【小説】コインロッカーベイビーズ⇔赤ちゃんポスト(ショートショート) 

 巡回ルートに異常はなかった。

 男は警察官。
 
 繁華街。
 駐車場の隣に、コインロッカー。利用者が、デパートから戻ってくる。

 数年前に、このコインロッカーで、赤ちゃん遺棄事件があった。
 痛ましい事件。
 ここの管轄ではなかった。だが、事件のことが頭から離れなかった。

 絶対に再発を阻止したい。

 警察官は、イメージトレーニングを欠かさなかった。

「張り込み開始」 
 警察官が呟く。
 警察官は、あの事件があってから警戒を強めている。
 建物の陰に潜んで、監視する。

 不審な人物がいないか。
 あんな事件は、二度と起こって欲しくない。
 街の警察官としては、当然である。あんな事件は、母子ともに不幸にしかならない。
 その甲斐あって、このところ平穏な日々が過ぎていく。

 ところが、この日は違った。

 保冷バッグを持った若い女がやってきたのだ。
(どうも怪しい)
 警察官としての第六感が、働いている。

「まさか」
 自転車に跨ったまま、観察している。

 女が奇妙な行動を取った。扉を閉める時に、両手を胸の前で合わせている。
(女が合掌する理由は?)

「タタタタ」
 女は、保冷バッグをロッカーに入れると走りだした。  
 
「待て」
 警察官は、自転車で後を追った。
「止まれよ」
 どこまでも、追いかけていく。事件を阻止したい。

「タタタタ」
 女は走るスピードを落とさない。
「お前、赤ん坊捨てたろ」
 警察官は、ようやく追いついた。
 
 女と向かい合っている。

「何言ってるの。警察官でしょ?」
 女が呆れている。
「どういう意味だい? 子供を遺棄したくせに」
「アナタ、知らないの?」

「どういうこと?」

「あれ、新設されたコインロッカー型の赤ちゃんポストよ。利用者は、赤ちゃんを中に入れて料金を投入するの」
「え」
「アナタ、村上龍のコインロッカーベイビーズ、読んだことある?」
「ないな」
 読書家ではない。

「アナタなんて、ダチュラの被害に遭えばいいのよ」
「ダチュラ?」
「ええ」
 女が、液体の入った小瓶を取り出す。
「何それ」
「これがダチュラよ。失明する人もいる猛毒ね。キクとハシから貰ったの」
「――」

「食らえ」
 女が突如、液体(ダチュラ)をかけてくる。
「がああ」
 顔が焼けるよう。
 痛い、痛い。
 警察官は、道路を転げまわっている――

「え」
 警察官は、我に返った。
(まあ、こんなことは、あり得ないだろうな)
 どうやらイメージトレーニング中に、奇妙な妄想をみたらしい。
 


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