Enter the blue spring(小説)#13

サッカー部

顧問「ええ……君たち。最近ねー、まあ音邪君を除き、ちょっと練習がさ、足りなくないかい?」

生徒「…………」

清秀沢高校のサッカー部。
部室からは夕日の光が漏れ、普段なら生徒はもう帰っている時間帯だが、今日は所属する生徒全員が残されている。
その理由は生徒たちの練習態度にあった。

顧問「2年生3年生、彼らは分かる。大会に向け、必死にやってると思う。たださ、君たちはさ、なーんか違くない?ちょっと本気度足りてなくない?練習の日頃のパフォーマンス、これがはっきり言って低いと思う、うん。」

生徒「…………」

顧問の厳しい発言に生徒たちは黙り込む。
元々清秀沢のサッカー部は強豪であった。
しかしその栄光も長くは続かず、ちょうど4年前を境に大会や試合の成績が徐々に低下。
音邪たちが入学してくる昨年には、もう大会の実績なども2回戦や1回戦敗退が多くなっていた。

音邪「……すみません。先生。」

重たい雰囲気の中、チームのエースである音邪が口を開く。

顧問「うむ。まあ音邪君はいいとして」

音邪「あ、いや、そういうことではなくてですね……」

顧問「何だ?」

音邪「あの……

まだ6月ですよ!?先生!!」

現在の日付 6月15日。新1年の入部から約1ヶ月とちょっと。

顧問「いやダメだろ。だって、部活始めてから1ヶ月も経って、音邪以外まだテンでダメだぞ!?」

北坂「ムッ!先生!それは違いますよ!」

顧問に音邪の友達の北坂が抗議する。

北坂「俺というフォワードを忘れないでくださいよ!出る試合出る試合毎回点決めてるじゃないですか!!」

顧問「うん出ればな!?お前部活来ないで練習全然してないけどな!?ホント何で試合だけ毎回来て毎回点が入るのか、謎なんだけどな!?」

北坂はフォワードとして優秀、なのに出席日数はほぼ0の変人である。
ただし練習試合だけは必ず出席し、普通に練習している生徒よりも良い結果を残す。

北坂「大切なのは結果だけです!練習態度だとか意欲だとか、そういうものはどうだっていいと思います!」

顧問「おいやめろ!そんなこと言ったらチーム全体の雰囲気が終わるだろ!?あと出席できるかどうかも立派な実力だからな!」

音邪「先生!ミドルもディフェンスもフォワードも基本死んでるのに、チームがどうこうとか正直ないと思います!」

顧問「だからそれを改善したいと言ってるんだ!いいかお前ら!うちはお前らが勝つために存在している部活なわけじゃないんだぞ!」

二人の勝手な発言に生徒たちは冷たい視線を向ける。そして音邪と北坂に向けられるその冷たい視線が顧問にも刺さる。

ちなみにディフェンスとミドル(ミッドフィルダー)についてだが、確かにほとんど機能していない。
つまり守備力0、つなぎ0のサッカーチームを音邪と北坂、二人のフォワードが無理矢理引っ張っている、ということだ。

顧問「と、とにかく俺は考えた!君たちのパフォーマンスが低い理由は、まだ明確な目標意識がいまひとつないというところだろう。」

音邪「でも目標があっても成果は〜!?」

北坂「いまひとつのようだ……」
音邪「半減」

北坂「ん?」

音邪「え?」

北坂「…………」

音邪・北坂「ウェ〜イ!!」

音邪と北坂は息が合わなかったことに一瞬戸惑いつつも、すぐにグータッチをして切り替える。

顧問「お前らは黙ってろ!!
そんなわけで!皆には次の試合で『ノルマ』を達成してもらう。」

北坂「『ノルマ』?」

唐突な顧問の宣言により、試合に『ノルマ』が付与された。

顧問「そう、『ノルマ』。いいか!?次の下北沢との試合、6月の……27かな。『1点』も決められずに『音邪と北坂以外のフォワードかミッドフィルダーでゴールを決める』ことができて勝ったら合格だ。それができなかったら……」

音邪「で、できなかったら?」

顧問「1年は全員◯す。」

生徒「!?」

音邪「またまた〜!そんなバカなことするわけな」

顧問「俺サッカーバカだよ。」

北坂「アッ、オワッタワオレラ。」

聞いてみればかなり厳しいノルマだ。
どう考えても試合までの短い時間でそこまでのレベルにチームが到達するとは思えない。
仮に自分たちがここから必死に努力してそこに辿り着いたとて、相手はその領域を既に超え、さらに高いレベルに立って日々練習しているのだ。
よってこのままではチームは全員処刑である。

顧問「まあというのは冗談で、本当に◯す時は練習試合で成果が全然変わらなかった場合であって、ちょっとでも成長してくれたらそれでよしとします。
あっでも達成してくれなかったら何か罰ゲームをよこそうかな、うん。」

生徒「ちょ、ちょっと待ってくださいよ先生!」

生徒の一人が顧問の話に口を挟んだ。

生徒「さっきから音邪と北坂の二人しか意見出してないじゃないですか!?僕たちの意見も聞いてくださいよ!」

顧問「いや、だって、君たちの意見聞いても"北坂"が増えるだけじゃん。最近休んでる人多いし。」

そうこの生徒たち、北坂と比べればマシだが、実は結構どうでもいい理由で休んだりしている。
はっきり言って弱い上に休むとかいう、『劣化版北坂』の言うことなど聞く必要はないと言える。

生徒「い、いや、皆きっと理由があって」

音邪「その辺上手くやんのも"実力"って奴なんじゃないの〜?なあ北坂?」

音邪はありがちな言い訳を一蹴し、いつも休んでいる休みがちの先を行く男に話を振った。

北坂「おうよ!いかなる状況でも帰る!それでこそ帰宅部でしょー!」
音邪「……お前帰宅の実力だけつけてどうすんだよ?サッカー部だろお前。」

北坂「サッカーはやる。でも帰る。両方やらなきゃならないのが部活掛け持ち勢の辛いところだな。」

音邪「どっちかにしろよお前……」

生徒「と、とにかく!僕らは皆ゆるーくやりたいんです!ガチ勢の2人みたいな人ばっかりではないんですよ!」

顧問「いや、俺がガチになってんだから皆ついてきてよ。」

生徒「そ、そんなぁ……」

生徒の訴えは顧問の率直かつ、勝手な一言によって無情にも却下される。

北坂「まあ俺はパスでフォローする相手が音邪から他に変わるわけだし、そんなに苦労はしないかな〜……処刑も相当ひどくないとねえみてえだし。」

顧問「あ、言っとくけどフルで出席できなかったら普通にお前だけ斬首な。」

北坂「ひどし!」

結果だけで生き残るというのは実践ではともかく、部活においては許されなかったようである。
これにより北坂は一時的に帰宅部を休む(?)必要が出てきた。

音邪「まあ俺は神だし大丈夫かな。」

顧問「じゃあお前現在の100から、120をひねり出してくれる?『清聴』って名前に入ってるんだから『せいちょう』してくれよ(笑)」

音邪「ha???????」←(人生において片手で数える程度しか成長したことがない。)

顧問は音邪に向かって淡々と恐ろしいことを口にした。
彼ら『未来人』にとって成長とはそう簡単にはやってこないもの。
ましてや試合まではあと10日ほどしかなく、例えあまり成長しないタイプの音邪でなくとも、かなりきつい話である。

音邪「北坂、俺も今日から帰宅部になっていいか?」

北坂「うーん、お前みたいなナルシストは向いてないからやめとけ。」

音邪「どういう理屈!?」

こうして、帰宅部に避難することも許されず、音邪は10日で自分を一段階上へ持っていかなければならなくなった。

生徒「もう!やってらんねえよ!」

一方の生徒たちは完全に部外者扱いを受けて憤りを感じ、部室を後にした。

サッカー部の1年生全員に等しく降りかかる『ノルマ』という名の厄災。
音邪はこの悲劇をどう乗り越えるのだろうか……

翌日

休み時間中の教室で、音邪が口を開いた。

音邪「おい君、君は成長について考えたことはあるか?」

NPC H「え?急にどうしたんですか……?」

音邪は考えていた。
主観で『成長』という観点について考えるから、かえって難しくなってしまうのだと。
ここはこの世界の人間の力を借りるべきだと、そう思った音邪は、まず手っ取り早く彼女持ちリア充の未来に対抗するために作った、隣の席の『恋愛枠』に話を聞いてみた。

NPC H「じ、実は私も……今バンドのオーディションがあるんですけど、その……自分の演奏がちゃんと良くなってるのか……あんまりわかってなくて……」

音邪「ふむ……」

『恋愛枠』は心細いと言わんばかりに言葉を紡いでいるが、音邪は心の中でこう思っていた。

音邪(あ、これ結論『わからない』で終わるパターンなんだろうな。)
「ごめんよくわかったもういいよ。」

NPC H「あ、え……」

音邪は彼女の話を遮って教室を後にした。

そして時は流れ、放課後の校庭

零斗「何?成長の仕方?」

音邪「うん。」

あれからさらに考え、それでも答えが全く出ない音邪。
今度は同じ世界出身の零斗に話を聞いてみることにした。

零斗「そうだな。俺は前に禁止されたからできないが、お前ならいいかもしれん。」

音邪「ん?何の話?」

零斗「今からやる動きをすると、成長できるぞ、多分。」

音邪「え?」

そういうと零斗は急に足を肩幅に開き、珍妙な動きを始めた。

零斗「腕を大きく引いて、伸ばす!これを左右3回ずつやる。リズムはこうだ。

解 放!解 放!解 放!まだまだ行くぞ!ぐーっと溜めろ!」

音邪「ええ……」
零斗は腕を伸ばしては引き、伸ばしては引きを繰り返して、何やら儀式のようなものをやっている。

音邪「ちょっと待って、それで成長するの?」

零斗「?するぞ?大体手から波動弾を打てるくらいにはな。」

音邪「は、波動弾!?何それ、ちょっとやめて!何か嫌な予感がする!止まってーー!」

この後、音邪はゾーンに入って真剣な顔つきになっている零斗を必死で止めた。
結局あのまま続けていたら何が起こっていたのか、それについてはわからず終いだったが、わかる頃には人間を辞めていそうなので、音邪はそれについて考えることを、やめた。


玲奈「で、私に訪ねに来たと。」

音邪「そうなんだよ、何かいい方法ない?」

そして音邪は同じく校庭で部活に勤しんでいた玲奈にもインタビュー。
彼女なら何かしらいい返答をしてくれるかもしれない。

玲奈「悪いけど他を当たってくれる?私暇じゃないの。」

そんなことはなかった。
彼らと現実は基本、薄情者である。

音邪「おい頼むよ!そこを何とか」

玲奈「そこの二人、この男を校外につまみ出して頂戴。」

「アイアイサー。」

玲奈は音邪を冷たくあしらうと、部員に音邪を追い出してもらうように頼んだ。

音邪「お、おい!ちょっと待ってくれ!俺は!?俺はどうすればいいんだーーーー!?」

玲奈「ちょっと考えればどうにでもなることじゃない。いちいち時間取らないでよ。」

音邪「お、お前他人事だからって……あっおい!追い出そうとすんな!おい!おーい!」

音邪は女子2人に引っ張られるがまま、外に追い出されてしまった。

玲奈「マスターゲットレイダー使えばいいだけの話でしょ……」



レオン「んで、色々考えた末に俺なの?」

音邪「うん。ゴミの手でも借りたい。」

レオン「お前正気か?」

音邪が次に向かったのは学校から近いビルの屋上。

突然人が気絶するという噂がある。

ここではレオンが自身の趣味を堪能しており、夕方から夜にかけての時間帯は大体ここにいる。

レオン「言っとくけどなあ!俺は自分が成長するかだなんてどうだっていい!あるのは殺戮と射撃だけだ!そういう生き方をしてきたんだよ!そんな俺が『成長する方法』なんて説明できるわけねえだろう!?」

音邪「でもさー、射撃とシューティングゲームはどんどん上手くなってるじゃん。それは実感としてどうなの?」

レオン「うーむそうだなー、意欲的に取り組むかどうか、とかか?」

音邪「いや、それは俺も同じなんだけど。」

音邪は人の心はないが、サッカーと音楽活動と空手だけはしっかりと取り組んでいる。

レオン「えーー、てかそれ、義務でできるもんなの?ぶっちゃけ無理じゃね?」

音邪「確かに。」

レオン「もうさ、諦めてセンコウ◯そうよ。生きてるだけ無駄だよそんな奴。」

音邪「うん……うん?」

レオン「正直言ってそいつ、自分のやりたいことを他人に押し付ける最低な奴っしょ。最悪◯しても問題なくね?」

音邪「うん!?」

レオン「あ、何なら俺が◯してやろうか?あの顧問この道通らないみたいだからよ、まだ撃ったことないんだよなー。野球部の顧問は一回撃ったんだけどよー。」

音邪はレオンの本物のサイコパスの発言にみるみる血の気が引いていった。
何かにつけて他人を◯そうとするその思考回路は正に狂気。
ゲームとなれば尚更その恐ろしさが滲み出る。
普段は理性で抑えているのだろうが、この男は他人のことを『命を狩る対象』としか見ていないのではないだろうか?

音邪「あ、あのー、穏便に済ませておきたいんですけどー、はい。」

レオン「……そうか。どうしたもんかなー?……あ、そうだ。マスターゲットレイダー使って、実力をちょっとだけかさ増しすれば、実力がついたように見えるんじゃない?」

音邪「ああ、なるほどねー。」

普通そっちから先に思いつくんじゃないだろうか。
そう思ったが、これ以上彼の本性に触れていると非常に不愉快な気分になるので、音邪はこの会話を断ち切って次は一花たちのところへ向かおうと思った。

ピコンッ

音邪「ん?」

音邪の携帯からロインのメッセージの着信音が鳴った。

音邪「ごめん、ちょっとスマホ見る。」

レオン「どうぞ。」

一花

『私たちちょっと忙しいから今日は訪問遠慮してねー🙏』

音邪「え……?」

何故かは知らないが、一花はまるで音邪が来ようと思っていることを知っているような口振りでロインのメッセージを送ってきた。

音邪「お、おいおい……これ、どうなってんだよ!?」

レオン「ん?どうかしたか?」

レオンは音邪のスマホを覗き込み、一花のメッセージを読む。

レオン「何?この文章がどうかしたのか?」

音邪「い、いや……俺、今日一言も一花たちに会うなんて言ってないのに……ちょうど今から行こうかなと、あ、頭の中でちょっと思っただけなのに……せ、先手を打って断られた。」

レオン「な、何……?こ、心の中を読まれたとでも言うのか?」

音邪は驚愕しながらも頷いた。
例えマスターゲットレイダーか何かを使って調べていたとしても、音邪が何かをしているなどの情報がない限りはそもそも調べようなどとは思わないはずだ。
故に音邪の心を何らかの方法で読んだとしか考えられない。

音邪「な、何か気味が悪いな……」

音邪は一花とはあまり深く関わらない方が何となく良さそうだと思った。


音邪「ただいまー。」

そして音邪は帰ってきた。
自分の家に帰る。それ以外にもうやることがなかった。
北坂はおそらく自分の練習のことで精一杯で、音邪の質問に答えられるだけの余裕はないだろう。
そして未来、彼には頼りたくない。
彼は音邪の永遠のライバル(音邪が一方的にそう思っているだけ)である。

快人「お、おかえりー。今未来が来てるよー。」

音邪「何!?」

未来「快人ー!飯まだーー!?」

何もすることがないので仕方なく帰ってきたというのに、今度は鬱陶しい先客が居座っている。
音邪は玄関で深いため息をついた。

快人「ちょっと待っててーー。あー、ごめん音邪、上がってていいよ。」

音邪「そりゃどうも……」

音邪は靴を脱いで家に上がり、リビングへと足を踏み入れる。

未来「おっ、おかえりー、音邪。」

未来はリビングの食卓の椅子に座って、快人のご飯を待っていた。
自分が嫌われていることなどつゆ知らず、フレンドリーに音邪に話しかけてくる。
音邪「うーす。どうした?俺らの家、結構寄りづらいと思うんだけど。何か用でもあるのか?」

未来「ああ……えと、デッキ周回でモンスターを倒してたらさ、何かよくわかんねえ奴にぶっ飛ばされて、ここまで来ちゃったんだよねー。だからちょっと寄ったー。」

音邪「はあ……そうなんだ。」(何つうご都合主義な展開。んなことあんのか普通?)
わざわざ上がっていたので何か用があるのかと思いきや、ものすごくどうでもいい理由で寄っていたようなので、音邪はますます心が沈み、またもやため息が漏れる。

未来「音邪、どうした?そんな暗い顔して。」

未来は明るい表情のまま音邪に絡み続ける。
そして音邪はその屈託のない顔に泥を塗ってやりたい気持ちを抑えながら、話を続けることにする。
下手に暴力沙汰を起こすと、快人に怒られてしまう可能性があるためだ。

音邪「ああ……うん。あのね、うちの部活の顧問がね……」

未来「うんうん。」

カクカクシカジカ……

音邪「ってことなんだよ。」

未来「はあ!?ひでえ!教育者として甘えた態度なんじゃねえかそいつはよー!?」

未来はまるで自分のことのように話を聞いてくれ、音邪と同じ立場に立って本気で怒ってくれる。
ああ、こういう奴だから青春スコア高いんだろうな……と音邪は思った。

未来「いいんだよ別に。一生懸命やっていれば、結果はおのずとついてくるんだからよー。お前はお前の今できるベストを尽くして、先生に見せつけてやればいいんだ。そうすれば、きっと『ノルマ』とかいう奴も達成できると思うぜ。」

音邪「な、なるほど……」(こいつ、本当にいい奴なんだな。馬鹿だけど。)

『マスターゲットレイダー』という言葉のマの字も出てこない素朴な回答に、音邪は思わず胸を打たれる。

音邪「そ、そうだ!俺は、俺こそが!最強なんだ!!」

快人「うわ!?急に何!?」

音邪はいきなり立ち上がって厨二病を拗らせたような発言をした。
その突然の発言にびっくりした快人は運んできた紅茶を服に溢す。

快人「え?あ!やば!服がビシャビシャに!!」

未来「いいぞ、その意気だー、音邪!」

もう既に試合と『ノルマ』に打ち勝ったような気でいる音邪と、それを持ち上げる未来。
紅茶が溢れて慌てふためく快人。
快人と音邪の家は今日も今日とてカオス空間だ。

快人「もう!いきなり驚かさないでよーー!」


そして月日は流れ、試合当日。

音邪「ついにこの日が来たな、北坂。」

北坂「帰りたい。」

白線が引かれ、ゴールポストが置かれた清秀沢高校の校庭。

ついに迎えた下北沢高校vs清秀沢高校の試合!
『ノルマ』を抱えている清秀沢のサッカー部全員に緊張が走る。

音邪「やるべきことはやった。あとはベストを尽くすだけだ。」

北坂「帰りたい。」

音邪「心配することはない。俺とお前が組めばできないことなんて何もない。そうだろう?」

北坂「帰りたい。」

音邪「お前それ以外に何か思うことはねえのかこの野郎!」

音邪は北坂の頭にヘッドロックをかける。

北坂「イテテテ、わかったよ!悪かったよ!最近部活やらなさすぎてちょっと血が騒いだだけなんだ!」

音邪「どんな血だよお前!」

顧問「はいそこ静かに。挨拶忘れんな。」

音邪・北坂「は、はい……」

グラウンドにいる双方のチームは頭を下げ、大きな声で挨拶をする。

全員「お願いしまーす!」

昼間の太陽がジリジリと照りつける体を起こし、音邪たちは自分たちの持ち場についた。
ボールは先程のジャンケンで相手のものになっており、音邪より後ろの生徒たちは固唾を飲んで、ボールを軽やかに味方に送ろうとする相手チームのフォワードを見張る。

そして音邪はこれまでの練習のおかげか、あくまで冷静だった。

カンッ

サッカーボールが蹴られ、ボールはミッドフェルダーの男子がボールを受け取った。

おそらくここから一気に右か左のフォワードに即座にボールを渡し、一気に攻めるつもりだろう。
ディフェンスが死んでいるというのは前回の試合で既にバレている。
相手からすればフォワードで押し切ってしまうことがこちらに勝つ最善策だ。

しかし、サッカーをここにいる誰よりも練習し、熟知している音邪がそれを予想しないわけもなかった。

音邪は後ろのディフェンダー二人に合図を送り、サイドを固めてもらう。
そして自らはその場から一切動かず、左右どちらのフォワードにボールが来るかを虎視眈々と見定めていた。

カンッ

ボールが蹴られ、移った先は右のフォワード。
そしてフォワードはディフェンスを避けるためか、少し中央の方に足を運びながら、ゴール目がけて全速力で走り始めた。

音邪(今だ!)

ザザッ

相手選手「!?」

音邪は全速力で走るフォワードに並走すると、少しずつ距離を詰めていき、相手選手を中央に入れないようにして端に追いやる。

これは今まで音邪がやってこなかったこと。 
音邪の世界の高校のサッカー部は優秀であり、ディフェンダーやミッドフィルダーの選手が機能しないなどということはまず有り得ない。
よってフォワードの音邪などの選手はあまり守りには入らずに、あくまでパスを受けられる距離に入るに留める。
そしてディフェンダーなどが相手からボールを取り、フォワードにパスすることがほとんど。
しかし、この世界の清秀沢高校のサッカー部は話が別。
ディフェンスが死んでおり、フォワードがパスをもらう前に相手がゴールを決め、試合に勝ってしまうことがほとんどだ。
よってディフェンスも攻撃も両方卒なく行える音邪が一時的に相手にプレッシャーをかけて追い詰めるディフェンダーの役目を兼任し、サイドを固めさせた本物のディフェンダーにボールを奪わせる。
清秀沢のディフェンダーは絶望的に機動力やフェイントを見抜く力がないが、音邪が敵を動きにくくし、かつパスも出せない状況に追い込むことで、ヘッポコなディフェンダーでもボールを奪えるようにする。
そしてそのボールを誰かが受け取り、それを機動力に優れた音邪か北坂にパス。最後は上がってきた音邪と北坂以外の誰かに二人のどちらかがパスし、ゴールを決める。
これがこのチームが『ノルマ』を達成しつつ勝利するための最善策だ。

相手選手「くっ……!」

ボムッ

相手選手「あっ!」

相手選手は音邪が距離を詰めて邪魔をしてくるせいでまともに立ち回る事ができず、場外にボールを放り出してしまう。

音邪「よし、マイボだ!」

北坂「んじゃあ俺行くわ。」

北坂はボールを持っている相手選手の方に駆け寄ってボールをもらうと、それを音邪にスローインした。

音邪「……!来たな!」

音邪は弧を描いて飛んでくるボールに目を見張りつつ、左手につけてあるマスターゲットレイダーのボタンを押した。

レイダーon、高速移動 対象 アバター008

音邪は自らのアバターの物理法則を書き換え、高速での移動を可能にする。

ブンッ!

北坂「!」

相手チーム「!?」

生徒「な……何だ!?」

敵味方含め、その場にいた全員が困惑する。
音邪というどう見てもただの高校生にしか見えない人間が、残像が見える程の速さでボールを受け取って、相手チームのゴールまで一気に移動したのだ!

音邪「お前ら、上がれ!」

音邪は状況を飲み込めないチームに上がるように促す。
『ノルマ』の関係上、他の誰かが点を入れないといけないため、周りにも動いてもらう必要が出てくるのだ。

北坂「え!?う、うん。皆、音邪のフォローだ!」

生徒「はい!?む、無理では!?ついていけないんだけど!?」

生徒たちは仕方なく走って音邪の方へ向かっていくが、いかんせん凄まじい速度で動いているので、目で追ってどこにパスが来るのかも予想できなければ、近づきすぎると衝突して大怪我をするリスクもある。

音邪(うーん、困ったな。高速で動いているせいで目で合図を送ることができない。)「可不!!受け取れ!!」

生徒「え?お、おう!」

パンッ

音邪が高速で動いているためにボールも高速で飛んでくるが、可不は横からボールを蹴り上げることでこのボールを取ろうとした。しかし、

北坂「あ、それ俺のボール。」

生徒「はい!?」

北坂は可不の後ろから無理矢理ボールを掠め取った。

生徒「ど、どうして!?」

北坂「馬鹿野郎、音邪が相手に分かるようにパスをすると思うか?あと、どのみちお前には取れないボールだからいちいち追わなくていいよ。」

生徒「そ、そんな……」

考えてみれば確かにそうだ。
あの発言を聞いて相手は確実に自分の方を意識していたし、あのまま自分が取れていたとしても、相手に押し切られて取られてしまうのがオチだった。
しかしこの出来事によって、可不は自分がこの試合においてただのモブキャラでしかないということをほのかに感じ取り、とても惨めな気分になった。

北坂「おーし、皆上がってきたな!んじゃあ修斗!バシッと決めたれ!」

ボムッ

北坂は華麗なパスで斜め後ろにいた同じフォワードの修斗にパスを決めた。

修斗「おっと!オッケー、しっかり決めてやるよ!」

修斗は北坂からパスされたボールを受け取り、高速に惑わされたがために一手遅れている相手チームを横目に、思いっきりシュートを決めた。

ボムッ

サッカーボールがゴールポストに入り込み、ネットに引っかかる。

音邪「!」

北坂「こ、これは……!」

修斗「や、やった……人生初ゴールだーー!」

修斗がガッツポーズを決めてひざから崩れ落ち、その場にいた清秀沢のチーム全員が歓声を上げる。

音邪「やったな北坂!」

北坂「お、おう!何かよく分かんねえけど、やったぜ!」

顧問「……!やったな!」

こうして、長らく試合で勝てていなかった新1年に、希望の光が見え始めた。

しかし、この後の試合はというと、

ヒュンヒュンヒュン!

相手チーム「あっ……!あっ……!」

北坂「あ、あの……音邪さん?」

ヒュンヒュンヒュンヒュン!

北坂「お、音邪?」

ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!

相手チーム「えっ……ちょ、ああっ!」

北坂「おい音邪!」

音邪「ん?何?どうかした?」

北坂「お前さっきからボール持って移動しすぎだよ!!誰も追いつけないからってずっとボール持って走ってんじゃねえ!」

そう音邪、自分が今誰よりも早いのを良いことに、自チームに入った得点をそのままに、ボールを持って無限に走り続けているのだ。
当然敵はおろか、味方にさえボールが回ることはなく、試合は完全に現状維持を貫いた状態となった。

音邪「おいおい北阪。しっかり『ノルマ』の内容覚えてるか?
『一点も決められずに』、『俺達以外がゴールを決める』。
後者はもう達成したんだから、後は一点も決められなければいいんだろ?
だったらこれで試合終わらせれば勝ちじゃないか。
それに見てくれ、俺のこの圧倒的速さに圧倒的成長!これには流石に顧問も文句なしで喜んで」

北坂「ないよ!見ろよあの顔!」

北坂が試合を見ていた顧問を指差すと、そこにはこの世のものとは思えないほどの怖い顔をした顧問の姿があった。

音邪「チ、んだよあのセンコウ。これだけやってやったっていうのに、まだ文句あるっていうのか?ならば、◯す!」

北坂「待て待て待て早まるなあ!」

音邪「ていうかそもそもよー!あいつらが俺のレベルについてこれないのが悪いんだろうが!?ホントお前ら危機感持った方がいいって!こんな弱小チームに負けてるようじゃ全国狙えねえぞ!」

北坂「へっ!?」

相手選手「な、何だと……!?」

自分は不正をしているくせに、音邪は相手の実力が足りないからこうなるという逆ギレをする。

北坂「お前やばいって!?そんなこと言ったら顧問とこの人たちに消されるって!!」

こうして顧問には睨まれ、相手のチームからは怒りを買いつつも、音邪は試合が終わるまでボールを誰にも渡さずに守り続けた。

北坂「汚い子供やでホンマ!」

そして試合が終わり、顧問から音邪"以外"に対してのお褒めの言葉と激励があり、北坂が速攻で帰る中、音邪は一人顧問に呼び出されてしまった。

顧問「音邪、お前の今回のスピードと戦略性については俺もすごかったと思うし、チームの皆とも途中までは連携できていたと思う。
でもな、その後のプレイに関しては選手としてではなく、人として終わっていた!
仲間と連携することもなければ、一人で時間を消化しているだけ!
ましてやゴールを決めるわけでもない!!
お前あの試合何がしたかった!?」

音邪「『ノルマ』達成したかったです!」

顧問「アホかお前は!?」

満面の笑みで顧問に返答する音邪を顧問は厳しく叱りつける。

顧問「そんなことはもうどうでもいいやろうがアホ!何であの流れから取り敢えず時間潰す、守りに入るっていう判断になるんだ!?お前のあのスピードがあれば点大量に決めることくらいできただろ!?」
音邪「いや『ノルマ』では俺以外が点決めないといけないんで」

顧問「『ノルマ』もういいて!?
あれは勝つための『手段』やん!そんな、チームとしての強さを損なってまで遂行しなきゃいけないっちゅうものではないやろ!?
あと、お前に関しては、何だかんだで相手侮辱しとるからな!?
お前ここから一番近い下北沢に試合断られるようになったら、行かなくていいのにわざわざ遠征したりするんやぞ!?
お前わかって言ってるのか!?」

音邪「いや、だってあいつら、前々から思ってましたけど、俺一人でも勝てるんじゃないかって思うくらいには弱いっすよ、このチームほどではないですけど。
あいつらにわざわざ頭下げてまで試合する必要性、はっきり言ってないと思いますよ。」

顧問「いやまあお前からしたらそうでしょうね!?
チームのレベル感に明らかにそぐわない能力持ってるしね!?
正直勝つためだったらお前一人で充分な気がするよ!?
けどな、前から言っとるけどサッカーは11人でやる団体スポーツだぞ!?
ましてや他のスポーツもそうだけども、フェアプレイとか、そういうの結構大事になってくる球技だからね!?
フェアプレイもしないし最悪一人勝てばそれでいいみたいな、そんな思考回路サッカーには向いてないと思う!」

音邪「うるせえ!!!」

ゴキッ!

顧問「はううう!?」

顧問が熱く、わざわざ時間を取ってまで指導をしているというのに、この音邪は途中で耐えかねて顧問に腹パン(レイダーの力を生身でも使えるようになっているので、威力666t)した。

音邪「いいか!?何か俺が悪いみたいな風になってるけどな!?
お前だって決して俺を説教できるような人間じゃないだろ!?
そもそも『ノルマ』の内容が何で練習の話じゃなくて、『試合』の話なんだよ!?戦術の幅が狭まるようなことしてんじゃねえ!
ましてや『取り敢えず成長しとけ』とかいうクソノルマ、本気で有り得ないからな!?
あと!お前はチームを強くすることしか考えてないせいで、チームが本当に望んでいることに目が行き届いてねえ!
サッカーバカなのか何なのか知らねえが、てめえの都合だけで周りを動かそうとするんじゃねえよ!?顧問だろ!?
顧問がそんなんで動いてたら部活が狂うんだよ!!
とにかく、お前がクソであるということはまだ許容できるが、そのクソさで他人に迷惑をかけてるんじゃねえ!
下北沢と試合ができなくなるのははっきり言ってお前の責任でもある。
お前の指導がチーム全員に行き届いていなかったということだ!
わかったな!?」

顧問「は、はい……」

音邪「フン!帰らせてもらうぞクソ顧問!」

音邪は最もらしい理屈をつけて顧問を逆に説教すると、北坂と同様に素早く支度をして帰っていった。

流石音邪、いつでも自分のことを棚に上げた他責思考である!

顧問「な……なかなかいいパンチしてるじゃねえか……ぐふ!」

顧問、音邪のパンチの衝撃で心肺が停止。
そのまま発見が遅れ、後日還らぬ人となった。


快人の自宅

快人「お、音邪また動画出してる。
なになに、新作MVがどうのって?
ちょ、何でミュージシャンとかでもないのに、またMVだけ出すのかなあ……。」

一方その頃、快人は自宅のリビングでスマホを持ち、動画サイトに流れているショート動画を眺めていた。

今流れてきた動画のチャンネルは音邪のチャンネルで、動画は最近のものでも500万再生を突破している。

そしてそのチャンネルの最新のショート動画には『新作MV発表!?』とタイトルが付けられており、いかにもミュージシャン気取りといった感じである。

快人「ふーむ、まだ本編はないけど、ショートで予告を出しとくって感じか……一応見てあげるか。」

快人は動画をタップして再生してみることにした。

するとスマホから軽快できれいなピアノの音と、力強いギターの音が聞こえてくる。

音邪『皆、新しいMVの曲ができたよ〜!投稿は1週間後くらいになっちゃうかもだけど!少しだけ本編をチラ見せ〜!』

聞き慣れた声で話すやたらイケメンな立ち絵の人物が、早口で動画の説明を喋り終えると画面外にスクロールして消えていった。

青く澄んだ 神話を冒涜

楽しもうぜ! 闇の外で

灰塵を撒き散らしてくcyclingして

近未来も創造 明日も闘争 

ただ 足掻くは無駄よ? 暴かないで

私 オンリー ワンでモンスター♪

You are lastone.

動画はいかにも映えそうな映像に、歌詞の字幕をかっこよく被せていくというだけのシンプルな動画であったが、快人の心には何故か大きな引っかかりがあった。

それは歌詞だ。

快人「『青く澄んだ神話』……『灰塵を撒き散らすcycling』……『明日も闘争』……はっ!」

快人は気づかされた。

これはただのMVではない。

自身の"計画"が思い通りになっているという……いわば『自己満足』そのものを表現したもの。

快人「なるほど……見えてきた……!そうはさせないぞ……音邪!」


快人はすぐにロインを開き、音邪以外のゲームプレイヤーたちに"とある連絡"をすることにした。


音邪「あんな下らない説教になど、付き合っていられるか!
俺にはやることがある。
来たるべき"明日"に備えて、な…………」


次回 太陽が沈む日ーー

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