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僕は君になりたい。 第26話「14歳のハート 不機嫌な僕の最近の悩みって…」



 #26



撮影時に、僕がスマイルを要求されたのは、最後の1枚だけだった。
コンセプトの中に「ゴシック」の重々しい感じと気高さ、精巧な装飾人形、無表情、などという要素が含まれていたからのようだ。

みんな陶磁器のような白い化粧をした。少し色黒の美咲は首まで白く塗られていた。

なのに、僕だけはいつもと殆ど変わらない薄化粧に薄い頬紅まで差された。
そんなに僕の顔は蒼白としていたのか?
先日の嘔吐から、もう2日経ち、体調は悪くなかったのだが。


「琉唯はすっぴんでもいけるくらい色白いって、雪乃さんが言ってたよ」


美咲が笑いながら、僕に言った。


「…死人みたいに血の気がないっての?」


「違う、違う。真珠みたいにツヤツヤして綺麗な肌だって話なのに…なんで機嫌悪いのさ」


「べつに悪くないよ、機嫌」


「悪いじゃん」


「そんなことない」


僕は立ち上がって、鏡の前に立った。


明らかに不機嫌な色白ゴスロリ少女が…

そこにいる。


雪乃さんが頑張って、ほかの3人より女の子っぽく見えるようにしているとはいえ…


本当に、いっそ女の子だったら良かった、と思うほど…




……“男らしくない自分” が、いた。




こんないじけた感情を抱いていること自体、今更だろうと、女子たちには笑われるだろう。




それに加えて、大人と子ども。


あと数年で「成人」だ。
小学生の幼稚さはないが、大人びてもいない。
今すごく宙ぶらりんな感覚だった。



男と女、の間。


大人と子ども、の間。



そう、そしてそれに追い打ちをかけるように、



友人と恋人?、の間。


という、テーマ…が重くのしかかり、僕のこの軟弱なハートは今にもへし折れてしまいそうだ。


同じ14歳なのに…。


一方の綾香は、今日もいつもと変わらない。
スタッフや年上の2人にも不機嫌になることもない。


僕は、まだ…子ども、なのか…。



「なに、自分に見惚れてるのよ。うぬぼれてるんじゃないかしら!!」


僕はビクッとして、振り返った。


鏡の前にいたため、自分が言われているのかと思って焦ったが、そうではなかった。
次のファッション関係の撮影の準備で入ってきていた女性モデルたちの言い争いだった。


「琉唯ぴょん、もう上がろう!」


固まっていた僕の肩にちょんとだけ触れて、綾香が僕を誘った。
ぎこちない笑い方は、先ほどの僕の彼女へのイラついた態度を受けてのことだろう。

ほかの2人は先に上がったようで、姿は見えなかった。



「…ああ、うん。ごめん」



「…琉唯ぴょんは、うぬぼれてなんかないよ」




横顔でつぶやき、先を行く綾香。

僕は、部屋を出ていく彼女の背中を、小走りに追いかけていた。



 ☆



事務所に戻って、化粧を落とした僕はいつものように黒いキャップ帽を目深に被り、至って地味なグレーの私服に着替えると、誠さんに呼ばれ、マネージャー室に向かった。


「お前のゴスロリ、評判良かったってな」


雪乃さんに聞いたのだろう。
誠さんは笑顔で僕を出迎え、開口一番に言った。


「…そう、みたいだね」

「うれしくなさそうだな」

「男なんで」


いつものように言ったつもりだったが、思いのほか声が下がってしまい、誠さんは少し眉間をしかめ、苦笑した。


「まあ、いいや…それより、メンバーたちにはいつ言うんだ? 8月末のこと」

「来年の、1月中には言おうと思ってるけど」

「そうか。実は、社長からでな…お前の写真集を出すって話がある。それっていうのも、お前の写真集を是非自分に作らせてくれって写真家がいて、お前がデビューしてすぐの7月、9月、そして先月の初め頃と…物凄いラブコールらしい。でも…まだ中学生だしって、まあ適当な理由で断ってたわけだが、つい先日また電話があってな」


「いったい、だれ? どこの三流カメラマンだよ。キッパリ断ってよ」



なんで、社長は話を進めようとしているんだ?


写真家なんて、人を見るプロだ。

目が肥えている。

僕が男子だと、バレてしまうだろう。


それなのに、なぜ…?



「…それがな、いま来てる」



「は?」



聞き間違えか、冗談だと思った。



「やあ、琉唯ちゃん? お疲れ。今日は写真撮影の仕事だったんだってね。 はじめまして〜♡ ボクのこと知ってるぅ?」


後ろから甲高いデカい男の声がして、肩に手を置かれた。
がっちりとした分厚い掌の感触に、僕はおののく。



今の会話、もしや…全部聞かれてた?



全身に冷や汗が滲む。


しかし、誠さんの表情はいつもと変わらない。


…どういうことだ?




「知ってるか? 柳生至成さん、写真家歴25年の超有名カメラマンだ」



ヤギュウシセイ…名前ぐらいは知っている。



「そんな、誠ちゃん! “超”なんて恥ずかしいわぁ〜。だけどね、琉唯ちゃん。ボクの腕を信じて欲しいの。ゼッタイ、キミに損な思いはさせないから! キミの魅力だけをかき集めた、最高傑作を作ってみせるから!」



“有名” は、認めるんだな…。



振り返ると、背も高いが横幅もある大男が立っていた。この寒い季節に赤い花柄のアロハシャツを着て、大汗をかいている。
そして、僕の目深な帽子のツバの下を覗き込み、大きな目玉をギョロリとさせ、頻りに瞬きをして見てくる。


「あ、ありがとうございます…」



辛うじて、僕は受け答える。


「…流伊。その人には、もう話してある。お前の性別もな、秘密厳守の契約も結んである」


「え、そうなの?」


僕の声は裏返る。


「そうなの! だから、安心して。ちょっとボーイッシュな写真も撮るかもだけど、基本はちゃんと“女の子”としての美しいキミを撮るからね!…それにしても…やっぱりイイ! 間近で見てもイイ!」



不意に手を差し出され、強引に握手させられた。
激しく揺さぶられ、危うく脳震盪になるかと思った。
とにかく、動きが派手で大きくて、ついていけない。

一緒にいるだけで、しんどい。


しかし、僕が『写真集』?!

元モデルの母じゃあるまいし…。


「ほかのメンバーは出さない。お前だけの写真集だ。メンバーには“卒業記念”に出すということで伝える。撮影は2月半ば頃からの予定だから、それまでには…言っとけよ」



誠さんは、僕に命じた。



 ☆



『柳生至成』の名前を聞いた途端、母がぎょっと目を見開いた。


「柳生至成って…あの? 超一流の写真家じゃないの! それが、あんたの写真を撮りたいって、何度も申し入れてきてたって…ホントに?」


母は、僕がアイドル選考に受かったときや、津雲姉妹の大富豪パーティーに招待されたときよりも、はるかに驚いていた。

結婚する前、ファッションモデルとして、グラビアを飾っていたという。
僕などよりその業界に関してずっと詳しい。


「我が息子ながら、妬けるわ」


目玉焼きを焼きながら、冗談めかして言っていたが、本気に近い冗談に聞こえた。


「そう、なんだ…上手くできるかな、オレ」


「…相手は、一流なんだから、全部ゆだねちゃっていいのよ。向こうから撮らせてくれって言ってきてるんだもの、あんたは何も心配いらないわ」


「そうか…」


僕は目玉焼きを箸でつついた。黄身がドロッと皿に広がる。醤油をかけて、口に頬張る。



「…なんか元気ないわね」


「そう?」


「悩み事なら、お父さんにでもいいから…言いなさいね」


「うん…」


僕は例のストーカー事件の際、ショックで数日だが失声症になってしまった。
それ以降、僕の精神状態が心配になっているようで、よく声をかけられる。


僕は極力逆らわず、素直に従うことにしている。


あのとき、僕もまた改めて分かったのだ。



家族は。


僕を心配し、保護し、回復を願い、

奔走してくれる…


…有難い、存在なのだと。




翌日、テレビ収録の後。

人気ロックバンド『Fly 69Rock bee』(フライ ロックロックビー)のボーカル、アカツキこと赤月駿也と廊下で楽しそうにお喋りをしている綾香を見た。


僕は、当然ながら『月城琉唯』の姿だった。


軽く会釈しながら、通り過ぎていこうとしたとき、アカツキが「あっ」と声をあげた。


「琉唯さん、今日はお疲れさま。アヤをいつもサポートしてくれてありがとね!」


アヤ…?


なんだ、その馴れ馴れしい感じ。


「…いえ、べつに。仲間ですから」


僕は、彼のほうを見ないまま、声を張らずにどうにかそう言ったが、胸の奥に住まう繊細な蛇がトクンと大きくうねるのを感じた。



…関係ない。



彼女がだれと喋ってようが、僕には関係ない。



…関係ない。



僕は、単に彼女と同じ『星キャン』のメンバーというだけ。


彼女がだれと話をしようが、彼女の自由だ。



僕には、関係ない…。



「アカツキさんて、綾香ちゃんのいとこなんやて〜。お父さん方の。芸能界も狭いな。うちも姉が女優やけど」


僕が楽屋に入ってくると、あかりが美咲に話しかけている言葉が、ちょうど耳に入ってきた。



いとこ…。



なるほど、子供の頃から綾香を知っていて、きっと妹のような存在なのだろう。


つまり、「アヤ」と昔から呼んでいるのだ。


そんな事情も知らないで。

ちょっとでも思い悩んだ自分が恥ずかしい。


僕がいつもの黄色のトレーナーに着替えていると、不意にドカーン!という大きな音がした。
ザワザワしたかと思うと、廊下を歩くコツコツという靴音がだんだん早く近くなる。


「美咲ちゃん、あかりちゃん、琉唯ぴょん!」


入ってきたのは、綾香だった。
半べそをかいている。
彼女はよく泣くが、べつに理由もなく泣くわけではない。



美咲が駆け寄って、綾香を支える。


「どうしたの? 綾香」


「駿くんの仲間の人が、私の…」


「…どないしたん?」


あかりも話に加わる。


「私の…胸を触って…駿くんが怒って、ケンカになって、2人とも廊下の壁にぶつかって…頭を打って、スタッフが今ね、救急車を呼んでるの!」



「なんだって!?」



僕は思わず、女装なのを忘れ、いつもの声で叫んでいた。



そして、綾香に言った。



「大丈夫か、お前。触られて、気持ち悪かっただろう?」



「流伊くん…」



男たちが、取っ組み合ってケガをしたことなど、どうでも良かった。


僕はただ、綾香の身だけを案じていた。


そんな自分に気づいてハッとする。


これが、


もしかして……



……………恋?






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