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10年後も日本は飢餓に陥らぬ国なのか

急激に変化する大潟村の風景から見る日本の課題

 近年高まる日本の“食料危機論”。それに対して実際に秋田県大潟村で農業を営んでいる松橋拓郎さんは、日本の現状を冷静に捉えられていた。

「(1年であれば)食料危機は思ったほどではないと思う」

 食料危機論とは戦争などの有事になった際に多くの日本人が飢餓に陥るというものだ。地球温暖化の進行に伴って(「質問力を磨く」の教材でもある)読売新聞の紙面に載ることも増えてきたような気がする。果たしてどれほど深刻なのか、取材を通していろいろ見えて来た。

 松橋さんは「安全の国をつくる」第7回で講演いただく予定の方だ。学生時代にも農業を自分ごととして捉えてもらおうと様々な活動をしてきた過去がある。農業との関わりは「楽しい」「おいしい」ことだということを多くの人に伝えていきたいと想いを語られていた。

コメ余り

 印象的だったのは、日本のコメ余りの現状についてだ。2011年には、東日本大震災によって東北の太平洋側全域にわたりコメの生産が出来なくなったが、それでも米価は1.5倍程度しか上昇しなかった。普通であれば2~3倍程度上昇してもおかしくないという。また、一部のシーレーンが止まり、肥料などの輸入が滞っても、場合によっては2、3割程度の減産で食料生産が可能だという見方もある。突然の有事によって今の日本がいきなり飢餓状態に陥るというのは現実的な話なのだろうか。

日本固有の“護送船団方式”農業政策

 今の日本の農業政策についても意見を伺った。現行の政策からは有事の際に田んぼがすぐに使えるようにする意図を感じると松橋さんは話された。今の政策は農業経営体の存続を重視しており、良く言えば雇用が守られ、悪く言えば農業経営体の意欲を削いでいる。日本の食料安全保障に貢献しているかは一概には判断できないとおっしゃっていた。

 これだけ聞くと「1年間輸入が止まっても自給自足できる社会」をつくることを目的とした「安全の国をつくる」農業回の意義が無いようにも思えるかもしれない。一方で、低い食料自給率であっても有事の際にある程度自給自足できる今の日本は、10年後、20年後先も変わらずに存在してくれるのだろうか。

 同郷出身の私からみた大潟村の風景は変化している。小学校の教室の様子ひとつとってもそうだ。私がまだ小学生だったころは各学年30人程度だった人数も、今では10人程度、場合によっては一桁にまで減っている。また私の同世代のなかでも、農業を継ぎたいと言っている友人は少ない。

 日本の農業は深刻な人手不足を迎えている。一方で、食料を生産するためには、まだまだ人が欠かせない。誰が“2024年の日本”を維持してくれるのだろうか。果たして私たち消費者は無関係なのだろうか。

 これから先、日本が「安全の国」であるためにどうしていくべきか、一緒に考えませんか?

(文責・写真:佐藤一平)

※参加申し込みは下記フォームよりお願いいたします※
<詳細>
「考えよう食と農」【安全の国を作る】第7回
日時:2024年1月27日(土) 10:00~12:00(9:30開場)
場所:帝京大学霞ヶ関キャンパス
   東京都千代田区平河町2-16-1 平河町森タワー9階(永田町駅より徒歩約1分)
参加確認フォーム:https://forms.gle/m61Y9cgdpm5K8tBx7
※参加費は無料です
※筆記用具、メモのとれるものをご持参ください

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