中村京蔵 爽涼の会『フェードル』

2023/08/20 国立劇場 小劇場 夜の部観劇

よ、よかった〜〜〜〜〜〜〜！！！
そもそもフェードル自体が好きだけど、それにしても良かった。

やっぱり歌舞伎って現代と隔たった場所にある大きな物語を語る時の形式が確立されてるから、今回みたいな作品をやっても違和感がないというかしっかりくるんだよな。もちろん歌舞伎ではないし、どちらかというとこれはニナガワ演出の延長線上にある作品だと思ったけど、ビジュアルにしろ女形というシステムにしろ様式を借りることで現代劇でありながら歌舞伎の持つスケールの大きさをプラスできていて成功だったのでは。

幕開き後すぐに砂浜に寄せる波を真上から映したカットが幕に写されてその後ギリシャ神話の絵画が映し出される所、劇場で使われる映像にあんまりいい印象を持ってないから「げっ！」って思っちゃったけど、波のカットやそれに続く映像が安っぽくなかったから好感持てた。それと、神話の世界に連れてってくれるんだなーっていう飛翔感というかワクワク感があって、観客の日々生活する世界と今から見る神話の世界の間にはだいぶ距離があるんだけど、その距離を短時間ですっと埋めてくれていた。そして映像がちゃちじゃなかったからその距離を埋めるにしては尺がコンパクトでも、というかむしろそのコンパクトさが膨大な距離を一っ飛びする爽快感に繋がってたな。

だけど、そうワクワクさせといて幕開きのイポリットの絵の決まらなさ。歌舞伎の人ではないのでしょうがないけど、がっかりポイント。だけど、最後に向けてちゃんと自分の分野で巻き返してくれた。
彼は声が良かった。そしてセリフがちゃんと言える。最初に着物直すとき襟が汚かったけど。
フェードルが出てくる時の綺麗さ。普通の歌舞伎の客席だったら拍手が起こるんだろうな。白いベール、赤い裏地、歌右衛門の帯！
けど、セリフちょっと心配だった。舞台から近かったのでプロンプターの声が初めて聞こえた。
エノーヌの俳優のうまさ〜〜〜〜〜〜。今回の舞台一良かった。
あと中村梅乃覚えました。最高です。
フェードルが悩みながら正面に手を伸ばしながらゆらっと移動する所、よかった。

エノーヌが罵られる場面が、今回のベストシーンだ。2人の演技力に裏打ちされてジリジリと溜まってたエネルギーがフェードルの「なにそれ？」からの乳母を責める場面で小さく破裂してそれからどんどん相乗的に役者の演技が上に引き上げられていくような場面だった。そして花道での乳母…………最後まで流石です。今回の席だったらライトが当たって逆光みたいになって俳優がシルエットみたいに見えるのが良かったな。

陰と言うと、フェードルが息子に愛の告白をする場面、2人の襖に落ちた影が良かった。恐怖とか苦しさとか狼狽えとか、全てが煮詰まって黒い塊になって襖に写されてるみたいだった。
それはそれとしてフェードルに愛の告白されてるイポリットめっちゃ怯えててウケた。

あと照明と音楽も良かったな。イポリットの着物に地明かりとブルーのライトが当たって、影になるところだけ淡くブルーが浮かび上がるの。
そのニュアンスで色付ける照明がよかった。そしてイポリットの死を語るじいや〜〜〜！！！！流石です。
外国の戯曲で特によく見る台詞で観客に場面を想像させる俳優のお芝居がどう言うことか経験があまりなくてわかってなかったんだけど、ああ言うことか、と貴重な経験になりました。
その場面で照明がだんだんあかーく、またしばらく経ったら徐々にあおーくなっていくところも綺麗だったな。多分半端な俳優の芝居の背景でそんな露骨な照明やると鼻じらんじゃうんだけど、今回はセリフを吐く俳優の力がしっかりあるからセリフメインで場面が成立してた。
ニナガワのもとで学んだ俳優たちはやっぱり半端じゃないな

テゼは貴重な経験積めて良かったね。舞台に立つしかないからね。セリフはニナガワ繋がりで鋼太郎兄さんで再生してました。でも登場の立ち姿はかっこよかった。あの信長的な黒の着物に西洋風の甲冑は異国感が出ていて良かった。

毒を飲んだ後のフェードルは歌舞伎の型の本領発揮で後半にいくに連れて歌舞伎の女形特有の狂いがどんどん冴えていく。
屋敷の後ろが海になっててテゼが混乱のあまり障子を倒すと後ろいっぱいに海と空が広がってるのも良かった。舞台でうみねこの鳴き声とか波の音とかが時折聞こえてきて、セリフの中でも海がたくさん出てくるから海を近くに感じながら舞台が進んでいくんだけど、最後に開け放たれた時カタルシスにも似た何かを感じた。舞台は屋敷の舞台装置だからそんなことありえないんだけど、歌舞伎特有の空間も何もかも飛び越えてしまうような大胆でスケールの大きい舞台の嘘だと飲み込めてしまったな。段々と暮れて明ける空の色になっていたのも良かった。

玉三郎とは違うタイプの、歌右衛門に遡れるような女形の狂いを見られて良かったですね。