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僕は君になりたい。 〜番外編〜 「美咲のプレゼント」 (前編・出会い)


…もうすぐ、クリスマスだ。

ジングルベルが商店街のアーケード通りにBGMで鳴り響き出した12月。

私は、柄にもなく「プレゼント」を物色していた。


 *


「美咲ちゃん、知ってる? 本当の誕生日」

私は、四ノ宮美咲。
アイドルグループ『STAR☆CANDLE』の芸名『星名美咲』として活動している。
1番年長の16歳であった為、リーダーに抜擢された。

私といま会話しているのは、サブリーダーの天野川あかり。本名は石川あかね。
同じ高校1年だが、3月の早生まれで、まだ15歳ということだった。

「本当の誕生日って、だれの?」

私が訊ねると、あかりは決まってるでしょ、という顔をして言った。

「琉唯ぴょんだよ。公式ホームページでは5月5日にしてるけどさ、本当は違うやん。それを知ってるか聞いてるの!」

「ああ…そういえば、知らないな。あの子まだ13歳なのかな?」
「のんきやな。仲間の誕生日くらい押さえとかんと。リーダーでしょうに」

「そう言うあんたは知ってるの?」

「むろんや。アカリンの情報網をなめたらあかんで」
関西弁丸出しになるときは、少し興奮しているときだ。鼻息が荒い。
「情報網って…本人から聞いたんじゃないの?」
「ちゃうよ、雪乃さんや。琉唯ぴょんのメイク中にな、そんな話になって、本当の誕生日は?って、訊いたら、答えたんやて」

滝雪乃さんは、私たちグループのメイクとスタイリングを担当しているスタッフだ。

「で? いつなのよ」

「それがな〜。なんとな、クリスマスなんやてー。イエス様と同じ日に生まれたんやて。なんかロマンティックやなー」

「へえ」

そうなんだ。
あの子らしい。
生まれた日まで、特別だなんて。



**



私が、榊原流伊と初めて会ったのは、この事務所に入るためのオーディションの時だった。

特に派手な容姿でも服装でもない、普通の少女だった。

ただ、可愛かった。
信じられないくらい、可愛いくて、際立って光って見えた。

コソコソと「あの子知ってる?」「あの子誰なの?」という、声をひそめた会話が、ここそこから聞こえてきていた。

みんなが気になるような存在感であったことは間違いない。
ただ、そうであるにもかかわらず、その子は落ち着かない様子で、履いているキュロットの裾を気にしたり、肩が凝るのかモゾモゾと身体を動かしたり、ブラウスの襟元を押さえたり、何度も靴下を引っ張り上げて直したりしている。

そんなとき、一人の受験者が彼女に声をかけた。

島崎じゃん。

島崎亜澄。『オーディション受けまくり魔』と陰口を言われているが、不屈の心を持った女ではある。ただ、その態度は横柄で、多くの常連受験者から嫌われていた。

かく言う私も、島崎亜澄を良くは思っていない。

有名芸能プロダクションのスクール生であることを鼻にかけているのだ。
杓子定規で人を見て、自分より上か下かを見定める。大概は彼女よりも「下」にランクされるらしく、よく人を見下していた。

だが、面白いことになった。

例の初めて見る少女の、所属している芸能スクールが、島崎亜澄よりも一流のスクールだと判明したのだ。

島崎の動揺が伝わってきて、私は内心でガッツポーズをしてしまった。
相手が自分より「上」だと理解した島崎は強がってはいたものの顔色が悪い。

そのとき、島崎はグループ面接の順番で呼ばれて退散したが、私は興味が湧いて、その子に話しかけてみることにした。

怯えているように感じたのは、今から思えば、少年が少女と偽って受けているのであるから、バレるのを恐れて警戒していたのだろう。
視線を避けがちで、しどろもどろな話し方だったのも、不自然な気はしたのだ。

でも、握手をしたときは、意外に強く返された。猫を被ってるわけでもないのか…と感じたが、何のことはない。少年の握力ならば、あれでも弱めだったのだろう。


この子は絶対に合格する。
身にまとう空気が、違う。


そして、その確信は、事実となった。



 ***



初顔合わせで、紹介されたときの衝撃は、今でも忘れられない。

「榊原流伊です。すみません、女子じゃないのに、女子枠で受けて、入所しました。ご迷惑をおかけします」

新入所者の集まりには出席していなかった。
後から聞いた理由は、まだ決断できていなかったからだという。

『三国志』の劉備が諸葛亮に軍師の勧誘をした際の「三顧の礼」のように、社長自ら彼の自宅に何度か訪問し、説得されて、ようやく決断したのだという。
男だと言えば、諦めるだろうとたかを括っていた当てが外れ、社長の執念に負けたのもあるが、1番の理由は、好きなアイドルに入るように勧められたからだと言っていた。

『あじさいガールズ』のカオルン。
この事務所の先輩アイドルだということは私も知っていたが、そこまで魅力的な人だとは思っていなかった。私にはユカッチ、丸井優花さんのほうが、ずっと素敵に見えた。黛薫さんはというと、正直眼中になかった。
多分、普段と舞台上との“ギャップ萌え”のような気はする。


「ウソだよね? せめて、女子だよね?」


そのとき、そう言ったのは、メンバーの神永綾香だった。ドイツ人のクォーターらしく、外国人の血を少し感じる容姿で、愛らしさがある顔立ちだ。しかし、補欠からの合格で、危なかったと笑う。
そんな彼女からしたら、社長に懇願されて入所した榊原流伊は嫉妬の対象でしかない。
なのに、それがしかも女子でもなく、男子! ほかの所属タレント同様、メラメラと来るものがあったのだろう。


「男です、でも頑張りますので」


流伊はそれしか言わなかった。


覚悟してるんだな、と私は思った。


少なくともハーレム気分でやってきたわけではないことは分かった。


私は再び、握手を求めた。
「よろしくね」
「はい」
握力はあのときと同じだった。
男の子だったんだ…と思い出して笑った。


あの後…。


私だけでなく、恐らく他のメンバーも、流伊の存在を受け入れられるか問われただろう。
もし「受け入れられない」と答えたら、たぶん今デビューしていなかったと思う。
拒むことは、また来るかも分からないチャンスを逃すことだった。
今、掴むしかないものだ。


ただ、私は…変に納得してしまっていた。

あ、そうなんだって。

彼は、選ばれた人間なんだって。

生まれながらの、スターなんだって。

それに便乗しない手はない。

でも、

私も負けない!って思った。


****


だが、私はまだ甘く見ていた。


彼の決意の意味は、私の想像をはるかに超えていた。

猛特訓をして、ダンスの基礎を習得し、歌う為のボイストレーニングは毎日欠かさず、コーチ不在でも1人でみっちりこなした。
私たちとの共通レッスンの後にヘロヘロになりながら、弱音も愚痴も漏らさず、自主的に本当に真面目に休まずやり続けた。


私も舌を巻いた。


やはり、只者ではなかった。

それは、あかりと綾香も感じたようだった。
彼の本気を理解するしかなかった。
そして、たぶん自分の技術の未熟さを補うためだけでなく、その意味もあって、彼は努力していたのだろう。

デビューの前日、衣装合わせをしたときには、彼はもうアイドルにしか見えないくらい完璧な輝かしいオーラを身につけていて…負けてるかも、と一瞬思った。
もちろん、最終的には自分が勝つと思っていたけれども、明らかに性別的な不利があるのにも関わらず、アイドルの絶対条件「カワイイ」で私たち女子は負けていたのだ。

「うっわ、超絶カワイイ〜!」

綾香の声に、私もあかりも同感だった。

黄色いミニドレス、茶系の付け髪で整えた肩までのボブ、細く引き締まったウエスト、ラメを散らしたデコルテ、ハイヒールから上の伸びやかで綺麗な脚線美を含めて、とても男の子には見えない。
聞けば、流伊のお母さんは元ファッションモデルで、グラビアの表紙を幾度となく飾ったカリスマモデルだったらしい。
その血筋だと思えば、その美少年ぶりも理解できる。ただ本人は「男がカワイイなんて恥だ」と贅沢な悩みを打ち明け、私たちを返答に悩ませた。

そして、更に驚いたのは、デビュー前の先輩アイドル『三婆』(陰の通称)たちに通りすがりに毎度ツバを吐きつけられるという、わりと強めの嫌がらせを受けていたにも関わらず、それを問題にせず跳ねのける心の強さだ。

内心は分からないが、少なくとも表立って怒ることも泣くこともなく、妬まれて当然、心配無用と鼻で笑った。

私たちのほうが、逆に三婆たちを追いやるのに躍起になっていた。

奴らの謹慎前最終日、私は1人に張り手を喰わせてしまったりもしたが…苦笑汗汗汗。

本人はそよ風に吹かれているかのようにケロリと美しく笑っている。

私は思わず、「よく笑えるね」とスマイルする流伊に言ってしまったが、彼は嫌がらせに負けないため、アイドルとしての武器『笑顔』を磨くため頑張れたからと爽やかに言う。

その様子には、三婆たちも蒼白として流伊を「怪物」だと言って怖れた。


それは、もはやモデルの血筋が、どうのという問題ではない。
彼の徹底した負けず嫌いな性格を体現していると私は思った。


そして、彼は会社の…社長の目論見どおり、瞬く間に人気を博し、星キャンのエースアイドルとなり、誰もが認める今一番輝いているスターに成り上がった。
私たちもまた、それに便乗し、月城琉唯の仲間たちとして注目を得ることになった。
彼の並々ならぬ努力と天性の美貌のおかげであることは否定できない。
私たちは、彼が不調やピンチのときは必ず何らかの形で支えてあげよう、そう思うようになった。

結果として、それが自分たちのためにもなるという下心も少しあったが、とにかく彼を孤独にさせないように、出来るだけ声をかけ、輪の中に入れた。

そして、私たちがデビューして5ヶ月が過ぎようとしていた頃。


あの事件が起きた。


 *****



私たちは初のアルバムを出すにあたり、それぞれソロ曲を作ってもらえることになった。

作って下さるのは、作曲家の花岡定郎先生だった。
私は張り切っていた。
私は歌に自信があった。
結果、私のソロ曲はアップテンポではなく、スローなバラードに決まり、じっくり歌い込めるものとなった。
それは、私にとっても願ったり叶ったりな結果だった。
あかりも綾香も「あ、合いそう」と思うような曲調だったので「さすがだな」と私は思った。

だが、その時点で、琉唯の曲調は未定だと聞かされ、私たちは何となく顔を見合わせた。

1番がっくりきたのは、流伊だと思う。

歌の個別レッスンも彼には用意されていなかった。私には何となく理由は分かっていたが、レッスンを重視してきた彼には不安要素だったに違いない。

それに加えての「未定」。
イジメを受けているとき以上の心の苦痛を受けたように見えた。

ただ、その日のレッスン後、花岡先生が流伊個人だけに会いにくるという話を聞き、私はまた彼に特別感を抱いた。
きっと、曲調についての相談だと思った。
流伊は先生を良く思っていないが、先生はきっと琉唯に特別な曲をあげようとしている。
だから、きっと明日は彼は喜びに満ちた笑顔で、私たちの前に現れるに違いない。


そう思っていた。


だが…。


彼は帰宅中に、狂ったファンにストーカーされ…。


心を痛め、休んだことのないレッスンを7日連続して休んだのだった。




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