入院記 DAY 3

5:00 本当に採血実施きた。といっても自分は横になったまま、看護師が採血をやってくれる。もう針を刺されることに慣れてしまった。断続的に目を覚ましたり、夢がやけに鮮明で、友達が出てくる。どれも悪くない。

6:00 いつものように看護師が各患者の点滴を持ってきたり様子を見に来る。ほかの患者は、あれを食べたけど水になったとか、下してしまうとか、食事できても調子は万全ではないようだ。それはそうか入院してるから。

忙しなさ第2次は、8〜9時。廊下には動きがある。一人の患者のところへ医師や看護師がゾロゾロと何人も入ってくる影が見えたり、食堂や化粧室の清掃があり、働く人をよく見る。昨日は日曜だったから、今日のこの感じが通常なんだろう。

主治医と廊下で会い、採血の結果が良好とのこと。立ったまま片手でお腹を触診される。まだ痛いから、もうちょっと様子見ましょう!とのこと。順調に回復していて、絶食・点滴の効果はてきめんのようだ。

今日は病棟から見るに曇天で、雨も降ってる。飛び方の小さな鳥が11階よりも高く飛んでいく。平日の朝で傘を刺して川沿いを歩く人がそろそろ。ああ、修行に行かないっていいわあ。天候にも大きく気分を左右されない、人を避けながら駅のホームを歩かなくていい。ピュアにそう思った。

10:00 レントゲン撮影で別の階に来た。久しぶりに下界というか、いろんな人が行き交うところに出て、同じ建物なのに気が違う。レントゲンを終えて院内のコンビニへ行く。買い物する場所も数日ぶりで、ただの小さなコンビニでもワクワクする。ティッシュとヘアゴム購入。食べ物は見ても買えないから見ない。

11:30 看護師にシャワー申し出。シャワーを浴びるには、このずっとつないでいる点滴をどうにかする必要がある。管を短く区切り、針の部分で血が固まらないように水を注入し(このとき血管が冷たくなる)、それをネットでまとめ、ラップのようなフィルムでくるみ、さらにテープで固定。これを部屋で看護師がやってくれた。完了したとき、トイレも一緒だった点滴のあのコロコロから独立して、私は自由の身となった。点滴というのは大変だなあとつくづく思う。

友人Xから、調子はどうかと連絡がきた。”一週間絶食”とインスタに書いたものだから、それに驚いて流石に心配した人が多い。友人Xには、普段あらゆる話題や悩みを話しており、連絡が来たことで、なにか決壊したように手紙の如く長文ラインを送ってしまった。けどその報告をXは良かったと思ってくれていた。私は「むしろ楽しんでいる」といった内容を送った。今日感じたように、人がたくさんの電車に乗らなくていい、連絡とか無理に返さなくていい、洗い物しなくていいなど、日常と違って様々なことが免除されていて、食事はできなくとも必要な栄養は寝てても与えられるから、幸福度の方が高い、と。これは、私のように極度の痛みや苦しみや辛い治療がないケースに限る。(その治療がこの先ないかは今後の経過次第だが)

生きていると、やらなきゃいけないことがあまりに多い。赤ちゃんみたいでいられる今がすごく楽だ。本当は今日洗濯物すべきと思ったけど、明日でも構わないから明日に回そ…
人生ってなんだろうって思えてきた。健康が一番なのに、健康になったら、あの下界に降りて、また電車に乗って、修行に行ったり、なんか色々やったり、この後請求されるであろう入院費用を支払わなくてはならない。楽をした分、もちろんツケは回ってくるのだが。そのことを考えると面倒だ。ちゃんと考えたら頭が重くなりそう。ええっと、人生って…時刻にして13時すぎだろうか。この時間は一番自然光がいい感じに室内にたっぷり入り、カーテンが真っ白になる気持ちのいい時間だ。考えようとしながらうとうとと眠りについた。この間も看護師が抗生剤を落としに来てくれ、眠りかけていた私は横になりながらそれをやってもらい、また眠りについた。

目が覚めた。うとうとしていたとき、自分は、下界にはおりたくない、面倒くさいと思っていた。家事や仕事に追われる母が一度私のように軽症で入院してみればどんなに「楽だ」と思うだろうかとも考えた。でも母には入院するほどの病気をしてほしくない。トイレに行くために立ち上がり、景色が見えるところまで歩いてみると、曇天の隙間から局所的に日がさして光の線が見える場所がある。きれい。燕もたくさん飛んでいて、なんと美しいんだろうと思った。どうして、身近な人をはじめ多くの人が、私も、働いているのにたくさん貯金ができなくて何かに追われながら暮らしているんだろう。そうしなきゃいけないんだろう。なんだか涙が出てしまって、自分の部屋に戻って、久しぶりに泣いた。私は退院して、下界に降りて、社会に出て(修行するとか買い物するとか)、面倒くさいことやって、身近な人の労力を少しでも減らしたい。鮮明な夢に出てきた親戚のおばちゃんや、母さんのことを思い出して涙がいくらでも出てきた。キリのいいところまで。

共有ルームにて。ナトリウムっていうのは電解質なのか。「吐き気と食欲がない」ここで毎日のように電話で元気に話をしている車椅子の爺さんは、そんな症状があったのか。たまたま内科医が来て、ナトリウムが減ってきてることも関連してるかもしれないです、と。

18:30 先週の誕生日に2人の友人からプレゼントにお菓子を贈られたのだが、私が入院した当日に届いたらしい。これは期限が短いはずだから、どれもこれも入院のための準備をしてくれた家族に食べてもらうことにした。好物の菓子を2つも食べ逃すことは悔やまれ、それが文面に滲み出たのか、兄が「もし早く退院したときのために何個かとっておこうか?」と提案してくれた。優しい…その頃の食事制限はわからないが一応とっておいてもらうことにした。さっそく、菓子を食べた感想も教えてくれた。みんな優しいなり。今日はもう泣いちゃうなあ。

そしてもう一件。百貨店から電話が来ていた。何週間か前、店で買った最中を開封したところ、生きていない小さなアリさんが入っていて、一応お店に報告した。その後、工場からの説明と詫びの品があるとのことで、私にお送りしたいとのことだった。あれまあ、1個の最中が6個に!そんなそんないいのに〜、と思いながらも既に用意してあるなら頂くことにした。これも、家族に食べてもらう。

これについて母にラインで説明したところ「次はありんこさん最中か、待ち遠しいなあ」と来て、病床で一人笑ってしまった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?