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1番目アタール、アタール・プリジオス(1) 水晶玉


 *


星が輝く夜。

天を見上げた占い師は、首を傾げていた。
「アタール様、どうかされましたか?」
腕組みしたまま、まんじりとも動かないでいる老師に、弟子のレミールは尋ねる。
「分からんのだ…」
「何がです?」
「星が読めなくなってしもうたのだ。わしはもう占い師の天命を使い果たしてしもうたのかもしれん」
「本当ですか? なんと…」
レミールは残念そうに吐息する。

「よって、じゃ。レミール、そなたにわしの名を譲る。199代目アタールの名を継いでくれ。わしに弟子はお前しかおらん。よろしく頼んだぞ」

そう言って、老師は濃紺の前合わせの衣の懐から古びた巻物と拳ほどの大きさの水晶玉を取り出して、弟子に見せる。

「これはな、代々のアタールの継承者を記した巻物だ。後でお前の、レミールの名を記せ。そして、この水晶玉はな。何でも知っている。分からないことがあれば、こいつに尋ねてみると良い」

二つの占い師の神器を机の上に置いた老師は、弟子の返事を待つこともなく立ち上がると、いつまとめたのか分からない大きな荷物を担ぎ、玄関扉の前へ、トコトコと向かう。

「じゃあな、達者でな」

「あっ! 師匠、アタール様!」

「アタールは、もうお前じゃ。ではな」

それだけ言って、そそくさと出て行ってしまった。

「えーっ! なに、この突然の展開! 俺がアタール? まだ弟子入りして1ヶ月だぞ。いいのかよ!」

占いなんてほぼ出来ない、まだペイペイな新米だというのに。どういうつもりなのだ、あの爺さんは。

レミール・マジガは、出て行ってしまった先代アタールの座っていたまだ暖かい椅子の座面に触れる。
食う物もなく、裸みたいなボロボロの衣服を身につけてヨロヨロと歩いていた乞食の彼に笑みを浮かべて、手を差し伸べてくれた。

「わしの弟子になれば、衣食住に困らなくしてやるぞ」

あの爺さんが、彼を置いていなくなってしまった。

ただ弟子取りを急いでいただけだったのか…。




…早く、名前を書け!


頭の中に声が聞こえてきた。


…早く、巻物に、自分の名前を書け!


誰だ?


この家には、彼と師匠しか住んでいなかったはずだが。
レミールは、とりあえずその古い巻物を手に取り、机に広げる。

「198番目アタール、モーロ・クヤメル? 
師匠の本名か…。汚ねえ字だな」

巻物に包まれていた筆を取り、レミールは199番目アタール、とまず書いた。

「あ、これ。本名じゃないとまずいのか?」

ふと呟いて、彼は筆を走らせた。


レミエラス・ブラグシャッド・アペル。


ある事情から、本名ではなく、偽名のレミール・マジガを使っているが、こういう正式文書じみたものには、やはり本名でないといけない気がした。


…レミエラス。


また、声が聞こえてきた。


私は、アタール・プリジオス。


「な、なに?」


周りを見回すが、誰もいない。
ただ、ぼんやりと光る物体がある。
師匠から貰った『水晶玉』だ。
不意に、それが浮かび、レミールの顔の前の宙に止まる。


1番目アタール、だ。


「元祖?」


そうだ。


「もしかして、あんた。呪いにでもかかって、そんなものになっちまったのか…?」


失敬な。この姿は自ら望んだものだ。


「なんで?」


今から、話す。


水晶玉から、咳払いが聞こえたような気がした。


それはな、今から500年も昔のことだ。


「へえー、500年も」


お前、あまり関心がないな…?


「そりゃそーでしょ。あんたは、俺の過去に興味あるの? べつに無いでしょ」


しかしだな…アタールの名を継いだのだから、少しはあるだろう?


「うーん、なんか押し付けられたって感じなんだよね。だから、実感なくてさ」


そうか。
では、仕方ない。
まず私がお前を占ってやる。
レミエラス・ブラグシャッド・アペル。
年は幾つだ。生まれた日は?


「16歳だよ。10月10日生まれ」


なるほど。
…では、お前の宿命を読んでやる。


その瞬間、水晶玉がピカーッと光って、室内に強烈な光の渦が巻いた。


「なんだよ、光るなら光るって言えよ。眩しいなー」


レミエラス・ブラグシャッド・アペル。
神天星暦2934年、10月10日、誕生。
…うむ。
浮き沈みの激しい人生、しぶとく生き残る能力には長けておるようだな。多才だが、すぐ飽きる性格で、大成しない。両親は早逝しやすく、祖父母との縁が深い。祖父母の徳のお陰で施しを受けられる運は持っておるが、あまり幸福な死に方は出来ないようだから、気をつけて生きろ。


「えーっ! なんてひどい人生だよ。聞きたくなかったなぁ。なんかもう、むしゃくしゃしてきた。…あんたさ、どーしてくれるんだよ。俺のこの気持ち!」


気性の激しい男だな…。
分かった、運気が変わるように導いてやるから、私の言うことを聞け。


「ほんとに? だったら、聞くよ。聞けば、幸せになれるんでしょ?」


ああ、なれるとも。


「良かったぁー。俺、もう少しで、あんたを床に叩きつけて割っちゃうところだったよ」


……。


「で? まずは、何をすれば良いの?」


レミールの問いに、水晶玉は静かに言った。



ーまずは、私の本当の姿を見よ。




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