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改ざんされた日記-その3「三流の見る景色」

(以前、虚構日記というものを読み、影響を受けて「改ざんされた日記」と題したものを書いた。)
(本シリーズその2を出していないのにその3を投稿しちゃうぞ。)
(イエイ。)
(以下読者様の解釈にお任せします。)


 ある春の日。
 私は埼玉の平原に繰り出していた。
 何も無いようでうまい棒をつくる工場があるような土地である。
 工場だけでなく、住宅、公園、広い公道、時々顔を出す畑地。一見よくある風景ながらも、大きな何かを秘めていそうな町。

 なぜ来たのかと問われれば、宝のありかに向かうためだった。
 というよりも、今回は下調べというやつである。怪盗たるもの入念な準備をしてから実行に移るものだ。少なくとも私はそういうやり方である。
 ただし、私は師匠から”3流コソ泥”と言われ続けている。何がいけないのかちっとも教えてくれやしない。

 さてと、辺境地の博物館におけるプレオープンのツアーに参加しにやって来たのだが、普段使わない電車の乗り換えを間違え、大幅に集合時刻に遅れることとなってしまった。
 そのため最寄駅に着けば、汗をかきながら真っ青な春空の下を駆け抜けなければならなかった。
 駅から歩いて26分はなかなか遠く、仲間が調べたところによればバスで近くまで行けるらしいが、私が調べてもグーグルは頑なに駅から徒歩の案内しか出してこなかったので、自力で行くことにした。

 やっと到着して息を整えながら自動ドアを通ると正面には石像があった。見たことのない神を象っている。唯一わかることとしては、しかめ面をしていることくらいだ。どっかの師匠に似ている。

 案内スタッフの方に遅れてすみませんなどと言っていると、他にも遅れている人がいるので一緒にお待ちしましょうと言われた。同じ人間がいると安心してしまうが、ゆっくり水分補給をするのはなんだか気が引けてしまった。
 そして私が来てから10分ほど経ったころ、小柄な女性がやって来た。一目見て同業者なのではないかと思った。勘というやつだ。彼女は都親(みやちか)と名乗った。
 猫背だが、身のこなしが軽そうだった。顔面の所々にニキビがあるが、ゴムのような弾力感と若い肌のツヤを持っているように見えた。これが偽の顔とは思えない。同業者なら大抵、素顔は晒さない。

 スタッフの心遣いにより、遅れて揃った我々は通常よりも縮小したツアーに連れて行ってもらえることとなった。石像を始めとして、木彫りの像、絵画、分野は万遍なく複数の芸術家たちの分身が私と都親さんを喜ばせてくれた。

 ツアーは順調に進行し、何事もなく1時間が過ぎた。
 ただし私はスタッフとの会話の中で、これは何ですかと展示と少し関係のない建物内の柱や窓の形状についてときどき尋ねた。そのとき都親さんはノリノリで話を盛り上げてくれた。
 なぜノリノリなのか。さては、まさのりさんなのか。あるいは盗みをはたらく人種だからなのか。

「本日はお越しくださりありがとうございました」
 私も都親さんも頭を下げた。遅刻の失態を忘れてはいない。
「またのご来館をお待ちしております」
 お辞儀はきっちり90度ほどだった。
 そのスタッフの丁寧な挨拶に心を奪われたのか、なぜか空虚な感覚に襲われた。気分は悪くないのに何かを大事なものを捨象してしまったような。優しくて不愛想な祖父を思い出す。

 博物館から2、3歩踏み出したタイミングで私は都親さんに声をかけた。
 ここまでどうやってきたのかと尋ねると、駅からバスで来たと言う。
 私はグーグルで何度調べても駅から徒歩26分のルートしか出してもらえなかったので、バスでの帰路を案内してほしいと頼んだ。都親さんはいいですよと言って小さな親指を立てた。

 バス停まで都親さんの歩くペースを伺いながら進んでいった。都親さんの調べによると15時40分にバスは来るらしい。
 10分ほどの待ち時間で都親さんの出身地や、普段何をされている方なのか、いろいろ聞いた。
 高校時代は群馬の農業高校で食べ物をつくっていたらしい。お菓子だったり、味噌だったりと、なんだか楽しそう。
 今はスポーツに関する分野をメインに学んでいるらしい。大学の部活で剣道をした後に友達と温泉で汗を流すのが最高らしい。自分はやってないけど絶対にそうだと思った。
 ではなぜ、今回は博物館に来たのか。どうやら好きな人のことを知るためらしい。あまりその方面を深掘るのは野暮なことに思えた。

 それよりも大きな疑問が横たわった。
 バスは全然来なかった。腕時計には15時45分と示されている。
 バス停に時刻表は載っていないかと確認したが、字がかすれて消えてしまっている。ただその道にはバス以外の車の激しい往来が続いていた。
「もう、駅まで歩きます?」
 都親さんはそう言った。
「えぇ」
 私はゆっくりと首を縦に動かした。
「すみません、案内するとか言ってバス来なくって」
 都親さんは鍋を焦がしたときの顔をしていた。
「まぁそういう日もありますよ」
 私は鍋が値札よりも高かった時の顔をした。

 二人して埼玉の平原を歩き出した。
 忘れかけていたが、私はこの人の素性を探るべく、話を聞こうと思ったのだった。でも、そんなことが気にならないくらい、赤くなりかけたキレイな青空とまっぴろい土地が目の前に現れた。
「こんなに田舎っぽい場所でしたっけ」
 何気ない疑問を漏らすと、都親さんはこう答えた。
「人の記憶って都合よく塗り替わるんですよ」
 記憶。確かに記憶上はもう少しわくわくするようなものがこの景色の中にあった気がした。
 都親さんは斜め上を見て、大きく息を吸った。
 明らかにこれまでの時間に見ていた都親さんとは別人のような発言と雰囲気だ。その清々しい横顔は、なんだか色々語ってくれそうな予感がした。

「あの、話をだいぶ戻すんですけど」
「はい」
 チラリと目を合わせる。
「今通われている大学を選んだのはどうしてなんですか?」
「そうですね……」
 都親さんはまた一息吸って口を開く。
「一番最初のきっかけは、高校時代の先輩が大学の部活の監督に私を推薦してくれるっていう話が出てたことです」
「へーそれはすごいですね」
「まぁ大して強くはなかったんですけどね」
「そうなんですか」
「県で8位までが最高でした」
 サラッと言う。
「え、それって結構すごくないですか?」
 私の語気は登っていた。
「数字だけ見たらそんな気もするんですけど、実際戦ってみたらわたしよりも上位の人たちにはほとんど勝てないくらいの力の差を感じてました」
 まるで実力者の語り口だ。
「そんなにですか。でも相手の力量を把握することだって弱い選手には難しいことだと思いますよ」
「あぁ、たしかに」
 都親さんは確かに白い歯を見せた。

「なんで剣道始めたんですか?」
 私はいつの間にかスポーツ選手のインタビュアーになっていた。
「高校に入ったとき、テニスやろうと思ったんですけど、部員の人たちの印象があまりよくなくて」
「あぁ、そういうの大事ですよね」
「はい。それで、たまたま見学に行った剣道部の人たちが、カッコよかったんです」
「なるほど、カッコよかったって、素敵な理由ですね」
 なぜだろうか。なぜこんなにこの人の話を聞いてしまっているんだろう。
 聞けば聞くほど、ただの大学生にしか思えない。いや、少しだけ気になってしまう大学生といったところか。
 私の勘は鈍ったんだろう。この人が盗賊なわけがない。

「もうこの道をまっすぐ行けば駅ですね」
「そうですね」
「都親さんその靴じゃ大変だったんじゃないですか」
 低いヒールの白いパンプスは薄汚れていた。
「はい。でももう慣れちゃいました」
 都親さんがまるで疲労を笑い飛ばす。
「あ、こんなところにコンビニあったんですね」
 来た時には気づかなかったことだ。全国どこにでもあるコンビニだ。
「ほんとですね」

「あ、バス……」
 駅前のロータリーにはバスが止まっていた。回送の二文字が背中に表示されている。
「うーん、バス自体はあったんですね」
 決まりの悪そうな都親さん。
「まぁでも、都親さんの話聞けて面白かったです」
 これはほとんど決まり文句でお世辞。

 逆方面の電車に乗ることがわかり、お疲れさまでしたと挨拶を交わしてエスカレーターに向かった。
 ホームに着くと、向こう側にいるであろう都親さんを探した。
 すると、彼女は大きな灰色の袋に包まれた荷物を体の右側に置いていた。さらにその右隣りにガタイのいい女性が立っている。異国から来たプロレスラーみたいな威圧感だ。その二人は何かを言い交した後、ハイタッチをした。

「あれは……」
 あの荷物はサイズからして石像だと勘が言っている。
 なぜだろう。確かに、博物館を出るときに何かが無くなっているような気がしたものの、石像はそのときあったはずだ。脳内の写真ホルダーを漁ると、何かに憤る石像がいる。

 向こうのホームに電車が来てしまった。追いかける気は起きなかった。
 彼女たちは乗り込むと、こちらに近いドアの傍に立った。
 都親さんは窓越しに私に向かって会釈を送ってきた。
 反射的に頭を下げて返した。心臓の鼓動が速まっていた。
 ほくそ笑む彼女の表情が私の大事な何かを見下しているような、一種の軽蔑を受けるような感覚に見舞われた。

 それから30秒と立たないうちに私も到着した車両に乗り込んだ。
 電車は何も言わずに南に向かって動き出した。

「人の記憶って都合よく塗り替わるんですよ」
 耳の奥から。

 凡人にはわからないことだらけだ。
 今日それがやっとわかった。


「次は、北千住」というアナウンス。
 夕陽に照らされる東京スカイツリーは何だか奇麗だった。

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