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思い浮かべてばかりの映画

 年末が近づくと〝年末っぽい映画〟がすごく見たくなる。といっても、慌ただしく日々を送るうちに気づけばもう晦日もう正月、当然「さてだらだら映画でも見るか」と手に取るのはもはや〝年始っぽい映画〟のDVDなので、実際に〝年末っぽい映画〟を年末に見ることは少ない。私にとって〝年末っぽい映画〟は見るものというより、思い浮かべるものなのだ。

 具体的には『或る夜の出来事』『お熱いのがお好き』『アパートの鍵貸します』『未来は今』――いずれもスクリュー・ボール・コメディとその周辺。「ストレート」でない「スクリュー・ボール」な人々(とくに男女)が、実にたのしそうに喧嘩とか悪ふざけとかバカ騒ぎとかを繰り返しながら大団円に突進していく爽快な物語。もとはといえば、映画での性的描写がとくに厳しく規制された時代に〝苦肉の策〟として生み出されたまさに変化球だったそうだが、劇中の過剰なドタバタと紆余曲折が後半一気に収束するあたり、新しい年の幕開けを目前に控えて何が何でも師走にひと区切りつけたい人心に絶妙にしっくりはまる。

 というわけで12月、私はキーボードを叩きすぎた指をふと止めて、夜行バスの中で合唱する人々について夢想する。車窓のイルミネーションを眺めながら、マリリン・モンローが寝台車で水枕を駆使してつくったカクテルが何だったかを思い出そうとする。湯につかり長いため息をついた後に、中華レストランでシャーリー・マクレーンが笑顔になって本当によかったと思う。そして布団のなかで眠りに落ちる寸前、廃棄されたフラフープが街角を転がっていき、ひとりの少年がついにそれを腰で回し始める夢をみる。

 これらの映画のなかで、私が初公開時にリアルタイムで見ることができたのは1994年の『未来は今』のみ。高校生の時にDVDを買ってから、何度見たことだろう。当時はあの作品のなかに、往年のスクリュー・ボール・コメディの引用が散りばめられているなんてことは知らず、ただひたすら「映画ってなんてたのしいんだ」と興奮した。大学生の頃は確か年末には必ず見ていたのに、ここ最近はもっぱら思い浮かべるだけになってしまっている。

 今年は見たい。書いてたら余計見たくなってきた。見よう。未見の方は、この年末に以下をぜひ。


■『或る夜の出来事』
1934年/アメリカ/監督:フランク・キャプラ/出演:クラーク・ゲーブル、クローデット・コルベール他
家出した富豪の娘と失業中の新聞記者が、夜行バス車内で偶然出会う。もちろんお互いの第一印象は最悪。その後のドタバタと回り道はすべてハッピーエンドに直結しており、二人の旅路は、まるでピタゴラ装置を進むビー玉のような確信と安心感とドキドキに満ちている。トーキー映画5年目、スクリュー・ボール・コメディの傑作。

■『お熱いのがお好き』
1959年/アメリカ/監督:ビリー・ワイルダー/出演:トニー・カーティス、ジャック・レモン、マリリン・モンロー他
舞台は禁酒法時代のシカゴ。ギャングの抗争に巻き込まれたバンドマン2人が女装して女性楽団に紛れ込み、フロリダへ。寝台列車内でこっそりパーティーが始まり、楽団の女性歌手シュガーが隠し持ったウィスキーとベルモットでカクテルを作ろうとする場面が最高にたのしすぎる。

■『アパートの鍵貸します』
1960年/アメリカ/監督:ビリー・ワイルダー/出演:ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン他
保険会社のさえない平社員、バクスター。勤務評価を上げてもらおうと、上役たちに自分のアパートの部屋を愛人との密会用に貸し出しているが、ある日、部長の密会相手が憧れのエレベーターガールのフランだと知ってしまう。鍵とかテニスラケットとか鏡とか帽子とか隣人の医者とその奥さんとかバクスターが酒場で出会う変な女とか名刺ホルダーとか、小道具や脇役がいちいち印象的で記憶に残る。

■『未来は今』
1994年/アメリカ/監督・脚本:コーエン兄弟/出演:ティム・ロビンス、ジェニファー・ジェイソン・リー、ポール・ニューマン他
1958年のアメリカ、田舎からニューヨークに出てきた青年ノーヴィル・バーンズがハドサッカー社の郵便室に職を得るとほぼ同時に、同社社長のハドサッカー氏が重役室の窓から謎の投身自殺。後で株を買い占めて会社を乗っ取ろうとたくらむマスバーガー取締役がいったん株価を下落させるため、アホなノーヴィルを傀儡社長に就任させ、その人事をくさいと睨んだ新聞記者のエイミー・アーチャーが社に潜入し――ああ、あらすじって何て面倒でつまらないものなんだろう!映画は超おもしろいです。


You know for kids!


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