見出し画像

僕は君になりたい。 第11話「作曲家は僕らを知りたいらしい」


 #11


立ち上がった3人は、怒りに打ち震えていた。

サラは、拳を握っていたし、その横の女…リカは般若の形相で一歩踏み出しており、残るマナは誠さんと吉岡さんに取り押さえられていた。

「よく笑えるね…」
僕に言ったのは、美咲だった。

「ああ、なんかさ清々しい気分なんだ」

僕が何の恨み言も言わず、ニコニコし続けている様子が奇妙に映ったようで、暴れかけていた3人の女たちも、やがて動きを止め、不気味なものを見るように青ざめた。

「おかげさまで、オレはここで戦うための武器を持とうと心に決めました。アイドルの武器といえば、スマイルでしょ? スマイルを一生懸命に磨いて、月城琉唯として、どんな困難にも立ち向かえるように頑張ろうと思ったんです。だから、今のオレは、あなたたちを怖いとも嫌だとも思いません。正直もうどうでもいいです」

サラもリカもマナも、声が出ないようだった。ただ、口をパクパクさせて、死にかけた魚のようになっていた。

「だから、べつにあのままでも平気だったんですけど、仲間たちがあんまり心配するので、それも悪いですから、こういうことになりました。あと、最後ですので言っておきますね…」

僕は満を持して、彼女たちにもう一つ引導のスマイルを捧げる。

「わたし、月城琉唯を鍛えてくれて、ありがとうございました、先輩たち」

かすかな声で、マナがうめくのが聞こえた。「あんたは…怪物よ」と。

…そういうあんたは、怪物になれなかった、かわいそうなザコだ。

僕は、心の中で呟いた。


 ☆


「めちゃくちゃ、カッコよかったよ〜。さすが流伊くん!」

「…べつに。スマイルを連発しただけだろう? 話は本当だけど」

気がついたことがある。

綾香の僕の呼び方、みんなに対しては「琉唯ぴょん」と言っているが、僕に直接呼びかけるときは「流伊くん」になっていることが多い。

どうしてだろう?
以前は、そうじゃなかったはずだ。
だが、直接本人に聞けなくて、なんとなくあかりに訊いてみたが、あかりも何故か「ふふん」と鼻で笑っただけで答えてくれない。
美咲なら答えるかもしれないと思ったが、そこまで深刻な話でもない。そう思って、放置しているのだが。

「話の内容がいいんじゃん♡ 私も武器を磨いておかないとなあー」
「お前の武器は、その能天気さだろ?」
「ひどいなー」
僕らが会話していると、あかりと美咲がやってきた。
「綾香ちゃん。そろそろ先生来るから、事前練習やるよぉ」
あかりが声をかけ、
「ハイハイ、配置につけ〜!」
美咲が指示をする。

先生が来る前に、事前練習をして、やる気を見せるのだ。

が、麻実先生は入ってくるなり事前練習をしていた僕らを止めた。
「はい、みんな。こっち見てー」
先生の後に続いて、誰かが入ってきた。
見たことのない60歳くらいのおじさんで、ラフなチェック柄のシャツを着ていた。

「紹介します。作曲家の花岡定郎先生です。ファーストアルバムを出すに当たって、みんなに一曲づつソロ曲を作って下さることになりました。今日はみんなのイメージを確認するため、見学に来ていただきましたので、みんな気合い入れてね!」
「花岡です。ありのままの君たちを見せてくれればいいからね」
にっこりと微笑みながら、柔らかい声で挨拶をした。
「まず、自己紹介を兼ねて、本名を教えてもらってもいいかな? 出来れば簡単なプロフィールと。社長は本人の意思に任せると言って下さっている。もし言いたくなければ、言わなくてもいいよ」

「どうする? じゃ、まずリーダーの美咲ちゃんは?」

麻実先生が、美咲に振る。

「私は構いませんが、本名を訊く意図は何ですか? 気にするメンバーもいるかもしれないので、とりあえず伺いたいんですけど」

「うん。それはね、君たちが素の自分、本来の自分、をどう思ってるのかで、曲のスタイルを決めさせてもらおうと思ってるからなんだ…それにしても、美咲くんの今の質問は、本当にリーダーらしい。メンバーへの思いやりを感じるね」

花岡氏は落ち着いた口調でゆったりと話し、美咲に笑いかける。
美咲の顔はわずかに赤らみ、照れてるなと僕は思った。

「…あ、私、星名美咲の本名は、四ノ宮美咲です。漢数字の四に片仮名のノの宮で、四ノ宮です。美咲はそのままです」

次に、麻実先生があかりを見る。

「じゃ、次はアカリンね」

「はい。天野川あかり、本名は石川あかねです。大阪出身で、姉は若手女優の石川すみれです」

少し関西訛りを入れて話すあかりに、花岡氏はうんうんと頷く。

「じゃ、次は綾香ちゃん」

「はーい。神永綾香、そのままでーす」


……あれ? それだけ?


ミドルネームの話とか、綾香なら喜んで色々話すんじゃないかと思った。美咲は平静さを保っていたが、あかりは僕と同様少し意外そうな目で綾香の閉じた口を見ていた。

それは、麻実先生も同じだったようで、僕への声がけに少し間があった。
「…あ、えーと…じゃ、最後は琉唯ぴょんね」

「はい。月城琉唯です。本名は言いません。言わなくてもいいということなので」

どうせ、社長を通じて知っているはずだ。
女じゃないことだって、知らされているだろう。わざわざ僕の口から言う必要はない。

「ふんふんふん…いや、なかなか面白い4人ですね、麻実先生」
「あ、ええ。そう思われますか?」
「はい。とても興味が湧きました。それぞれに良い楽曲を提供できそうです」
「…それなら、良かったです」
「あとは、好きにやって下さい。僕のことは気になさらずに」
「承知しました」

大人2人は話し終えると、花岡氏は入り口近くの壁際にパイプ椅子を置いて座り、麻実先生は鏡の前に立ってレッスンを始めた。

美咲とあかりは、花岡氏の視線を気にしているようだが、綾香は敢えて気にしないようにしているなと思った。
そう、なんか警戒している感じだ。

僕は今更ここで誰かの視線を気にすることはなかった。どうせ奇異の目で見られているに違いないのだ。いつもどおりやるだけだ。

「綾香くん、琉唯くん」

レッスンが終わると、なぜか綾香と僕だけを呼び、手招きする。
「はい、なにか」
僕は返事をして、彼のほうに向かう。
その後から、のそのそと綾香もついてきた。
「じゃ、まず琉唯くんから。一つ訊くね…ハイトーンはどこまで出せる?」
「裏声ですか」
「それでもいい」
「今はソまで出ます。半年後は分かりませんけど」
「ふんふんふん。了解。じゃ、綾香くん。ローはどこまで出せる?」
「ラ、が限界だと思いまーす」
「ふんふんふん、了解。ありがとう」

歌のレッスンのとき、顔出せばいいのに、なんでダンスレッスンしかない今日来たのだろう。そのほうが歌唱力が分かるはずだ。
僕は疑問に思いながら、1人ふんふんと頷いている作曲家・花岡氏を眺める。

「曲は来月中には出来ると思うから。楽しみにしてて」

全員に、そう言い残して去っていった。

…今はまだ気づいていなかったが。


花岡定郎先生。


僕の運命的な出会いの1人だった。


 ☆


月に1〜2日ではあったけれども、仕事の為に学校を仮病で休んでいる。
担任の若狭野先生には、事情を説明しているが「芸能事務所に所属の為」というだけで、僕が『月城琉唯』という芸名であることは知らない。なので、たぶん主アイドルのバックダンサー、ファッション雑誌のモデル、ドラマのエキストラくらいの仕事だと思っているだろう。
それでも、地道に頑張る僕を陰ながら応援してくれているようで、先生の口は固かった。
いつか花開くときまでは、誰にも言わないと励まされている。

「榊原」
「はい」
「うまくいってるのか? その…活動のほうは」
音楽室の横にある音楽科準備室に呼ばれて、若狭野先生は僕にイスを勧めつつ、小声で訊いてきた。
若狭野響也先生は、28歳。
若々しい情熱に溢れた音楽教師で、女子たちにも人気があった。声楽よりもピアノが専門らしかったが、教師になるために、声楽も頑張ったんだよと笑って言っていた。
「あ、はい。とりあえず順調です」
僕は当たり障りなく答える。
すると、担任の音楽教師は少し悩んでから、心を決めたように僕の目を見た。
「…無いと思うが、一応訊くわ。お前、『星キャン』と接点あるか?」
「…え?」
僕は激しく動揺した。
まさか、見破ったのか?
しかし、彼は僕の動揺を別の意味に受け取っていた。
「だよなー。あるわけないよなー。あんな鰻登りの人気アイドルグループなんかと…」
「あの…なんで、そんなことを」
「いやな。俺の兄貴の小1の娘がな、星名美咲のファンなんだ。兄貴の義理の父親が作曲家でな、まあじいちゃんの影響で歌の上手いアイドルが好きらしいんだな。それで、美咲ちゃんのサイン欲しがっててさ…ごめんな、変なこと訊いて」
先生は頭をかいて恥ずかしそうに謝る。

歌の上手いアイドルか。
確かに、美咲は歌も踊りも1番上手い。
僕とは比べるべくもない。

だから、僕は『スマイル』で勝負しているのだけれども、悔しくないといえばウソになる。

「いえ、いいですよ…知り合いを当たってみますよ。でも、あまり期待しないでください」
「ホントか! ありがとな。生徒に個人的なこと頼んじゃって、悪い!」
分かりやすく顔に明るさが戻る。
「その代わり、引き続き僕の芸能活動については誰にも秘密でお願いします」
「うんうん。もちろんだ」
にこにこと機嫌よく頷いて、若狭野先生はコップに麦茶を出してくれた。
まだ少し暑さの残る秋口、冷たいお茶が美味しい。僕は味わって飲み込んだ。
「ただな、俺個人としては、琉唯ぴょんの歌声も好きなんだよな。可愛さだけピックアップされてるけど、歌も相当練習してると思うよ、あの子」
僕は自分でも無意識に立ち上がっていた。
「ありがとうございます!」
声楽苦手ではあるが、一応、音楽教師である。
「あ、いや、そんな麦茶くらいで…」
「のど乾いてたんです」
僕はちょっとだけ微笑んで、麦茶を飲み干すと、丁寧にお辞儀をして、音楽科準備室から白い午後の光が広がる廊下へと出た。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?