
「いいね、琉唯。あんた、ずいぶん上手くなってるよ。その調子で行こう!」
美咲は褒めてアゲてくれるけれども、それは僕がいじけないようにとの配慮だと思う。
「綾香は、よそ見しないで。手振りが半テンポ遅れてるよ」
「はーい」

ひと通りの、通し練習をして、息を整えていると、振付けの井上先生が入ってきた。
「みんな、調子はどう? あ、琉唯ちゃん、杉本先生から聞いたよ。大分身体がキレてきたってさ。頑張ってるね」
「…あ、はい、ありがとうございます」
そんなこと僕には一言も言ってなかったぞ、あのオバサン。杉本ナツメ。
お小言ばかり頂戴して、褒められた記憶などない。

あなたは、今誰なの?
月城琉唯?
それとも、榊原流伊?
はっきりしなさい。

月城琉唯です。

なら、完璧にやりなさい。
完璧になるまで、やりなさい。

主役を張れる力がないなら、アイドルなんかじゃないのよ。
特に『月城琉唯』は、真美子社長の悲願でもある"特別なアイドル"になるべき"才能"なのよ。

だから、絶対に、妥協しちゃダメなの。

完璧なアイドルになりなさい。
月城琉唯。

性別なんか、超えてみせなさい。

「性別なんか…って」
言うのは、簡単なんだよ。
あんたは女じゃないか。
男の僕の何が分かるっていうんだ?
「琉唯?」
美咲が、僕の顔を覗き込む。
「あ、いや…」
「…また、あんたの親衛隊が来てるよ」
「え?」
「ツクモさんたち」

レッスンが終わる時間を、見計らってきたのだろう。
瑛里亜と愛里亜が、廊下側の曇りガラスの小窓の外から、手を振っているのが分かった。
何の用だろう。
また、サーキュレーターの件か?
僕は仕方なくドアを開けて、2人に声をかける。
「どうしたの? もう遅いよ」
時計は夜10時を過ぎている。
「琉唯さま、お疲れのところ申し訳ございません。実はわたくしたちの誕生日パーティーが今度の日曜日にあるのでございます。もし、お時間がございましたら…と思いまして」
双子を区別するのは、瑛里亜が白い髪飾り、愛里亜が紫色の髪飾りだと聞いていたが、なぜか僕はそれを見なくても直感的に分かる。
今喋っているのは、愛里亜だ。
思ったとおり、紫色のリボンを付けている。
「そうなの。おめでとう。でも、プレゼントとか用意できないし…」
「そんなプレゼントだなんて、滅相もございませんわ。ね、愛里亜」
「当然でございますわ。琉唯さまがいらしていただけるだけで、それが何よりのプレゼントでございます。ね、瑛里亜」
「ええ。決して無理にとは申しませんが…」
「お席だけは、ご用意しておきますので」
そう言って、2人は一緒に持った招待状を僕のほうに差し出した。
「あ、だけど『月城琉唯』は仕事以外の外出禁止だから…」
僕が断ろうとするも、2人は食い下がる。
「では、榊原流伊さまでご招待いたしますわ!」
「…え、だけど、それだと君たちが招きたい人じゃないんじゃない?」
「いえ! 榊原流伊さま」
双子が声を揃えて叫んだ。
「むしろ、あなたでございます!」

は?
…ウソっ⁈

















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