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僕は君になりたい。 第23話「聖夜の夢 好きな人はいますか?」
#23
僕は、綾香からの手紙を机の引き出しにしまった。
「はああぁ…」
大きなため息が出た。
「…昨日までと何も変えなくていいからねって、そんなの無理だろっての!」
僕は机の上に突っ伏して、独りもだえながら唸る。
「うーん…」
落ち着かず、今度は天井を見上げてのけ反っていると、ドアをノックする音がして姉が顔を出してきた。
「流伊、もう12時過ぎだよ。寝なさいよ」
「…なあ姉貴。オレ、まだガキだよな?」
「え? ええ、そうでしょ…なに、その質問」
「い…いや、ちょっとな」
思わず、揚げ足を取られるような質問をしてしまったことを、後悔した。
「何かあったんでしょう? 言ってごらん」
「べつに、何でもねーよ!」
「隠してもムダよ。あんた、今顔が真っ赤になってるの自分で気づいてる?」
僕はハッとして、自分の両頬を両手で挟んで顔の熱を確かめる。
熱い…。
諦めて吐いたため息も、少し熱かった。
「……ラブレター、もらったんだ」
「だれから?」
「綾香」
「あら、メンバーの? あの子、一途そうだよね」
「…どうしたらいいんだ? オレ、今頭ん中混乱しててさ。嫌いとかじゃないんだけど、これを“好き”って言っていいのかって。オレの“好き”は、綾香の“好き”とは違う気がするんだよな」
「なら、そう言うしかないわね。あんたも手紙で返せばいいわ」
「そうだよな…」
手紙か。
なるほど、手紙で言われたのだから、手紙で返事をするのが、一応誠実と言えるのかもしれない。
「流伊」
姉に呼ばれて、顔を上げる。
「…あんたは、もう言うほど子どもじゃないわよ。見た目はまだ子どもだけどさ」
何が言いたいんだ?
僕は目をしばたたかせて、姉を見た。
「ただ1人の子どもがね、芸能界っていう大人の世界で輝くことは、簡単なことじゃないでしょ。あんたは頑張ってるわ。頑張ってる姿は人を惹きつける。彼女はそんなあんたに惹かれたのかもしれない」
「…姉貴、恋でもしてるの?」
僕は思わず訊いた。
根っからの理系の姉にウェットな人情話をして来られると違和感があったのと、自分だけ一方的に説かれるのも心地悪かったからだ。
「ち、違うわよ!」
姉の顔は、分かりやすく赤くなる。
「大学の人?」
「教えない、子どもには関係ないわ」
まあ、好きな人がいるのは確かなようだ。
僕だって、それを深掘りして訊くほど、姉の恋愛に興味はない。
「…まあ、いいや。明日、手紙書いてみるかな。悪いけど、電気消してってくれよ。もう、寝る。おやすみ」
僕はベッドの中に潜った。
姉は「おやすみ」と呟き、電気を消して出て行った。ドアを閉めるパタンという音が後に続いた。
金曜日。
僕は綾香に宛てて書いた手紙を鞄の内ポケットに忍ばせて事務所に向かった。
「琉唯ぴょん」
入り口の半透明のガラス扉を押して入ると、突き当たりの壁際にあかりが立っていた。
今度はあかりが? 何の待ち伏せだ?
「…お疲れ。どうしたの?」
「ちょっとな、1つ確認なんやけど」
「なに?」
「…今、好きな子、おる?」
「え? なんで?」
僕はドキリとした。
綾香への手紙を持ってきていたせいもあり、僕はその手の話に敏感になっていた。
「だから確認や」
「だから、なんで。…前から、カオルンだって言ってるだろ」
「…それなら、いい」
あかりがニヤリと不気味に笑う。
時々何考えてるのか分からない、含みのある言い方をするあかり。
美咲と違って、ズバッと言わないから、裏でなんか企んでそうで逆に怖い。
「さ、もう準備できてるよ。みんな待ってるからおいで!」
今日の『クリスマスパーティー』は夕方6時からだと聞いていた。まだ5時40分くらいだから、少しは手伝えるくらいの時間かなと思って来たのに、もう準備ができてるって…。
「遅い!」と美咲にドヤされるのか?
会場は、軽食を食べる場所として休憩室の横にある『食堂』だと聞いていたが、あかりはそこをスルーして、この事務所で1番広い練習室のドアをノックした。
「連れてきたでー♪」
中から「OK」と言う美咲の声がして、ドアノブの鍵を開ける音がした。
僕はいぶかしい気持ちを抑えて、黙ってあかりの横顔を見た。
「『食堂』では収まらなくなってな、急遽こっちの部屋に変更になったんや」
チラリと僕のしかめ面を見てクスリと微笑む。大きな瞳がキラリと光り、あかりはドアを押し開けた。
中は暗くて、電気がついていなかった。
どういうことだ???
「…流伊くん!」
暗がりから、綾香の声。
「…せーの!!」
続く、美咲のかけ声。
そして、複数の息を吸い込む音がして…
「お誕生日、おめでとう!!」
大勢の声がした。
えっ?
奥の方から、黄色いペンライトが1つずつ灯っていき、
歌声が、比例してだんだん大きくなる。
ハッピーバースデー、トゥーユー♪
ハッピーバースデー、トゥーユー♪
ハッピーバースデー、ディア…♪
…流伊くーん♪
ハッピーバースデー、トゥーユー♪♪
最後は、全員合唱になる。
これは…。
あかりに誘導され、たどり着いたのは、大きなテーブルの上に載せられたホールのショートケーキの前。
キャンドルが、14本立っていた。
「さ、流伊、吹き消して!」
美咲に命じられるまま、僕はキャンドルの火をフーッと全部吹き消した。
盛大な拍手が沸き起こる。
僕が目を丸くしているのを面白がるように、美咲が笑いながら言った。
「流伊ー、驚いた? ハマっただろ〜! …みんなー、やったぜー!」
「ウォー!!」
何故かみんなで勝鬨を上げる。
すると、僕は『敗者』なのか…。
確かに、ハメられたが。
主役は、僕だろう?
なんか、くやしいんだけど…。
部屋が明るくなった。だれかが照明をつけたようだ。
「流伊くん。今日はクリスマスパーティーじゃなくて、実は流伊くんのドッキリ誕生日パーティーだったんだよー♡ みんな5時からスタンバって、リハしてたんだァ」
綾香まで、まんまと引っ掛かった僕を楽しそうに見て笑っている。
すぐに言葉が出ない僕だったが、集まる視線に耐えきれず、軽く咳払いした。
「…びっくりして、言葉が出てこない。でもありがとう…たぶん、うれしい」
「今日だけは『琉唯ぴょん』やなく、『流伊くん』やで、みんなぁ〜!」
あかりが大声で言う。
そのくらい、たくさんの人たちが集まっていた。同じ事務所のアイドルの先輩や後輩だけでなく、スタッフ、マネージャー、そして。
「流伊さん、お誕生日おめでとう。今日は皆さんのおもてなしに身をゆだねて、思う存分に楽しむといいですよ」
「社長…」
蝶貝社長があでやかに微笑む。
いつもの黒っぽい地味なスーツ姿ではなく、ベージュのワンピースに真珠のネックレスと白い薔薇のコサージュを付けていた。母よりも10歳くらい年上のはずだけれど、とても綺麗だった。
「それと、流伊さん。紹介が遅くなって、申し訳なかったけれど、いい機会なのでちゃんと紹介しますね…」
「え…」
社長の背後に、なんか見覚えのある顔があった。
…まさか、嘘だろ。
…痩せて吊り目で性格きつそうなのに、話すと引っ込み思案で、でもステージでは最高な笑顔の…
僕の、大好きなアイドル。
「当社『あじさいガールズ』所属の黛薫。…本名・蝶貝薫、私の長女よ」
「…ごめんね。挨拶がこんなに遅くなっちゃって。14歳のお誕生日おめでとう、榊原流伊くん」
はにかみ屋のカオルン。
ああ…やはり、可愛い。
そして、今更『社長の長女』って。
…ってことは、誠さんの妹?
な、なんだよ、それ。
いきなり、サプライズ過ぎるだろ…!
「…あ、ありがとうございます」
僕は、やっとのことでそう言って、ぎこちなさ全開でちょこっと頭を下げたのだった。
恐らく、僕の“初恋の人”。
憧れのアイドル、カオルンこと黛薫。
それが、今…。
社長令嬢『蝶貝薫』として、ここにいる。
周囲にいた人々は、先に知らされていたのかもしれないが、僕は…。
僕のすぐ隣に座って、チキンを食べている。
信じられない。
あまりにも突然で、
心が乱されて、
ご馳走どころじゃない。
「…食べないの?」
「あ、うん。食べるけど…」
「びっくりだった?」
クスクスと控えめに彼女は笑った。
青白い頬にえくぼが浮かび、切れ長の細めた目の奥が優しく煌めく。
「…もう、そんなもんじゃないよぉ。心臓が止まっちゃうって…」
僕は殆ど泣いていた。
「それは、困るわ。あなたは、蝶々プロダクションの宝。『月城琉唯』なのに」
カオルンの笑顔、声。
こんなに間近で独り占めにしてしまっていいのだろうか?
いや、そもそも僕のオーディションを受けた目的はアイドルになることではなく、カオルンとこうして対面することだった…。
つまり、今、当初の目的は果たされたわけだ。
「…ねえ、誠さんは、カオルンのお兄さんなんだよね?」
「そうよ」
「オレのこと、何か聞いてる…?」
「特別には何も…。でも、あなたが私のファンでいてくれてることは知ってる」
僕は、一度ぎゅっと目をつむった。
彼女を見れなかった。
「…君のせいだ」
「え…?」
「全部、君のせいだ」
まつ毛を瞬かせて、カオルンは僕の横顔を見つめる。
「流伊…くん?」
「オレが、今ここにいるのは…君のせいなんだ。全部そうなんだ…」
僕は、声を搾り出すように言った。
「…もう、立場は逆よ」
少しの間を置いて、カオルンがつぶやいた。
「あなたが、私をこの会場に連れてきたのよ。無名のアイドル黛薫を。私のことをスーパーアイドル月城琉唯が周りに話していたから…みんながあなたを想って、私をここに呼んだ。それは、あなたが私をここに連れてきたのと同じことでしょう?」
「…カオルン」
「アイドルのあなたは美しい。普段は、普通の男の子かもしれないけれど…今は、私があなたのファン。『月城琉唯』の大ファン。後でサインをちょうだいね」
「ファン…。じゃ、オレにも下さい。カオルンのサインと交換してください!」
彼女はまた静かに微笑んだ。
僕は今。
大好きなアイドルの横にいて…でもアイドルとして、僕のほうがもう立場は上だねと本人に言われて。
…たまらなく、切なかった。
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