デッドコピー・マジシャンズ

 芸術が死んで、魔術が生まれた。

 数年前、今は永遠の秋に鎖される延暦寺の主、ホルヘ高浜が人類に許された最後の俳句の一パターンを詠み終えた時より、全既存ハイクは現実変容、時空干渉、その他あらゆる奇跡をもたらす聖句と化した。
 たちまちハイクは秘教化し、俳壇が世の全てを寡占した。そして、そこからボクは美を掠め取ると決めた。代わりに、ボク、怪盗デッドコピーの名のみを奴らは知ればよい。

 無機質な月面都市と不釣合いに豪奢な第三ルーヴル美術館は五分前より全てハイクで夢の中。守衛が機械人化していようが、量子的な監視網があろうが、ハイク三句しか知らぬ小娘の前に無力だ。
 真新しいペルシャ織赤絨毯をお嬢様気分でたどり着いた擬ロココ様式の展示室に至宝あり。この館の主たる俳人が作り、装丁のみを誇示したる初版俳約聖書だ。今や福音書の奇蹟さえ全てハイクに再翻訳され、再現されねばならぬ無粋を甘受する。恥じ入る書物に袱紗を被せ懐へ。
 そろそろ最初のハイクの効果が切れる頃だが、逃走経路は不要。集中し、世の理ロゴス威言ミュトスで曲げて、二つ目を紡ぐ。

「古池や・『買わず』飛込む・水の音」

 神秘十七音は世界に痕跡を残さず、しかし鬼語を核に超現実を塑造する。然り。地球の気候荒れ果て、月のそれは完全制御下の今、季語とは欺瞞か幽鬼ゴーストだ。
 ボクの足元に鈍く滲む抽象的な池が出現し、「カワズ」の同音鬼語が現世にそれを縫い付ける。概念の池を通り抜けたボクがアジト前、マロニエの枝越しに月を見る頃、現場に残るのはポチャリと間の抜けた音だけだ。

 大仕事だが、終わればチョロかった。そう思ったのも一瞬。背後の不吉な声にボクの背中は凍り付いた。
「ソレニツケテモ・カネノホシサヨ」
 うっそりと梵字刺青の暗殺僧侶……付句ツケられた!

 最後の一句は禁じ手。ボクは迷わず俳約聖書を開く。まずは奇蹟の力を見せてやる。

<下の句など無粋>


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