911
もしホテルで働いたら、あのフロントにいる綺麗なお姉さんと付き合えるんじゃねーかと、安直な発想で応募したホテルのバイト。
採用されたはいいが、シフトってもんがあって、バイト君はお姉さんがいない夜のシフトしか入れず、出会いのチャンスすら与えられていない事が判明した。全くとんだ所にバイトにきちまったもんだぜ。
ある日のフロントに、派手なスーツにサングラス、髪型はテカテカに固めたオールバック、足元は白い革靴、そんないかにもな反社ファッションでキメたコワモテの怪しいオッさんが現れて、黙って俺に手の平を差し出してきた。
「お客様、お名前は?」
「あ?」
「お名前は?」
「貴様!俺の名前を知らねぇとは、何者だ?」
いきなりドヤされた。
奥から支配人が慌てて出てきて、平謝りだ。
「あのオッさん、何モンすか?」
「ああ、お前にはまだ教えてなかったな。会長だよ」
「会長?あんな人がここのホテルの会長なんですか?」
「違う、違う。どっかの恐い組織の会長さんだよ」
「恐い?そしき?・・・すか」
「住んでるんだよ」
「え?」
「このホテルに住んでるんだよ」
「ええっ?」
「ここなら毎日、掃除もしてくれるし、セキュリティも24時間365日対応だからな」
「はあ」
「よく覚えとけ。911号室だ。次からは、顔見たらスッとキー差し出せよ」
留学生のジョージが突然歌いだした。
「ゲタップ・ゲッ・ゲッ・ゲッダウン・911イザ・ジョーク・ヨータン、ゲタップ・ゲッ・ゲッ・ゲッダウン・911イザ・ジョーク・ヨータン・・・」
「なんすか、それ?」
「会長の歌だヨ。オレ、これで覚えたヨ。アト、キー差し出す時に「お帰りなさいまセ」って必ずソエテ言ってネ。ジャないとまた、支配人がレッカの如く怒られちゃうからネ」
「はあ」
「あとな、一番注意しなきゃいけないのは、電話の取り次ぎなんだ。必ず掛けてきた相手の名前を確認してから、会長に取り次ぎしなきゃいけないんだ。そのルールが守れないと、ここでは働けないからな」
「ゲタップ・ゲッ・ゲッ・ゲッダウン・911イザ・ジョーク・ヨータン、ゲタップ・ゲッ・ゲッ・ゲッダウン・911イザ・ジョーク・ヨータン・・・」
「・・・。」
冗談じゃねぇ。全くとんだ所にバイトにきちまったもんだ。
だが、しばらくすると会長の取り扱いにはすっかり慣れてしまった。寧ろ、あまりに刺激の無い退屈なホテルの日常業務に飽き飽きし、会長の存在を楽しんでさえいる自分がいた。
電話がきた。
「会長、お願いします」
「(こいつは、タカヤマだな。)失礼ですが、お名前、お伺いしてもよろしいですか」
「タカヤマです」
俺の中でタカヤマは、常に冷静なキレ者の幹部といったイメージ。演じる役者は、眼鏡をかけた豊川悦司。人呼んで、カミソリ・タカヤマ。
「あ、会長お願いしますぅ」
「(こいつは、マツザキだな。)お名前、よろしいですか」
「トチギのマツザキですぅ」
田舎訛りのマツザキ。朴訥な栃木支部長。普段は穏やかだが、キレると手がつけられない男。演じる役者は、吉幾三。人呼んで、不動のマツザキ。
「会長いる?」
「(きたきた、コンドウだな。)お名前、よろしいですか」
「コンドー」
ぶっきらぼうなコンドウ。狂気を宿したスリムな武闘派。演じる役者は、渡瀬恒彦。人呼んで、狂犬コンドウ。
ある日、いつも冷静なカミソリ・タカヤマから慌てた様子で電話がかかってきた。
「会長いるかな?」
「お名前をお伺いしてもよろしいですか」
「タカヤマです」
「・・・お繋ぎしましたが、お出になりません」
「そんなはずはないな。悪いけど、もうちょっと鳴らしてもらえるかな?」
「かしこまりました。(ったく忙しい時に勘弁してくれよ。会長、いい加減にケータイ持てよな)・・・・・・やはりお出になりませんね」
「おかしいな・・・あんた、悪いけどちょっと部屋見てきてくれないかな」
「え?」
「頼んだよ」
マジか・・・。朝の早い時間は、フロントには女子の社員しかいない。女性を部屋に行かせると、なぜか会長は物凄く機嫌が悪くなる。ここは、俺が行くしかない。
憂鬱な気持ちでエレベーターに乗る。ゆっくりと箱がリフトアップする。程なく最上階に着き、フロアの1番端の部屋911号室へと向かう。部屋の前に立ち、えんじ色の分厚いドアをノックする。・・・返事は無い。
少し強めにノックする。・・・やはり返事は無い。
嫌な予感がよぎる。震える手でマスターキーを挿し込み、キーをネジってドアを押し開ける。
大きなテレビの音。いた。パンツ一丁でベッドに寝てる。まさか?!
「会長!」
「ああ、ああ、あ、あ、ああ、あああ!なんだ?!朝か?」
そこには、ツルッパゲの貧相な体をした爺さんが、パンツ一丁で立っていた。オーラのカケラも無い。まるで、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる子泣き爺じゃないかよ。しかも、笑っちまう事に、なぜか首からデカい掛け時計をぶら下げていたんだよ。
ああ。お察しの通り、最後の「掛け時計を首からぶら下げ」のくだりは、俺が考えた創作だ。
ゆっくりと下がっていくエレベーターの箱の中で、俺は1人、ニヤニヤしながらライムを口ずさんだ。思えばあの頃、俺の心のベストテン第1位は、いつもこの曲だった。
ゲタップ・ゲッ・ゲッ・ゲッダウン・911イザ・ジョーク・ヨータン、ゲタップ・ゲッ・ゲッ・ゲッダウン・911イザ・ジョーク・ヨータン、チェッキ・タウト!ボイ〜ン!
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