超短編小説 「たいとる いぬ」

「君は以前、僕を貶(けな)してた。」


この書き出しを書いたのは、確か今年の春の頭のことだったと思う。なぜこのデータが未だに残っているのか、また、なぜこの続きを書き進められないのかということは、同じぐらいわからない。ただ、この書き出しをやめようと思ったことは一度も無かった事だけは鮮明に覚えている。

よく、小説を書いているということを周りに話すと、「すごいね、そんなに文章を書けないよ」などと言われることがある。しかし、こちらだって別にそんなに書きたいことがあって書いているわけではない。一つの小説で伝えたいことなど、簡潔にまとめれば数ページで事足りるであろうし、その方が、手間もかからず、すぐ完成して、こちらも楽だ。しかし、小説家というものは、一種の社会不適合者が、路頭に迷い、流れ着いた場所であると私は思う。よって、常人なら経験しなくて良いことや、考えずに済むこと、またそれらを行う時間が途方もないくらいあった。よって、チンタラチンタラと言いたいことをあえて婉曲的に表現し、妙に趣があるかの様に、文章化するのだ。

中学生の頃には、作文や読書感想文をなるべく文字制限に届くように、長々と書くことは褒められたことではなかった。しかし、いざ歳を取り、もう一度このように文章を書くようになると、逆に、長い文章ほど、尊厳のある、また説得力のあるものとして見られていくのだ。なぜなのだろう。一体何が中学生だった当時の僕と違うのだろう。わからない。まるで誰もが過去に何もなかったように、あらゆる角度から声をかけてくる。うるさい。静かにしてくれ。そのように声が発せずに、こうして僕はまた、一人、紙と文字と向かい合うのだろう。そういう人生だ。

そんな自称小説家をやってきた僕でも、どうしてもこの文章の書き出し以降は書くことができないのだ。どうしてなのかは本当にわからない。

「君は今後も、何処かでまた僕を貶(けな)すだろう。」

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