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四川省の田舎離れ深センへ出稼ぎに・・・

中国美人「王紅華」の波乱の半生(その1)

中国美人「王紅華」の波乱の半生では、したたかとも思える「王紅華」という女性の波乱に満ちた生き方にスポットを当てています。この記事は中国人少女が内陸部の村から都会に移り住み、家族を想いながら必死に生きる姿を描いた、リアリティーに富んだ内容のフィクションです。

王は20歳を過ぎてから四川省の田舎町から両親の元を離れ3日間バスを乗り継いで広東省の香港に隣接する深セン市にやってきた。彼女の田舎では何人かの女性が深センや同じ広東省の東ガンで3年ほど出稼ぎをした後、現金を得て戻っている。

そんな彼女らの話を聞き、王は都会にあこがれるようになった。王は両親のもとで小学校、中学校に通う傍ら、農業の手伝いをして、家族でわずかな現金収入を得ていたが生活は苦しく、病気がちな父親の薬代もままならない生活だった。

王は友達のつてをたどって、深セン市郊外の工場の工員の仕事についた。基本給はわずか400元(当時のレートで6000円)だった。工場の敷地内の寮で12人部屋の中の片隅に与えられたベットにわずかな衣類と洗面器などの身の回りの道具を置いた。工場では毎日8時から夜10時まで働いた。時には一週間休みなしのときもあった。

400元の給料は半分田舎の両親へ仕送りの為に貯金した。残った200元のうち100元で食べ物や衣類をなどを買った。残りの100元と残業代で得た200元は自分のために貯金した。田舎では600元もの現金を得ることはとてもできなかったので、王は夢中で働いた。

こんな生活が一年以上続いたが、ある年の2月、春節(中国の旧暦の新年)の休みに、久しぶりに故郷から出てきている友人に会った。友人は深セン市の繁華街にアパートを借りて住んでいた。

友人の貰っている給料の額を聞いて王は驚いた。わずか5,6時間働くだけで基本給が800元、歩合がついて平均1500元は貰っている。友人の誘いで、王は春節の休み明けには、会社を辞め、寮を引き払って友人のアパートに住んでいた。

友人の名前は「李」といい深セン市内の日本式クラブ(カラオケ店)で働いていた。春節の休みで帰国していた日本人が戻ってきてネオン街に賑わいが戻ってきた、ある2月も末の夜、21歳を過ぎた王は李に付き添われて日本式クラブ(カラオケ)デビューを果たした。

【第1章 その2】へつづく >>>

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田舎から都会に出稼ぎに出てきた中国人女性の生き方や、改革開放当時の企業や、中国社会の様子をリアリティーあふれる描写で書き綴った短編小説です。

中国美人「王紅華」の波乱の半生は、したたかとも思える王紅華の波乱に満ちた生き方にスポットを当てています。この短編小説は2004年、中国人少…

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