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【小説】ただの世界の住人⑥

なにかウキウキした気分で掃除機をかけていた。朝よりは落ち着いていた。今日から、世の中はすべてお金のかからないことになったのだ。なんだかまったく意味不明だが、とにかく心が軽い。生まれてはじめての感覚だ。

本当はお掃除ロボットがほしかったのにな‥かけている掃除機をみながらふと思った。あれ?ただでもらえるのかな?

もうすぐ、旦那が帰ってくる。ん?帰ってくるのだろうか?もう家のローンもなくなるみたいだし、給料も出ないから会社に行く必要もない。そしたら、何のためにこの家に帰って、何のためにこの家に住むのだろう?そして、わたしもそれは同じだ。

ガチャガチャ‥
「ただいま〜」

あ、帰ってきた。なんだか少しホッとした。なんでだろ?

「おかえり、早かったね」
「おー。だってもうやらなきゃならない仕事なんてないんだよ。俺どうするかなー?って思っててさ‥」

何かがたまっていたのか、普段はあまり自分から話さない旦那が、次々と言葉を出してくる。男性というものは、常に先のことをどんどん考えるものだ。そして、彼の最後に発した言葉を聞いたとたん、「絶句」ってこんな感じなのね。という生まれてはじめての絶句をした。

「農業しようと思うんだ」

これから食べるものは自分でつくっておかないと、スーパーにものがなくなるかもしれないからと。それと、実は前から興味があったと。

わたしの中の農業は、あまりイメージよくない。土で爪も汚れるだろうし、ガザガサになりそう‥何でもただで手に入るなら、ブランドバッグとか、洋服とか、アクセとかたくさんもって、毎日おしゃれして過ごしたい。きれいなママでいたい。

なのに、農業???

何でもただになったから、これからまぢで楽しく生きられる!とワクワクだったのに、一気にどんよりした気分になった。行き先がこの人とはちがうのかな?1人になったって、お金は必要ないんだから、この子と2人でも生きていけるんじゃない?そうだ!そのことに気がつかなかった!無理してなにかをするなんてもう一切ない!好きなように生きていいんだ。今までもなにか我慢してたつもりは到底ないが、もしかして、心のどこかにそんな気持ちがあったのかもしれないというほどの、清々しい開放感を感じた。

「わたし、都心にマンション借りて、この子と2人で住むことにするわ」

自分の口から出た言葉に、自分でもびっくりしたが、何でも自由なら、本当はずっとそうしたいと思っていた‥のだと思う。



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