(奇妙な話/怖くない話)毛虫になった女の子

 みそかちゃん――それが、彼女の名前だった。

 新人時代の出来事。
 保育所で働いて、初めて個人的な感情を抱いた女の子である。
 複雑な感情である。
 実際のところ、とても良い思い出とは言えない。
 
 勤め始めて一カ月くらいたった頃、私は児童たちを連れて裏山に行った。
 レクレーションの一環。
 私は名前を覚えるのが苦手だった。このレクレーションが仲良くなれるチャンスだと意気込んでいた。
 私はより多くの児童たちに話しかけた。

 一人だけ児童たちと離れて蹲っている子がいる。
 それが、みそかちゃんだった。

「えにっきちょう」
 みそかちゃんが教えてくる。
 みそかちゃんは保育所で配布しているスケッチブックを持って熱心に何かを描いていた。

「けむしだよ」
 そう。それは毛虫だった。

(噓でしょ)
 私は虫の類が苦手だった。
 子供の頃は泥だらけになって、平気でカブトムシやクワガタムシと戯れていたらしい。だが今では、ほぼ全ての虫類に拒絶反応を示すようになった。

 よって、昆虫が好きだなんて人物は軽蔑してしまう。
 とても同じ人種とは思えなかった。特に、私は毛虫が大の苦手なのだ。
 私は平気な顔で、毛虫を捕まえてスケッチをしている少女に辟易して、すぐにその場を離れた。

 やがて
 みそかちゃんは他の児童から虐められるようになった。
 彼女の虫好きが関係しているかはわからない。

 名前をバカにされて「みっそかす」と呼ばれて虐められ出した。

 私は、虐めの対応をしなければならなかった。

 父兄の間に立って業務に慣れない中での対応は、負担以外の何ものでもなかった。
(勘弁してほしい)
 私は何度も辞めたいと思った。辞表を持って園長室の前にたたずんでいたことも数えきれない。
 
 それでも踏み止まったのは私自身、昔、虐めにあっていたからだ。
 虐められているみそかちゃんが、自分の少女時代と重なって見えた。

 結局、最悪の結末を迎えた。

 みそかちゃんは行方不明になる。
 三カ月後、少女の死体が裏山で見つかった。
 レクレーションで児童たちと一緒に行ったあの裏山である。
 彼女は餓死した。
 死体は鳥獣に食い荒らされていて酷い有様だった。

 お通夜の日、両親が手渡してきたものがあった。
 えにっきちょうだった。
 発見された時、みそかちゃんが胸に大事そうに抱えていたのだという。
  
 そこには
「ありがと。わたしはしんでけむしになるの」こう記されていた。
 
 
 

 


 
 


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