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ぽかぽかの賞味期限 ②

 「観光ではなく、観幸。」だという浪越さんのもとで働くうちに、価値交換の方法や人との関係の結び方など、地域が抱える様々な "いきづまり" を解くカギが見えてきました。塩つくりと、持続可能な地域の、いい関係を紹介します。

物々交換の作用

 浪越さんの cafe de flots でお手伝いをしていると、地域の方はお客さんとしてだけでなく、珈琲の味の相談や、使わなくなった材木を見てほしい。といった、実にさまざまな用事で浪越さんのもとへ集まってきます。それは、浪越さんは料理人、カフェのマスターだけではなく、ゲストハウス ku;bel のオーナーでもあり、 THIRD RICH SALT という塩つくりの職人でもあるため、その多様な側面が人を惹きつけているのかな。とも感じました。

ふらっと話に来た仁尾に暮らすおじいちゃんと浪越さん。

お金の代わりに行き交ったのは

 目の前に広がる父母ヶ浜の海水を釜で煮詰めた塩は、月の満ち欠けによって味が変わります。満月の日の海水は月の引力で海水がかき混ぜられるため、Na(ナトリウム)以外の成分も豊富だそうです。この塩を煮詰めるために釜にくべる薪は、同じ地域の材木屋さんの廃材をもらっています。じっくり海水を煮詰めていくと、最後に蒸発しない液体が残ります。これが "にがり” です。このにがりは※宗一郎さんが豆腐を固めるために使うそう。薪をもらい、塩を作り、できたにがりは豆腐屋へ。ここではお金のやり取りはありません。誰かにとってはゴミでも、別の誰かにとっては大切なものになる。そこにはお金の介在しない、人と人との好意に基づいた価値の交換がありました。

※今川宗一郎さん。三豊市仁尾で豆腐屋を営むほか、スーパーや珈琲店などさまざまな地域おこしに携わる。

父母ヶ浜の海水を煮詰めて最後に残る ”にがり”。その都度少し色が違う。

長い目で長い芽


 物々交換は、価値と価値の取引が完結するまでの時間が長いため(もしくは完結しない)、人と人との関係性が長く続きやすいことに気づきました。例えば、クラフトビールをもらった代わりに、あとで塩をあげるやり取りがありました。この時すぐにお金を払ってしまえば、価値と価値の取引はそこで終わり、もらった価値をすぐに清算したことになります。しかし、あとで塩をあげると約束すれば、いったん価値を受けとめる時間が生まれます。そして、してもらったことに対して、相応のモノを考えて送る。このやり取りの時間はお金の取引と比べて長いため、関係性もその分長く、途切れにくいのです。これができるのは、地域に根付いている人同士であり、あとでまた必ず会えるからでもあります。それでも、もしこれが、都会に住む人とでもできたら…!必ずしもまたあとで会えなかったとしても、それでもその地域が少し気になるようにはなるんじゃないかな。と思いました。あえてお金ですぐ清算しない、価値の交換をゆっくりにすることで、育まれる関係性もあることに気づけました。

空母になりたい。

 夜は、ゲストハウス ku;bel に高松高校の生徒さんと、選書家の方、教育センター長の方々が集まり、哲学対話のイベントがありました。テーマは「お金と時間が無限に在ったら何をする?」というもの。仮にお金を稼ぐことが目的で働いている場合、すでにお金があるなら、その仕事はそれでもやるのか、お金をいったん取り払うことで本質が見えてくることがあると発見でした。全体としての対話が終わり、今度は目の前に座っていた方と、「船側か、港側か」の議論になりました。その方は千葉県にうまれ、海外で暮らし、香川に移住しようとしています。様々な場所に移り住む暮らしをされていました。一方浪越さんは、三豊市仁尾の地域に根を張ることで、訪れる人たちを迎え入れてきました。船のようにいろいろなところへ行ったり来たりする暮らしができるのは、浪越さんのような、受け入れる港があるからです。自分はどっちになりたいのか、、すごく悩みました。どちらも帯に短し、たすきに長しで、2項対立の迷宮入りです。ふと、船と港の間のようなモノってなにかと考えたとき、空母が思いつきました。自分も移動しつつ、空飛ぶ飛行機をも受け止める空母。居場所に向かいつつ自分も居場所になる。ちょっと欲張りな気持ちを大切にしたいと思いました。

高校生による「珈琲の淹れ方講座」が即興で開かれる。ここでは誰もが「先生」になれる。


時間にハサミをいれるもの

 哲学対話の時間は深夜3時まで続き、(目の前にいた方の名前も職業も分からないまま話したことは初体験でした)高校生はパラパラと布団に入っていく中、選書家の方と教育センター長の方はまだ二人で語り合っていて、終わる気配はありません。みんなでご飯を食べ、対話をしたときに ku;bel に流れていた時間は、自分が普段感じている時間とは違いました。時間を味わっているのに、時間を忘れている。そんな感覚です。それは、終電を気にしてちょこちょこ時計を見たり、スマホの通知で意識が別の世界に向くようなことが無かったからなのかも知れません。また、人の出入りや流れに気を取られることもなく、しっかりと向き合って話せたからなのかもしれません。こうして考えると、「いい時間」を遮る要因が多い環境と、続きやすい環境があることが分かりました。そもそも ku;bel の「いい時間」を経験するまで、今まで感じていた時間に物足りなさを感じることもありませんでした。いい話ができる場にするには、「いい時間」をちょん切るハサミはできるだけ少ない方がいいと感じました。

続きます!

【ゲストハウス・クーベル】
呼吸がしやすい。そんな空間を味わってみてください。


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