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アリスとジューダス・プリースト   その5

放課後、教室で結果を待っていた僕たちに
職員会議が終わった先生から朗報が舞い込んだ。
「バンド、やってもいいってよ。」
話を聞くと、どうやら会議では
吹奏楽部以外には演奏させないという方向で
話がまとまりかけていたらしいのだが、
最後の最後に、校長先生が、
「生徒がやりたいことに対して、
なんでもそうやって締め付けるのは
良くないのでは?」
という一声で一転。ロックバンドの演奏を
許す方向で決まったらしいのだ。
この校長先生、当時としては珍しいほど
生徒と交流してくれる良い先生だった。
その後、みんなでお礼に行ったのは言うまでもない。

予餞会まではあっという間だった。
曲はKISSの「デトロイトロックシティー」
マイケルシェンカーグループの
「アームド・アンド・レディ」
そしてジューダス・プリーストの
「ホット・ロッキン」。
高い声はやっぱり出ないものの
やるとなったらそんなことで
落ち込んでいる暇なんてない。
歌詞をカタカナで書きだして
とにかくわけもわからないまま
毎日毎日、耳でおぼえた。

本番のことは誰も覚えていない。
それほどメンバー全員が
これまで経験したことが無いほど
とにかく緊張しきっていた。
僕はマイクをにぎりしめて叫んだ。
とにかく、これがロックだ!
と言わんばかりに叫ぶように歌った。

でも覚えているのはそのことだけ。
成功したのか失敗したのかさえ
いまだによくわかってはいない。
気が付くとステージを降りて
クラスのみんなの中にいたからだ。
そしてじわじわとやってくる
やり切った満足感や
終わってしまった喪失感なんかを
かみしめていた。

それから一週間ぐらいは、学校中が
僕たちのバンドのことを話題にしていたが
そのうちいつも通りの、のんびりした
田舎の学校生活に戻っていった。
そして僕たちは、バンドの今後について
話し合っていた。
僕はその場に裕を連れて来ていた。。
「やっぱりジューダス・プリーストだと
 声が出ないからバンド辞めようと
 思うんだ。」
僕はみんなの前で裕に言った。
「裕なら声出るし、ハスキーボイスで
 このバンドに合ってると思うんだけど
 裕、僕の代わりにやってくれない?」
バンドのメンバーは黙っていたが、
しばらくすると裕が口を開いた。
「ちょっと考えさせて・・・。
 でもカンナがいないんだったら
 やりたくないなぁ・・・。」
すると黒川が目を輝かせながら言った。
「わかった。
 俺も裕がボーカルやってくれると
 うれしいよ。
 だけど・・・
 カンナにはやめてほしくないんだ。
 だから、ドラムやってくれない?」
僕は驚きのあまりしばらくの間
黙り込んでいた。
だが、その時間が僕を冷静にさせた
そして黒川の表情から、
これはすべて彼の計画通りなんだと
気づいたのだった。

それはまだフォークグループとして
アリスや甲斐バンドの曲を
やっていた頃のことだ。
その頃はオサムがドラムだった。
中学生のドラムの練習場所は、
ほぼ放課後の教室だった。
(僕たちだけかもしれないが)
自分の席に座って、右足をドンドン
机を手でバタバタ叩くエアドラムだ。
両手両足をバラバラに動かす練習
のようなものなのだが、
これがなかなか難しいらしい。
らしいというのは、僕にとっては
これが特に難しいと感じることは無く
誰よりも早くリズムパターンを
クリアすることができていた。

黒川はそれを見ていたのだ。
そして、こいつにドラムをやらせれば
自分の理想のロックバンドを
作ることができると思っていたのだ。
全てが黒川の計画通りだったことに
なんだかスッキリしない気持ちだったが
それでも僕はすでにバンドで音を出す
快感に憑りつかれていたことと、
また裕とバンドができるという喜びで
バンドを続けていくことを決めたのだ。

かくして僕たちのロックバンドは、
ギターの黒川、ベースのアキラ
ボーカルの裕、ドラムに僕で
活動することになった。
演奏したのはハードロックや
ヘビーメタルだったが、
僕はそれでもアリスが好きだった。
その後、ロックやフォークにかかわらず
いろんな音楽を聴くようになったのは、
黒川のおかげなのかもしれない。
ヘビーメタルは、それほど好んで
聞くことはなかったのだが、
それでもジューダス・プリーストだけは
よく聴いていた。
当時の僕のカセットテープの
コレクションの中には、
アリスとジューダス・プリーストが
いつも仲良く並んでいて、
当時の僕の中では、
この二つのグループはずっと
「カッコいい」のカテゴリーの中で
存在し続けていたのだ。

―――――――――おしまい―――――

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