僕は君になりたい。 第17話「ルイのうた 復活、愛をつぶやく僕」
#17
4回目のコールで、彼は出た。
ー流伊、か?
「そう、だ、よ…」
か細い声で僕は答えた。
「心配かけて、ごめんな」と言うつもりだったのに、ちゃんと声にする自信の無さから、すぐ言えず…
ー大丈夫、か?
また、彼に心配の言葉をかけさせてしまった。
「ああ…」
自分が不甲斐ない。
ー何があったのか、後で聞いてもいいか?
「…あ、うん。い、言える、範囲…でなら」
わずかな沈黙の後、高柳は言った。
ーうん。分かった…学校は、まだ来られなさそうか?
「あ、行く…よ。明日…から…」
ー…そっかァ、良かったぁ…! 分かってるって。明日朝また迎え行ってやるよ! アハハハッ。
その笑い声は、暗すぎる僕をちょっとでも明るい場所に引き上げようと頑張っている笑い声だった。
「…なぁ、し、駿」
ーん? なんだよ。
僕の声はかすれ、声量もなく、どもってもいた。
なんとか声として相手に届くくらいで、しかも、1文字ずつゆっくりとしか言えず、自分でもイライラした。
でも、仕方がない。
「…ありがと。心配、かけて、わ、悪かった」
ーな、流伊。
「……ん?」
なんか鼻をすすっているような音がする。
ーん? じゃ、ねーよ。オレ、寂しがりやだろ? 寂しかったじゃねーかぁ!
「…あ、だか、ら、ごめん、て…」
ーおい〜! だからァ、謝んなっての!
ほとんど泣き声だ。
…どうすればいいんだよ。
「…オレの、声、聞き、づらい、と、思う、けど、がまん、して…聞いて、くれ」
ーいいよォ〜、そんなことォ!
「明日、おま、えの…ノート、見せて、ほしいんだ。だから、準備、たのむ…休んでた、からさ…」
ーオレのなんかでいいのかよ。そこは、斎藤とかのほうが。
「いいんだ、お前、ので。お前の、が…いいんだ」
そこまで言って、息切れしてしまった。はぁはぁと息を吐くたび肩が揺れた。
ー本当に、大丈夫か? まだ辛そうじゃん…あとさ、オレ字汚ねーぞ。
「…何年、付き合って、るよ。見慣れて、るよ。もう…」
ー知らないぞ? 後悔しても。まあ、いいや…辛かったら休めよ。
「…ん、分かっ、たよ…じゃ、な」
僕は電話を切った。
数分しか話してないのに、ひどく疲れた。
僕がまだ息を整えていると、高柳からメールが来た。
ーーそういえば、
ルイにゃんも具合悪いらしいよな。
ストーカー被害だって。
アイドルも大変だな。
早く元気になってくれればいいけど…
お前だけでなく、ルイにゃんまで倒れてて、オレもう寝込んじゃいそうだよ〜(T_T) ーー
だから、“それ”だっての…。
本当に鈍感なヤツ。
同じ時期に具合悪くなっているんだから、分かりそうなもんだろうが。
…かんづけよ。
僕は、半ば呆れながら返信をした。
ーー大丈夫だよ、きっと。
もうすぐ、復活するよ。ーー
☆
僕は個人的にボイトレとダンスを始めた。誠さんに頼んで、夜8時から1人で1時間ほど部屋を借りた。
元の声に戻りつつはあるけれど、レッスンを1週間以上も休んでしまったから歌を歌うための肺活量も踊るための体力も落ちている。
そう思って、始めたのだが。
「こら、琉唯。抜けがけするな」
声をかけられて、びっくりした。
振り返ると、美咲がドアを開けて、顔を出していた。
「あ…」
僕はどんな顔をしていいのか分からず、動きを止めて目を逸らしてしまった。
夜8時半を少し回ったところだった。
今日は『星キャン』のレッスンは無いと聞いていたのに、普段着の美咲が銀縁の丸い伊達メガネをかけて立っている。
「なんで、私たちのところに来ないの?」
問い詰める感じではなかったが、僕はバツが悪くて目を逸らしたまま答えた。
「…体力落ちたから、少し、戻してから、合流しようと、思って…足引っ張ったら、悪いからさ…」
「そう。理由は分かったけど、要らぬ気づかいよ。あんたは、そもそも体力あるし。今だって、あかりよりよく踊れてるよ…声がよく出ないのを気にしてるの? それも大丈夫。綾香も歌うときは、そんなもん。しゃべり声はうるさいけどさ」
「そうかな…オレは、今のオレに、全然、納得いかない…あかりちゃんや、綾香だって、今のオレよりは、ちゃんと…してる、だろ」
美咲は、かすかに笑う。
その笑いの意味は、僕には分からなかった。
「それはともかく…明日はレッスンに顔出しな。みんな、あんたに会いたがってるんだ。歌えない、踊れない、なんてどうでもいい。とにかくあの2人にも顔見せてやんな。心配してんだからさ」
「…分かった」
「じゃ。私は帰るよ。忘れた物を取りに来ただけだからね……あ、そうそう、あんたの実際の誕生日、12月25日なんだってね。私は4月8日でさ。お釈迦様の誕生日。星キャンの中に聖なる人と同じ誕生日が2人いるとはね、はははは」
大声で笑いながら、美咲はドアを閉めて部屋から離れていった。
もう11月も半ばを過ぎた。僕もあと1ヶ月ちょっとで本当の14歳になる。
月城琉唯では、もう14歳になっている設定なので、既に14歳の気分になっていたが、まだなっていなかったのだと思い出す。
まあ、いいか…。
誕生日なんて。
どうせクリスマスの騒ぎに埋もれて、いつものように流されて終わるのだ。
ピザ3枚を食べて終わりなのだ。
それも、僕が主役ではなく、どちらかといえばクリスマスが主役なのだ。
まだ、釈迦の誕生日のほうがマシだ。
世間があれほど大はしゃぎしない。
自分が主役でいられる。
そういえば、釈迦は生まれてすぐ立ち上がり、こう叫んだと言う。
「天上天下、唯我独尊!」
まあ、赤ん坊のくせに大した自信家だ。
…美咲は、そこまでではないと思うけど。
あの意志の強さは、もしかしたら、釈迦と同じ由縁なのかもしれない。
壁の電波時計を見ると、あと10分で9時だった。僕は深呼吸を繰り返してから、腹式呼吸で最高音のソを出してみた。
…ギリギリ、裏返らずに出せた。
そのとき、ちょうどバッグの中の携帯がブーっと振動音を立てた。
父からの迎えの知らせだろう。
会社帰り、9時頃に立ち寄ってくれるよう頼んであった。
父のメールには、ひと言「着いた」とだけ書いてあったので、僕もひと言「分かった」とだけ書き、返してやった。
☆
「流伊くーん、会いたかったよ〜!」
翌日のレッスンで、開口一番そう叫んだのは綾香だ。
そして、バタバタと駆け寄ってきたかと思うと、避けるまもなく抱きつかれた。
…これも、キズナを深めるため?
僕は、ちらりとあかりを見たが、彼女はただニヤニヤと笑っている。
あまりにもギューっと長めにハグされたので、僕のほうが慌ててしまった。
「おい、もう…」
「イヤだー。離さないもん! 大変だったよね? 苦しかったよね?」
僕は諦めて、身体の力を抜いた。
「…ありがとう、電話くれて」
「当たり前じゃん! 大事な仲間だもん。あかりちゃんも、美咲ちゃんも、みんな心配したんだからね!」
「…ほらほら、綾香ちゃん。そろそろ離してあげて。琉唯ぴょんが、苦しそうだよ」
あかりがやっと助け舟を出してくれ、綾香は僕から身体を離した。
見れば綾香の顔は真っ赤で、頬には涙がまだくっ付いていた。
僕は、そっと指先でその涙を一粒すくう。
「もう、大丈夫だから」
「ホントに?」
蚊の鳴くような声で問われ、僕はうなずく。
「本当だよ」と言って、少し笑う。
そんな綾香に、やっぱり女の子って、カワイイよな…などと思ってしまった。
「さ、レッスン始まるよ」
美咲がいつものように声をかける。
かくして、僕の『星キャン』としての活動も、再開された。
☆
僕が休んでいた間に、美咲、あかり、綾香は1度目のソロ曲のレッスンを終えていた。
アルバムは、来年の3月頃発売の予定らしいが、それまでに他の楽曲のレコーディングなども入るので、結構過密だった。
僕は皆より出遅れていたが、なんとか追いつくだろうと先生に言われた。
訓練の賜物で、声は出るようになった。
「きれいな声だ」
花岡先生が上機嫌に僕を誉める。
「ウィーン少年合唱団にも入れるね」などと冗談を交え、僕の気分を盛り上げてくれる。
「思ったとおり。君が歌うほうが、断然いい。最初の高音のアァーも、想像以上に声が澄んでるし……あとは、1つ提案なんだけど…」
「なんですか?」
「うん、ちょっとセリフをひと言、入れてみたらどうかと思ってね」
「セリフ?」
「そうだ。冒頭か曲の最後にね、たったひと言ね」
「なんて、セリフですか?」
「うん。『愛してるよ』…って」
僕は目を丸くした。
「…あ、ああ『愛してるよ』?…本気ですか?」
「もちろんさ。世の男性諸君をキュンとさせちゃおう。…もしかしたら、女の子もキュンとしちゃうかもしれないね」
先生は笑っていたが、話自体は大真面目のようで、アルバムの売上げにもつながるから、と付け加えた。
歌詞として歌うのであれば、それほど抵抗はない言葉だけれども、セリフとなれば別物だ。
「大丈夫だよ。歌の世界の一部だと思えばいい。余韻でつぶやいてみようか…と、なると、まずは最後のほうがいいかな」
「無理ですよー。勘弁して、ください!」
「いいや、やるんだ。これは僕の命令だ。とりあえず一度やってみよう」
言いながら、先生は既にピアノを弾き始めている。意外と押してくる性格だったのか…。
それに、微笑みながら「命令だ」と言われるのも…逆に怖い。
僕はため息をついて、仕方なく歌い始めた。
思い切り歌った後で、そんな生まれて一度も言ったことのない甘い言葉をうまく言えるのか不安になる。
曲がもうすぐ終わる。
余韻を大事に、歌の一部として…。
僕は、大きく息を吸った。
「…愛してる、よ」
一瞬の静寂。…やっぱり変だったか。
「琉唯くん」
「はい…すみません、上手く言えなくて」
「最高だ」
先生は、小さいガッツポーズをした。
「じゃ、今度は今のを冒頭に入れてやろうか。君が言ったら、弾き始めるから、さあ言おう」
なんて強引なんだ。
そして、先生は冒頭バージョンを聞いてから、決定事項として僕に命じた。
「うん、冒頭だね。やっぱりインパクトがある」
僕は、従うしかないのだった。
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