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僕は君になりたい。 第21話「聖夜の夢 告白してもいいですか?」


 #21



スティックティーの発売宣伝イベントが始まった。

雨にも関わらず、大勢の人が集まっていた。
彼らはてるてる坊主を作る以前に、大雨でも無関係に足を運んでくる人種なのだろう。

僕らは、商品をピーアールするコーナーで紙コップにそれぞれの味のお茶を手渡された。
美咲は『抹茶オレ』、あかりは『レモンティー』、綾香は『ピーチティー』を「美味しい〜!」「あったまる〜♡」などと感想を言いながら、一口ずつ飲む。
琉唯の『ルイボスミルク』は新商品ということもあって、最後に渡された。

僕個人的には「味がうすくて好きじゃない」のだったが、宣伝に来て「味うすいですー」と言うわけにもいかない。

「ルイボスとほんのり甘いミルクの味が新感覚です。美味しくいただきました!」
などと、本心を“ほんのり”と混ぜ込んだ感想を何とかひねり出し、自分の良心を慰めた。


商品の宣伝が終わると、ミニライブの時間となった。


その準備中、来場客たちが叫ぶ。


「琉唯ぴょーん! ルイボスミルク10箱買ったよ〜! 毎日飲むからねー!」

「オレは20箱買いました!」

「25箱、配送で購入したよー!」


数を競うものでもないと思うのだが、とりあえず「ありがとうございまーす♡」と舞台の端で待つ間、手を振って返しておいた。



新曲の前奏が始まった。


「メリークリスマス。STAR☆CANDLEは!」


「今日も皆さんの為に!」


「明るく暖かい“光”を!」


「心を込めて、お届けします!」


美咲、あかり、綾香、琉唯…の順で、長めの前奏中に一言ずつセリフを言っていく。

琉唯のセリフが終わるとすぐに美咲が滑らかな優しい声で歌い始める。


やっぱり、上手いよなぁ…リーダー美咲。


などと思いながら、コーラスでサビを合わせる。2番は僕がメインなので、それに備えて一歩前に踏み出した。


その途端。


……わわっ!!


かかとが滑って、よろけてしまった。
尻もちをつくには至らなかったが、右足首の外側に荷重がかかり、少し痛めたなと思った。
このブーツを履いたまま歌うのは無理だ。


間奏の間に、僕は勝手に立ち止まり、ブーツを急いで脱ぐと頭を下げた。


「ごめんなさい。不注意で足をひねってしまったので脱ぎます。本当に、ごめんなさい! 歌は歌えますので」


会場がどよめいた。


「大丈夫ですので! 歌います! 聞いてください!」


しくじったな、と思いながら、僕は2番を歌った。

聞きに来た人たちに申し訳ないことをした。

もちろん歌えはしたのだが、やはり意識が足にいってしまって、集中できず。

会心の歌声とは、程遠かった…。



 ☆


アイシングをしながら、僕はため息を吐き出す。何度も何度も吐き出して、落ち込む。


「最悪だ…」


つぶやく僕に、女子3人が「よしよし」と宥めにかかる。

「大丈夫だよ。ちゃんと歌えてたよ」

「そうや。みんな応援してたやない。琉唯ぴょんの生の声を聞けて、返って盛り上がったやん」

「アクシデントなんだから、しょうがないよ!」


「…そうだけどさぁ」


僕はやはり気が晴れず、挨拶に来てくれたスポンサーの広報さんに「申し訳ありませんでした」と繰り返し頭を下げた。
「気にしなくて大丈夫ですよ。それより足は大丈夫?」と言って笑ってくれたが、苦笑なんだろうな、と思った。

「『ルイボスミルク』はお陰様で完売しました! 予約取寄せ注文も殺到してまして、弊社としましては十分な成果です。もう、琉唯ぴょん様様です!」

「いえ…そんな。仕事もろくにできない未熟者で、面目ないです、ホントに!」

僕は恐縮し切って頭を下げっぱなしだったが、レスネの広報さんはやはり笑顔で、
「イベントは大成功ですので、ご心配なく」
と言って部屋を出て行った。


僕らは、御礼にレスネのカフェ製品セットと今回の商品を約半年分詰めたという大きめの段ボール箱2個を、4人各自にもらった。とりあえずは事務所に持ち帰り、それから自宅へ配送することにした。


雨は止んでいた。

裏口から、誠さんが会場スタッフの男性たちとそれらを事務所のワゴン車に積んでいる。
美咲たちは車の近くで少し手伝っていたが、足を痛めていた僕は裏口の重い扉にもたれかかって閉まらないように押さえていた。


すると、どこからか声が聞こえてきた。


「…お前、それどこで手に入れたんだ?」


だれかを脅しているような男の声で、僕からは見えない位置だったが、この建物のすぐ近くだ。


「…どこって、学校の友だちだよ」


あれ? なんか聞いたことのある声がする。



「学校? 友だち? ふざけんな。なんで、お前の学校の友だちが琉唯ぴょんの『ウサ耳カチューシャ』持ってんだよ!」

「模造品だってば。そう言ってたし」

「琉唯ぴょんは、そんなグッズ売り出してない! 公式ネットショップカタログにも載ってなかった」

「友だちの知り合いのだれかが個人的に作ったんだろ! 要らないからくれるってのをもらっただけなんだから、知らないよ、オレは!」


まさか…。

高柳?

あいつの誕生日にやった、あれ、持ってきて…。

人前で出すなって言ったのに!



「素人が作ったものには見えないな! 正直に言え! どこで手に入れたんだよ!」


「わ、何すんだよ! 返せよ! 友だちにもらった大事なものなんだからさー」



半泣きの情けない高柳の声がした。



僕は、一瞬だけ迷った。



…が、走った。



スニーカーに履き替えてはいたが、まだ足が痛い。




でも、走った。



そこには、背の高い大学生くらいの男2人がいて、怯える高柳は壁を背に追い詰められて立っていた。


「や、やめろ…じゃなくて、やめて!」


「えっ?」


「返してあげて。みんな、仲良くして! 琉唯のことで争わないで!」


男たちが、僕を振り返る。


「えっと…琉唯ぴょん? 本物?」


僕は息を整えながら、こくんとうなずいた。


「はい、月城琉唯です。サインで良ければ、いくらでもします。だから、人のものを取るなんてしないで。分かってもらえますか?」


「も、も、もちろん、です…」


彼らは、琉唯の『ウサ耳カチューシャ』を高柳に押し付けるようにして返した。


「…ありがとう♡ サインしますね。手帳か何かあります?」


男たちは目を輝かせて、カバンの中をあさり、1人は大学ノートを、もう1人は先程のレスネの『ルイボスミルク』の箱を1つ取り出したので、僕は持ち歩いている油性マジックペンでそれぞれにサインをして、軽く握手をした。


「言い触らさないでください。人だかりができると困るので…」

「あ、はい。ありがとうございます!」

「…いえ。こちらこそ、いつも応援してくれて、ありがとうございます」


僕は軽くお辞儀をして、顔を上げると2人に笑顔とウィンクをサービスした。


2人は喜んで、しばらくぼーっと立ち止まっていたが、我に返ると手を振って、名残惜しそうに去っていった。


 ☆



「…おい」


よって、現場に残されたのは。


僕と、高柳…。


いや。


月城琉唯と、ファンの1人である少年…。


見た目にはそうなるだろう。

だが。


「…おい、高柳駿」


僕は彼の名を呼んだ。
驚いたような反応が、当然あった。


でも、僕は構わずに話し続けた。


「…なにしてんだよ。オレに、危ないことさせんなよ」


「…あの、琉唯にゃん?  あの、なにを言って…」


僕はわざとイラついた感じを装い、低い声を出した。


「…まだ、分かんねーのかよ。ったく、呆れるな」


僕は彼の顔を見てはいなかった。

見られなかった。

反応が怖かった。



真実を知った彼がどうなるのか。


拒絶されるのか、

受け入れてもらえるのか、

無関心なのか、

あくまで認めようとしないのか…。




怖かった。

とてつもなく、怖かった。



「…お前、流伊?」



「…そうだって」



身体が、かすかに震えた。



「…お前、琉唯にゃん、なの?」



「…だから、そうだってば」



自覚はなかったが、声も震えていただろうか。できるだけ抑えた声で答える。


何秒間かの、沈黙があった。

僕は、ぐっと拳を握りしめて、その無音の数秒を耐えた。顔も強張っていただろう。
でも、ただ待つことしかできなかった。
自分から何かを言う勇気などまったくなかった。

そうやって、口の中に溜まったツバを、ようやく飲み込んだときだった。




「…そうなんだ、そうだったんだ、なんだ、そうだったんだな…ははは、なんだ、お前が琉唯にゃんなのか、はははは」



沈黙を破って、彼が口を開いた。

上擦った変な声を出して笑いながら、しゃべり続ける。


「なんだ、なんだよ、ははは、面白すぎて…はははは、お前、すげーな、オレをこんなにトリコにしてさ。ははははは…」



「…嫌いに、なったか?」



ひきつった笑顔を浮かべ、動揺しているだろう親友に、僕は訊ねた。


「嫌い?」

「…お前に、ずっと、黙ってたから」

「ははは、なんで」


高柳は僕のほうに歩いてきて、すぐ真横に立った。じっと横顔を見つめられる。


「ははは、よく見たら、流伊だ。ははは、なんで気づかなかったんだオレ、アホか。ははは、お前が分からないなんて…1番好きな友だちのことが分からなかったなんて。お前のほうこそ、オレに愛想尽きたんじゃないの。なあ…流伊。お前、オレのこと、嫌いになってねえ? それはイヤだ。オレはお前が大事だ。今だって、お前はオレを助けてくれたよな? 琉唯にゃんの姿をしていても、お前はオレの親友の流伊だ」


また、泣いている。

相変わらず、泣き虫なヤツだ。


そろそろと、彼のほうを向いてみた。




「それにしても、流伊。お前ってさ…」


「なに」




目と鼻を赤くした高柳が、大真面目な顔をして、僕に言う。



「…魔性の、ガリ勉だな」



…誉めてんのか? それ。


僕はただ苦笑する。

「…もう、行くから。仕事中だから。話があるなら、また明日な」

「足は平気なのか?」

「痛てェーよ…あと、絶対だれにも言うなよ!」

「あ、うん」

「…じゃ。気をつけて帰れよ」

「うん、ありがと。流伊」


僕はワゴン車のほうに戻った。

どこに行っていたのか、皆に問い詰められてしまったが、トイレだと言ってごまかしておいた。


とうとう、告白してしまったな…。



僕の心は、まだ少し高ぶっていた。





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