見出し画像

僕は君になりたい。 〜番外編〜 「美咲のプレゼント」(後編・救世主)


電話に出たときは、元気はなかったが、まだ声が出せていた。

それなのに、その翌日から…声が出せなくなる心の病『失声症』になってしまったと、流伊のマネージャーをしている蝶貝誠さん(社長のご長男だという)から聞かされた。


あかりと綾香にも、私から伝えた。


「流伊くん…大丈夫かなぁ、声出せないなんて、かわいそう…」

「うん…今は、そっとしておいてあげたほうがいいんやろうか。ねえ、美咲ちゃん?」

「そうだね…」

正直なところ、私もどうすればベターなのか分からなかったが、少し様子を見るしかないだろうと思った。


「あのな、提案なんやけど、もうすぐ琉唯ぴょんの誕生日やんか。だからな、みんなでバースデープレゼントあげたいと思うんや。クリスマスだけど、クリスマスっぽいプレゼントはNGや。世界はキリストを祝ってるけど、私らはキリストやなく、琉唯ぴょんを祝っちゃおうっちゅうわけや!」

「いいね!…それ! ま、琉唯ぴょんは蝶々プロの救世主みたいなもんだもんね!」


叫んだ綾香の言葉に、私は反応した。


『琉唯ぴょんは蝶々プロの救世主』


そのとおりだ、あの子がデビューしてから蝶々プロダクションのアイドルたちが少しずつ注目を集め始めていた。
それまでは『ピンクバタフライ』の毬谷ナギさんくらいしか著名なタレントのいなかった蝶々プロに、琉唯が出てきたことで、ほかのアイドルグループ、例えば『なのはな6』や『ルリ色アゲハ』、『rainbow』など今まで無名に近かったアイドルたちが少しずつメディアにも出るようになってきていた。
『STAR☆CANDLE』も月城琉唯ほかその他メンバーではなく、私も含め、あかりも綾香も琉唯には遠く及ばないが一定数のファンを獲得し、グッズもそこそこの売上を上げているという。


「だけど、何あげるのよ。男物のマフラーでも買うの?」


私が投げかけると、2人は急に黙り込み、うーんと悩み始めた。
そうだよねぇ、男の子って何が欲しいんだろうねぇ…マネージャーさんに聞いてみる?などと話し合っている。

「とりあえずさ、美咲ちゃん。年末は忙しくなっちゃうから12月になる前になんか見に行こうよ。クリスマス直前だと人も多いし」


綾香の意見に私もあかりも賛成し、11月の最後の日曜日の午後、3人で出かけることになった。


 *



その日、レッスンは休みだったが、私は事務所を訪れた。

私は蝶貝誠さんから情報を受けていた。

流伊が1人でレッスンを再開した、という情報だ。声も何とか出せるようになり、休んだ分を取り返すために単独で練習をしたいとマネージャーの彼に申し出たという。
ちょうど、私たちのグループレッスンが無いこの日は流伊にとって安心して「ヒミツ練習」ができる絶好の日だ。

私は、それを狙ってやってきたのだ。

廊下の小窓からそっと覗くと、まだ少し弱々しかったが、確かに声は出せていた。かなり高音まで出ているし、透き通るような澄んだ声質は変わらない。ダンスもキレキレとは言えなかったが、ちゃんと踊れている。

身についた基礎力と体幹と体力で、ブランクなど殆ど感じさせない出来だ。

でも、流伊はちっとも自分に妥協しない性格なので、首を横に振りながら、同じところを何度でも繰り返してやる。この調子では彼はずっと納得できないまま1人でやり続けてしまうだろう。

この子らしい…。

私は思わず苦笑する。
負けず嫌いな彼は、事件以前の自分にも負けたくないのだろう。


こんなヤツに、勝とうと思う根性のある女なんて。

たぶん、蝶々プロでは、私くらいだ。


私は、彼が少し落ち着いたところを見計らって練習室のドアを開けた。


かなり驚いた様子だった。


私は「(練習の)抜けがけをするな」と軽い調子で言ったつもりだったが、流伊は『失声症』の後遺症だろうか、何も言わず、何となく私から目を逸らしてうつむいた。

ヒミツ練習のことは、みんなの足を引っ張りたくないから…とそれらしい言い訳をしていたが、べつに私には流伊を責める気持ちなど毛頭ない。ただこれだけは伝えておきたいと思って、わざわざやってきたのだ。


みんな待ってるんだから、早く会いに戻っておいで。


ついつい、いつものツンデレな自分が出てしまい上から口調で言ってしまったが、言いたいことは伝わったと思う。

そして、私の誕生日が4月8日の釈迦の誕生日であることに掛けて、彼の誕生日もまたイエス・キリストの誕生日なのだね、とかいう話をしたが、今思うと、ちょっとわざとらしかったなと反省した。

そして、それから3日後、彼は私たちとのレッスンに合流する。


綾香が泣いて抱きついていたのには、私もびっくりしたが、それをあかりがドウドウといなして落ち着かせていた。

流伊は、私以上に驚いて戸惑っていた。

中2くらいで女の子に抱きつかれるなんて、そうそうあることではないだろうから、当然だと思う。
でも、綾香が落ち着くと、その涙を指で拭ってあげたりなんかして、優しい男の子な感じだった。

その様子に、私も何だか母親みたいにほっこりした柔らかな気持ちになった。


**


さて、問題はプレゼントだ。

蝶貝誠さんに聞いてみると、前は駄菓子の食玩シールを集めて喜んでいたが、今はその熱も冷めていて、のどの調子を整えるグッズに興味を持っているようだ、とのことだった。
すると「吸入器」か…なんか味気ない気もするが、乾燥する季節でもあるし、悪くはないかと思い直した。あとはのど飴とかハチミツ? それをセットで贈るのもいいかな。

私は、それをあかりと綾香にも伝えた。
3人合わせてのプレゼントは、それに決まったが、あかりの意見で、それ以外にも私たちそれぞれ個人で何か1つずつ手頃なものをあげようという話になり、綾香もそれに同意したので…私もその流れに乗ることにした。

「あかりは、何あげるつもり?」

私が訊ねると、彼女は不気味な薄笑いを浮かべ「秘密や」と答えた。
自分で考えろ、というところか。
でも、モノが被ったら流伊も困るんじゃない?と食い下がってみるも、やはり「教えない」と言う。

「私は教えちゃうよ。前からクリスマスに何かあげようと思って考えてたんだ。えっとね、ニット帽だよ! だから、美咲ちゃんもあかりちゃんもべつの物にしてほしい!」

綾香に宣言され、ニット帽は選択肢から外れた。

どうやら、誕生日を知る前からクリスマスに何かあげようと、恋する女子はしていたらしい。

ま、この子が流伊を好きなのは分かってたけれど。いつ頃から自覚してたんだろう?

「じゃ、私は手袋かな…」


ダメと言わないところを見ると、あかりも手袋ではないようだ。
ならば、候補に入れておこう。


女子たちが秘密の打ち合わせをしているところへ、ソロ曲のレッスンから戻ってきた流伊がいつものように彼のロッカールームもあるこの練習室に入ってきた。
時計を見ると、もうすぐ20時だ。
今日はもうレッスンはなく、明日の『スタジオ丸太』のステージに備えて上がる予定だった。

「何してんの? 帰らないの? オレ、もう帰るけど」

「もう帰るよ。明日は朝10時集合だからね」

「分かってるって」

流伊はロッカールームに入って行って着替えると、ものの5分も経たないうちに帰っていった。

「聞かれたかな」

ぼそりとあかりがつぶやく。

「大丈夫でしょ。興味なんかないって、私たちの密談なんて…」

私は言ったが、確信があったわけではない。

私たちは何となく顔を見合わせてから、帰り支度を始めた。


 ***


「美咲くんは、琉唯くんが男の子だって、いつ知ったの?」

ソロ曲の個別レッスン中に、ふと花岡先生からそんな質問をされた。

「グループ結成の初顔合わせのときです。それより前は、普通に女の子だと思ってました。偶然オーディションのとき知り合ったんですけど、ほかの女子より数段可愛かったのを覚えてます。だから、明かされて非常にびっくりしました」


「だよねー。僕もだよ」


「え、先生はうちのスタッフから聞かされてなかったんですか?」


「うん。知ったのは、彼がストーカーされたあの日の面談のときだ」


彼の名誉のために黙っていたが、君にだけは言おう。

あかりくん、綾香くんには内密にね…そう言い置いて、先生は話してくれた。


その、流伊が先生の前で号泣したという話を聞いて、私は自分はリーダーとしてまだまだだな…と思った。

でも、彼自身も自分の緊張の糸に全く気づいていなかったんだよ、と先生は付け加えた。

全部の責任…つまり女装して美少女アイドルだと世間を偽っていることの全責任は…自分にあると思っていて、バレたらみんなに迷惑がかかるし、自分も世間から責められて大変な目に遭うと怖がって泣いた。

僕はそれは君のせいじゃない、周りの大人の責任だと言って慰めたよ、と教えてくれた。


先生は流伊の気持ちになって、彼の頑張りを大人として、きちんと認めてあげた。
歌唱力の不十分さを気にしていたことについても、そんなことはない、十分すぎるほど上手いのだと教えて、褒めてあげた。


…どんなに嬉しかったことだろう。


努力が認められた喜びに感涙してしまったことだろう!


まして、彼は特異なケースとして前例のないような試練と向かい合ってきたのだから、尚更だと思う。


「ありがとうございます、先生。…流伊は、とても嬉しかったと思います」


私はお礼を言った。

たぶん、これは“女”の私ではできないことだと思ったからだ。


「僕は思ったことを素直に言っただけだよ。彼を今まで支えてきたのは、君を含めたメンバーのみんなだ。彼が1番感謝してるのは、君たちだと思うよ。プライドの塊だから、口にはしないかもしれないけどね」


先生はそう言って微笑む。

私は、この人が流伊と巡り合ってくれて、本当に良かったなと思った。


「…さ、美咲くん。今日は君の極上のバラードを聴かせておくれ。みんながうっとり聴き入るようなね」


そう言って片目を瞑った先生のおだてに乗って、私もまた優しいメロディに心を委ね、気持ちよくのどを鳴らし、歌った。


 ****


それから私はふと思い立って、ある人へ手紙を書いた。


それをマネージャーの吉岡さんに託して、その人に渡してもらった。蝶貝誠さんに渡さなかったのは、万が一にも流伊に感づかれないようにするためだった。


宛先人は、


黛薫様。



『あじさいガールズ』のカオルン。



榊原流伊の、憧れのアイドル!



黛薫様 
拝啓 突然申し訳ございません。
STAR☆CANDLEのメンバー、星名美咲と申します。
この度、お手紙を差し上げましたのは、実はお願いがあってのことです。
来る12月24日、メンバーの月城琉唯の誕生日パーティーをうちうちに予定しております。
ご都合が宜しければ、ぜひ当日パーティーにご参加いただけないでしょうか?
お返事は、来月10日までにいただければと思います。
お待ちしております。
よろしくお願いします。
                星名美咲


文末に、私のメールアドレスと携帯番号を書いておいた。

黛さんの年齢は、確か私より1つ下のはずだが、事務所の先輩であるし、同事務所ながら未だに面識がない。
それで終始丁寧語で書きつづったので、少々肩が凝ってしまったが…。


彼女が、これに応えてくれる可能性はどのくらいなんだろう?



そう思いながら、私は流伊の喜ぶ顔が見たくてお願いしたのだ。



明日は『スタジオ丸太』でのゲスト出演で、事件後初のステージに立つ、琉唯。




彼…いや、彼女が華やかに明るく、再びファンのみんなに元気な姿を見せて魅了するのは…。




私には、もう、分かりきった事実だった。

Misaki  &  Rui




 *****



復帰のステージ上で、深々とお辞儀をし、ファンへメッセージを返した琉唯。


私はまさに『真のアイドル』だなと思った。


そのあと、年下の男にからかわれ、拗ねた私だったけれども…同じ仲間として高いハードルを突きつけられた気がして、その心は俄然それに萎えるどころか燃え上がった。



 *☆*



12月になった。




「吸入器」は11月の終わりに女子3人で割り勘にして買った。綾香はのど飴を数種類、私とあかりは“のどに良い”と書かれた高級蜂蜜を2人で半額ずつ出して購入した。


問題は、自分セレクト品だ。


綾香は既にニット帽を「準備できた」と言う。


あかりは、やっぱりナゾだ。
何をプレゼントするつもりやら…。



私は…。


商店街を練り歩く。


BGMのジングルベルが賑やかだ。


ショーウィンドウを眺めて回るが、ピンと来るものには、なかなか当たらない。


「…やっぱり、手袋でいいか」


思わず、そう呟いたとき。



「なにしてんの? 美咲ちゃん。彼氏にプレゼント?」


黒い学ラン姿の中学生がそこにいた。


「…あんた、やっぱ、男子なんだね」


私はしみじみ思う。


「は?」


「…決めた!」


「なにを?」


「何が欲しいか、言ってごらん? おねえさんが買ってあげるよ」


「へ? なんで?」


「いいから、言え!」


私の強引な命令に、流伊はやれやれとばかりにため息を漏らす。


「しょうがないな…何なんだよ、もう。じゃ、数学の参考書。こないだの中間テストでミスってさ、巻き返したいんだよ」


それを聞いた私は噴き出した。
笑いが堪えきれなかった。口を手で押さえながら、お腹を抱えて笑った。


「…もう、あんたって、本当に…」

「はあ? もう、なに!」


訳がわからず怒る流伊の可愛くてちっとも怖くないしかめ面に、私は更に笑ってしまった。涙を流しながら、呼吸を整えて、私は言った。


「あっははは。ま…負けず嫌いなヤツ!」


私は、その足で流伊と書店に寄って、中2の数学の参考書を一冊買ってあげた。


「快気祝いだよ」

「…ありがと」


受け取った彼は仏頂面でお礼を言う。
カバンのファスナーを開けて、それを仕舞うとき、ちらりと見えたペンケースがボロくなっていた。


…手袋と、ペンケース、だな。



誕生日プレゼントの参考に聞いたのに、欲しいものが…学習参考書だなんて、このガリ勉くんにも参る。
これを誕生日プレゼントだと言えるのは、教育熱心な親類くらいだ。
それにすぐ使いたいのだろうと思って、その場であげてしまったから『快気祝い』ということにした。

また別のモノを探さなければと思ったところだった。


「決まったー! やっと決まったぁー!」



私は叫んだ。



流伊はやはり不審そうに、喜ぶ私の横顔を白けた目で見ている。


…ジングルベルが鳴る。


『蝶々プロの救世主』は、もうすぐ、公私共に、14歳におなりになる。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?