僕は君になりたい。 第25話「14歳のハート ゴスロリでも可愛い僕って…」
#25
トイレの鏡を覗くと、おしろいを塗りたくったわけでもないのに、僕の顔は真っ白で唇は真紫色になっていた。頭はフラフラし、身体は力を失ってペラペラな紙人形みたいに倒れそうに揺らぐ。
蛇口を捻って、口の中をゆすいだ。
まだ少し気分が悪い。
「……くそっ。何なんだよ、オレ」
冷たい水で顔を洗った。水飛沫が胸を濡らした。
胸くそ悪い。
とんだ、恥をさらしてしまった。
鏡の中の自分を、殴りつけてやりたい…。
「流伊!!」
入ってきたのは、美咲だった。
「ここ、男子トイレだけど」
「…今日来てる男はあんたと守衛さんくらいだろ。それに、私は時々女子トイレが混んでて、こっち誰もいない時は借りてるし」
「さすが、美咲ちゃんだな…」
「…ったく。はぐらかすんじゃないよ、大丈夫か聞いてるんだよ!」
「…すっきりしたところだよ。べつに、心配ないって」
あかりが守衛さんを呼んできて、僕に付き添わせようとしたが、僕は断った。
「もう、平気だってば。悪かったね」
「こら! 待て! 医務室行きな!」
美咲が通り過ぎようとする僕を引き止めようとしたが、僕はそれを振り切って、廊下に出ると、あかりやその他のギャラリーたちの合間をすり抜け、ロッカールームに駆け込み、内鍵を掛けた。
「流伊くん!」
ドアの向こうから、カオルンの声がした。
「顔色悪いよ。みんな心配してるんだから、せめて医務室で保健師さんに診てもらって!」
「…大丈夫だよ! ほっといてよ」
「ダメ! 明日は本当の誕生日を家族で祝うんでしょう? 大切な日でしょう?」
「祝わないよ! ただのクリスマスだよ!」
「あなたの誕生日だから、クリスマスしてるんだと思う。うちはもう中学からはクリスマスなんてやってないもの」
「うちは親がパーティー好きだから…」
…これ以上、彼女と押し問答したくなかった。
僕は鞄を肩にかけ、
ロッカールームを出る。
「今日はありがとう。もう、大丈夫ですから」
カオルンが、悲しそうに僕を見ていたが…。
僕はその横を通り過ぎ、
早足で玄関へ向かう。
守衛さんの立つ隣に、あかりと綾香がいたが、僕は軽い会釈だけして外に出た。
ロッカールームにいたときにメールで迎えを頼んでおいた父がタイミングよく事務所の駐車スペースに入ってきたので、僕はかけ足でそこに向かいすぐさま乗り込んだ。
「どうした? パーティー楽しくなかったのか? 顔色が良くないぞ」
「…楽しかったよ。プレゼントもたくさん貰えたしね」
僕は美咲に貰ったペンケースや、あかりのマグカップ、カオルンのサインを見せた。
父は「へえ、良かったな」などと適当に相槌を打っていたが。
「なんだ? その金色の? 金の延べ棒か?」
津雲姉妹に貰ったゴールドの包装紙の箱を見せると、父はミラー越しにそう言った。
「ちがうよ。チョコだよ」
僕が苦笑すると、
「…そっか、残念だ」
父は心底残念そうにつぶやき、車のハンドルを切った。
☆
今日から冬休みだ。
僕は遅い朝食を口に運んだ。
明日はアルバムのCDジャケットのための写真撮影。明後日はテレビの生出演があり『聖夜の夢』を披露する。
今日は仕事の予定はなく、11時頃から約2時間、高柳と駅前のカラオケ屋に行った。
夕方からのホームパーティーにも呼んでいる。
「な、『Star Love』歌ってくれよ。オレあの歌好きなんだ。あの高音のところさ、カッコいいよな」
「なら、お前。カラオケ代おごれよ」
「…ギャラかよ!」
「オレ、一応プロなんだぞ?」
僕はニヤリと笑って、片目をつむる。
「…わーったよ。でもギャラじゃなくて誕生日だからな!」
「はは。了解」
彼にカミングアウトしてから、心が楽になった気がする。話せる範囲の仕事の愚痴や苦労話も喜んで聞いてくれるのもいい。
僕は彼のリクエストどおり『Star Love」を入れた。ちょっと久しぶりだし、カラオケの音楽だから少し感じは違うが、歌い慣れた曲だ。
デビュー曲として、散々練習し、身に染み付いている。
美咲やあかり、綾香…のパートなど、いつも歌っていないところは、やや慎重に歌った。
「星のはるか〜、遠い空へ〜、駆け抜けるように、速くこの愛つーたえたーいー♪」
…思い入れのある歌だった。
何もかも初めてのことだらけで、全力の、更に全力を出しても間に合わないくらいだった。
喉が枯れても、歯を食いしばって歌ったし、
踊るのだって、疲れ果て、足が震えて立ち上がれなくなるまで練習した。
そう、毎日のように…。
あのときは、本当に辛かったな…。
今はもう、いい思い出になりつつあることだけれども…。
「おい、流伊…」
歌い終わると、高柳の困惑気味な視線を感じた。
「ん? なんだ?」
「…お前、泣いてんぞ」
「えっ?」
歌っているうちに、何だかモニター画面がぼやけて感じたが、分かり切っている曲だから気にしないでそのまま歌っていた。
まさか、自分が泣いていたとは、思わなかった。
…泣くような歌ではないのだ。
いつもは涙なんか出ないのに、辛かったことを思い出してしまったせいだろうか…。
「…あ、ごめんな。ちゃんと歌えてなかったか?」
「いや、歌えてたんだ、だから余計…なんかもらい泣きしちゃいそうになってさ。やっぱ、お前、プロなんだな。泣いててもちゃんと歌って、聞かせる歌声で…すげーよ」
彼は感動した様子だったが、僕はもっときちんとした形で聞いてもらいたいと思って言った。
「今度、ライブ招待してやるよ…」
「え、ほんとか? わ、やったぜ♪ な、板橋さんの分もダメか?」
「…ま、いいよ」
「さすが、琉唯にゃん。“男前”だな!」
「『琉唯ぴょん』だ。直せよ」
以前、偶然に『スタジオ丸太』の立ち見席で出会った50歳の中小企業経営者の男性と仲良くなり、今も付き合いがあるらしい。
「ヤダよー。オレの中では永遠に『琉唯にゃん』なんだよ。ウサ耳カチューシャ付けてようがな、最初のネコ耳姿に、オレは惚れたんだからさ!」
「…『耳』が、そこまで重要なわけ?」
それ以上は言わなかったが、とにかく『にゃん』は譲れないらしかった。
☆
昨日の家でのクリスマスは、僕の好きなショコラケーキと母手作りのミートソーススパゲッティに、出前の寿司を取った。
ほかは野菜サラダやシャンメリーが用意された。
高柳がミートソースを「美味い」とお代わりを希望すると、母は喜んで大盛りにしてやっていた。
父は寿司を頬張りながら、母とシャンパンを酌み交わし、時折僕に「お前ももう14歳か」などと感慨深げに話しかけ、猫によしよしするように頭を撫でてきたので「恥ずかしいから!」と文句を言った。
翌日。
アルバムジャケットの撮影のために、僕は早めに事務所入りした。撮影は午後からだが、フォトスタジオに向かう前に『月城琉唯』になっておかないとならない。
午後、メンバー等と車でスタジオへ向かう。
僕は雪乃さんの計らいで撮影スタッフがまだまばらな早い時間に先にスパッと衣装に着替えさせられ、控え室で待機していた。
このCDアルバムのイメージは『ゴシック』ということだった。
つまり、衣装的には“ゴスロリ”だ。
雪乃さんの気合いが感じられるスタイルに仕上がった。
イメージカラーの黄色のリボン付きブラウスに黒手袋、黒チョーカー、コルセット風の黒ベルトに黒いスカート、黒ブーツ、メイド風カチューシャと両脇に黒リボンというヘアスタイルだ。
ブラウス以外は、ほぼ黒の大人っぽい服装なのに。
「めっちゃ、可愛い〜♡ 超・超ラブリー!! さすが、琉唯ぴょん!」
通り過ぎていく人々皆にそんなふうに言われ、僕は複雑な気持ちだった。
ーあの…僕、実はこれでも中学2年の“男”でして…。
先日、晴れて『14歳』にもなったんですが…。
まだ…可愛いですか?
こんな黒い喪服みたいな服装でも?
…そりゃ、『月城琉唯』としては、良いことだけど… “男”としては、あまりうれしくないわけでー
心の中で、ぼやく。
「おわ〜! 琉唯ぴょん、かわいいなァ!」
あかりが僕と同じような衣装で現れるも、先に仕上がっている僕を見て叫ぶ。
続いて出てきた美咲も、目を丸くして、感嘆符をつけまくる。
「マジか! ゴスでも! そのクオリティーの高さ⁈ あんたね! 私らGの上のラブリーを! 常に行くなって!!」
「…同じだろ。みんなと」
僕は、ぽつりと弱い反論を試みる。
「なあ、美咲ちゃん。うちらはBだと分かってて見てるけど、そのうえでの可愛いだと思う?」
あかりが一応リーダーに確認する。
GはGirl。BはBoy。
『星キャン』内で男女を言う際の隠語だ。
「いーや。私は色眼鏡なんか掛けてないよ。だってオーディションのお互いに知らないときから、私はこの子の可愛い子ぶりを見せつけられてるんだからね」
そこへ少し遅れて、上の2人よりやや少女らしいピンクのメイド風ゴスロリ姿の綾香がやってきた。
「あ、かわ…」
僕は言いかけて、ハッと口を押さえた。
綾香はニコニコしながら、年上組の輪に入り、僕の可愛さを雄弁に語る美咲の声に「うんうん」と、相槌を打つ。
僕はいたたまれず、彼女たちから視線を外していた。
「琉唯ぴょん! イケてるね♡」
そんな僕に、彼女は普通に声をかけてくる。
…なにが。
「イケてるね♡」 …だよ。
あのとき…
オレの話を、遮りやがったくせに!
僕はイラッとした。
「…うるさい。もう、分かったよ! もう、お腹いっぱいなんだよ!」
少しキレ気味に言ってしまった。
綾香は、しゅんとする。
しまったな、と思ったが、遅い。
美咲とあかりが間に入って言った。
「…琉唯。調子に乗ってたのは私だろ。それは謝るから、綾香に当たるんじゃないよ」
「そうや。綾香ちゃんは来るの遅かったんやし、しゃーないやんか」
僕は奥歯を噛み締めた。
…僕は、変なのか?
『食堂』で、僕がトイレから戻ってきたときいなかった綾香。
あのときと似た、もやもやとしたこの気持ち…どうしたらいいんだよ。
「撮影始まるよ!」
そのとき、雪乃さんが控え室の扉を開けて僕らに言った。
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