見出し画像

僕は君になりたい。 第4話「アイドルはここにいる」

 #4


「…でへっ」
目の前に、ニヤついたクラスメートの顔があった。
目尻はだらしなく垂れているのに、口角は異様なまでの角度に上がり、ヨダレを今にも垂らしそうになっている高柳だ。

人間、こんな顔が出来るんだなと、僕は少し感心してしまった。

夏休み前の期末テスト。2限目の数学のテストを回収された後の休み時間だった。
次は英語のテストで、最終チェックをしようとしていたらこの顔が来た…。
「流伊〜。昨日の『ミュージック・スペース』見たかよ〜。もう、なんであんなカワイイんだよ、月城琉唯ちゃん。オレ史上1番カワイイと思ったアイドルなんだけど。もう、オレ勉強どころじゃなくてよ〜あのルイ・スマイルのせいで全然眠れなくてさ。一晩中、うっとりしてたんだ〜♡」
彼は今、夢見る少年になっていた。
「…笑ってあげようか?」
僕はサービス精神で言ったのだが。
「ばーろー、野郎の微笑みなんかもらっても嬉しくねーや。たとえ、名前が一緒でもな」
友人は受け入れてくれなかった。

アイツも、"野郎"ーなんだけど。

こんなに、気づかれないもの?

妖怪「タレメニヤケ」と化した高柳は、デビューして、まだ半月しか経っていない『月城琉唯』の大ファンになっていた。

僕のほうが、びっくりしている。

お前の目の前にいるのが、『月城琉唯』だって言ったら、どんな顔になるのだろう?

まあ、怒られるか。
笑われるか。
…だよな。

「お前、誰のファンよ。STAR☆CANDLEの中で」
高柳は、僕に問う。
「…さあね、強いて言えば、美咲かな。でも、カオルンには及びもつかないね」
「ケッ、乗り遅れんぞ、時代に」
「お前こそ、勉強でみんなに乗り遅れんぞ」

3限目の英語のテストの予鈴が鳴る。
慌てて席に戻る高柳。
結局、僕も教科書に目を通しての最後の復習をすることは出来なかった。


 ☆


STAR☆CANDLE、略して『星キャン』または『スタキャン』。
名前を付けたのは、当然社長の蝶貝真美子氏だ。イメージとしては、キラメク星とユラメク炎、のアイドル…らしい。

メンバーは、4人で、
リーダーの星名美咲、16歳。
サブリーダーの天野川あかり、15歳。
神永綾香、14歳。
月城琉唯、14歳。
…本当はまだ13歳だったけれど、誕生日の設定を5月5日にしている為に、そうなっている。

「琉唯。あんた、いっつも私たちから離れたところにいるけどさ。たまには、女子の会話に入らないと、ファンや司会に話振られたとき困るんじゃない?」
星名美咲…本名は、四ノ宮美咲。あのオーディションのときに出会った強気な女子高生だ。
第3次審査をトップで合格したと聞いた。
「どんな話してるんですか?」
「そんなの決まってるでしょ。原宿に出来た新しいかき氷の店、行ってみたいよねって話だよ」
「なんて、店ですか」
「ひみつ」
美咲の顔は、面白がっている。
「…は? 何ですか? 何なんですか、それ。…話を振っといて、ヒドイですね」
僕が腹を立てると、美咲は笑いながら、僕を諭した。
「勘違いするなって。店の名前が『ひみつ』って言うんだよ。氷の蜜、で『氷蜜』。ね、知らないと恥かくでしょ?」
「べつに、知らなくてもいいと思いますけどね…」
僕は、ダンス練習室の中で、休み時間を彼女たちから少し離れたイスに座って過ごしていた。大体が仮眠をとるか、学校の教科書を読むかのどちらかだった。
「もう、あとその敬語。仲間内ではやめようって決めただろ? あんたも守りな」
「でも、一番年下ですし…オレ、やっぱみんなと違う異物でしょ?」
「関係ない。仲間は仲間だよ」
美咲は言って、僕に近づいてくると、僕の右腕を掴んで引っ張る。
「ホント、細いねこの子は。それにツケマ無しで、そのまつ毛の長さ何? 私と代わってほしいよ」
「だったら…代わってください」
「代われる方法があればね」
美咲は、僕を無理矢理みんなのほうへ引っ張ってきた。ほかの2人は、クスクス笑って、僕らを茶化す。
「美咲ちゃんてば、本当に琉唯ちゃん好きだね。付き合っちゃいなよ!」
そう言ったのは、天野川あかり。本名は石川あかね。目が大きい。
「え〜っ、ダメだよ。琉唯ちゃんは、私のものだってば〜」
僕と同級生の神永ヘレン綾香が声をあげる。こちらはヘレンを抜いた本名を使う。ドイツ人のクォーターらしい。

僕が馴染めないのは、この女子の空気感。
会話はどこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、うまく掴めない。まるで雲の中だ。
そして、男はいつでも彼女たちにとって子犬や子猫と同じで、決して対等ではない。
僕は仏頂面のまま、彼女らの近くに体育座りする。
美咲もそれに倣って、僕の横に胡座をかいて座る。女の座り方じゃないだろうと思ったが、突っ込むのも面倒だった。
あかりも綾香もイスから下りて、同じように床に座ったが、あかりは正座、綾香は横座り、とそれぞれのスタイルだ。
「じゃ、STAR☆CANDLEの今後の活動についてだけど、社長から指示があってね。この1年については、琉唯を中心に回すようにってことなんだ。私やあかり、綾香は、まあ目立つ必要は無いけど、個性を出していこうって言われてる。だから、当たり前だけど、手抜きは一切なしだからね。そう、琉唯、あんたは特に社長に期待されてるんだから、気合い入れないとね」
「分かってるよ…がんばってるよ」
僕の声は、我ながら小さかった。
「私らだって、あんたの努力は分かってるつもりだよ。でも、あんたに求められてる成果は私らよりずっと大きいんだ。だから、なんかあれば必ず助けるから、それを忘れないでいてほしい」
「…はい」
美咲は、僕の肩に手を置いてぽんぽんとした。あかりは「同じメンバーだもんね」と言い、綾香は何度もうんうんと頷いていた。

ふと、思う。

なんで、こんなことしてるんだろう?
僕は。
普通の中学生男子、してたいよ。

つらい、やめたい、と、この2ヶ月にも満たない間に、何度も何度も思った。


覚悟は決めてたはずなのに。


…ねえ、カオルン。
僕は『成功する』んだよね?
僕は、君の予言を信じて、ここに来たんだよ。
見守ってくれてる?
同じ事務所なのに、全然会えないね。
会いに来て、励ましてよ…。


ー遡って、6月1日。

「あんたさ、普段はいつもそんな暗いの? 初めて会ったときさ、あのバカ島崎も言ってたけど、なんか他と違う感じしたんだよね。あんたの周りだけパァーッと明るく見えたんだ、ホント。…うわ、やっば! あんなのと勝負すんの?って思ったよ。コイツ、絶対受かるって直感したよ。まあ、あんたは案の定すぐに社長のお眼鏡に適っちゃったから、直接対決にはなんなかったけどさ」
四ノ宮美咲が、新グループの顔合わせで、初めて事務所で再会したときに僕に長々と語った。
「でも、まさか…男子だったとはね。あの見た目でさ」
「あなたより、美少女でしたか?」
皮肉を言ってみる。
「そうだね。そのままでも、あんたカワイイしね、色白でさ、まつ毛長くて」
「…男に見えないって?」
僕は自嘲気味に笑う。
「いや、今は男に見えるよ。ただ、賢い小学生に見えるね」
「ちぇっ」
僕は、そっぽを向いた。
「あんた、あのときモーメントのスクール生って言ってただろ? あれ、誰も疑ってなかったよ。あの島崎でさえもね」
傷ついた僕にお構いなく、美咲は続ける。
「…ああ、あのときは、スクール生ってのが何なのかもよく分かんなくて。ただ、オレ、スワンもモーメントもRWも、アスターも神エンタも風間も、あと2枚忘れたけど…名刺持ってたから、何となくその類かなと思って、思いついたのを言ってみただけなんです」
「おい、自慢かい!」
美咲が僕を小突く。でも、顔は笑っていた。
晴れやかな潔い笑顔だった。
「まったく、あんたのオーラの輝きには参るね」
「うらやましいですか?」
「もちろんだよ。だけど、欲しいものは必ず自分で獲得してみせる。それが私のモットーよ」
美咲らしい、野心的で男前な笑みに、僕はそのとき、ちょっとだけ惹かれた。


 ☆


1学期最終日。
明日から夏休みだった。
通知表を渡される。
やっぱり英語の5段階評価が1落ちて、4になっていた。
ほかは大きな落差もなく、1年生3学期とほぼ変わらない成績だったので、とりあえずホッとした。
「うわーっ! やっぱお前かわいくない。5と4しかないじゃん。2学期もノート借りるからな」
高柳が、僕の通知表を勝手に覗き込んで、小声で叫ぶ。僕もヤツの通知表を見たが、3が殆どで、たまに4がある感じだった。
「お前、星キャンにのめり込み過ぎなんだよ。勉強にも打ち込めよ」
僕が忠告するも、彼は首を横に振り、それは違うとばかりに反論する。
「バーカ。オレの心の神が言ってる。勉強なんかに打ち込んで何になるよ。星キャンにのめり込むのが正しい青春の1ページなんだよって…ルイにゃんの笑顔だけが、オレの心を熱くしてくれるんだ!」
「ルイにゃんってなんだよ、気持ち悪い」
思わず本心を言ってしまう。
「猫コスチュームのルイちゃん、超カワイイだろうが! あれをルイにゃんと呼ばずしてなんとする、無礼者め」
なんで、怒られるんだ。僕が。
先週日曜日、星キャンの4人で猫もどきの衣装を着せられて、新しいキャットフードのCMのお披露目会に出された。CMに出ているわけではなく、単に宣伝PRのために使われただけだった。
あのちょいVTR見て、言ってるのか…すげぇな、高柳。チェックし過ぎだろう。
その情熱をもう少し勉強にも注げばいいのに、と僕は母親みたいな心配をする。
大切なファンではあるが、
…でも、あれ、オレだよ? 高柳駿。
「そうだ!」
急に友人が叫んだ。
「…びっくりしたな」
「オレも、芸能人になる!」
「はあ?」
先日の、僕みたいなことを言っている。
「芸能人になって、ルイにゃんとお友達になるんだ!」

…もう、なってるだろうが。

僕は内心でツッコンだ。
が、もう、月城琉唯に盲目な彼にとって、無駄であろうどんな『言葉』も、僕は返す気力が起きなかった。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?