世界一おいしいカレー

何はともかくカレーが食べたいのである。


諸兄の皆様におかれましては、「カレーといえば辛口だ!」とか、「カレー?うふふ、わたくし三つ星ホテルのビーフカレーしか頂きませんの」やら、「ウチのバタチキンカレー!オイシイ!!」みたいに、思い思いのカレーを心に飼っていらっしゃることだろう。

私もそうであるように、カレーとはまさに千種万様の代物なのだ。嫁姑戦争は元より、将来カレーが離婚の理由となることももはや必定であろう。

話が少々横道に逸れるが、(コロナ禍の現状、散歩という行為に飢えているだろう皆様にはむしろ大歓迎だろうか?)心の風景ならぬ心のカレーといえば、まさに実家のカレーであった。

母は、調理師免許を持っている。
しかし彼女のカレーはとにかく雑だ。キノコなんかは可愛いもので、オクラとか、ほうれん草とか目についた野菜をアレンジと称してブチ込むのが趣味なのだ。拳1/2くらいのデカいジャガイモがゴロンゴロンしたカレーはサラッサラで(シャバシャバとも言う)、勿論日によって味も変化する。
でもそんな違いが愛おしい、付き合いたての彼女のようなカレーだ。スープ状のね。

父は、何かと凝り性だ。
そんな彼のカレーはとにかく繊細らしい。鶏肉は錦市場で良いものを買い付け、野菜は自分で目利きしているようだ。市販のルーは使わず、何種類ものスパイスを駆使してなんか夕方から21時くらいまでずっと作っている。

そうして丹精込めて作られたカレーは、

漢方の味がするのだ。

言うなれば、思春期ニキビに悩んで連れて行かれた病院の院長が漢方マニアのおじいちゃんで、これが一番効くから!ネッ!と手渡された馬鹿みたいな量の漢方の味に似ている。いや、そのままかもしれん。入れたのか?私の処方箋入れたの?

そんなこんなで1人暮らしを始めるまで、私の中のカレーはスープと漢方の二択だった。

閑話休題。

そう、人によって心のカレーなんて違って当たり前なのである。私が前述のそれを真っ当なカレーであると主張することはないが。
だが考えてみてほしい。お外で食べるカレーは美味しくて、だれが食べても丁度いい辛さで、何ならエビフライとかも乗っている。
なんぼ心のカレーが実家のものであろうと、所詮いちばん美味いのは外食のカレー。
お家のコンロクオリティが勝てるわけがないのだ。みんな家のカレーが一番とか言いながら、どうせサンマルコとか好きだろう。
ならば世界一のカレーは?
そう、サンマルコに決まっている。

…と、いうのが数ヶ月前までの我がカレー論だ。 

そろそろもうお気づきの方もいるかもしれないが、このノートは美味いカレー屋を紹介するみたいな中堅芸人のノリで書いたものではないことを、ここで断っておく。大体世界一なんて人によって違うじゃんね。心の大悟もそうじゃそうじゃと言っています。
冒頭でもお伝えしたように、何はともかくカレーが食べたくて食べたくて仕方なかったのだ。たいして好物じゃなくても意識するほど食べたくなるアレが、自粛期間中の私を襲ったのだ。
サンマルコ?開いている訳がない。そもそも垢抜けてない都市代表の奈良にあるわけもない。
じゃあどうしよう。

作ろう。

ここでようやくこのノートの本旨に入っていくのだが、飽きてしまった諸兄は文末へスクロールして頂いて構わない。


私は両親のようにはならない…!と固く決意し、さながらリチャード1世のような足取りでスーパーへと向かった。とりあえず豚肉が安かったのでカゴへ。ジャガイモも玉ねぎも新鮮さとかの違いがまるで分からんので、手に取ったものをカゴへ。人参は入れるやつの神経がわからん。
そして人気も高くハズレが無いとされるジャワの辛口ルー(ネット調べ)をカゴ…へ…

私が食べたいのは、果たしてこれだろうか。

サンマルコの辛口エビフライカレーがたべたい!!!という心の叫びは尤もであるが、エビフライを乗せる余裕はなく、安い豚コマを先ほどカゴに入れたばかり。それがジャワに全てお任せすればサンマルコのカレーになるとでも?答えは否。そもそも今日のシェフは私なのだ。無論サンマルコなら皿洗い配属である。私はそっとジャワを棚に戻し、少し目を閉じた。向こうから主婦が来ている気がしたけれど、構わず目を閉じた。
私の脳裏によぎったのは、幼い日の記憶だ。台所に立つ母。蜂蜜を差し出す私。赤いリンゴ。ふわりと漂うカレーの匂い。

(バ、バーモント…?バーモントなの…?)

生き別れの兄弟に再会したようだった。主婦はもうそこまで来ていた。
私はもう、迷わなかった。

「お会計が1166円になります」
「あ、袋持ってますう」

家に帰ってから材料を確認すると、可笑しいくらいにカレーの準備が整っていた。私、カレー作るんじゃん。え?どうやって?最後の手作りカレーとか昔すぎてなーんも分からん。米炊くことしか分からん。
"カレー" "1人分" "豚"
小峠が見たら「そのままかよ!!!」と突っ込まれそうだがそれだけで十分だった。クックパッド未満の個人サイトを頼りに、ジャガイモを切り、レンジでブン。玉ねぎは細いくし切りにして、塩胡椒と油で軽く炒める。いい匂い。透き通ったそれをアツアツのまま齧ると、甘くて、ちょっぴり辛かった。豚肉を入れて、色が変わったらホコホコのジャガイモを取り出してゴロンゴロンと加える。これにコンソメ入れたらもう立派な料理なのに。水を入れ、沸騰すればすかさず火を止めて、蜂蜜をひと回し。いやふた回し。そしてぽとんとひとつルーを溶かした。どうしよう、もうカレーのにおいだ。シャバシャバなのでもう一欠片。火を入れて数回くるくる混ぜると、何てことだろう、これはカレーじゃないか!

「いただきます」

炊き立てのお米にホカホカのルーをかけたそれは、私が食べるのを今か今かと待ちわびていた。
米をスプーンひとさじ。たっっっぷりのルーを絡めてひとくち。甘い、甘ーい!記憶の中で一番甘いとびっきりの甘口カレーだ。熱々の米!豚もやわらかい!ジャガイモはとろとろ!玉ねぎ甘!おいしい!
夢中で匙を進めていく。

ああ、わたし、甘口カレーが好きだったんだ。
なんか通ぶってサンマルコとか言ってたけど、世界でいちばんおいしいのは、自分で頑張ってつくった超甘口のカレーだったんだ!
いつしか脳内で、あるイメージが浮かんでくる。

成田凌がひっそりと微笑んでいた。
そして私に楽しそうな声でこう言うのだ。

「こんな超甘口のカレーが好きなの?えーじゃあ、離婚しちゃうかもね。…俺以外なら」

甘ーーーーーーーい!!!!

(特別出演:スピードワゴン井戸田)

なんだこれ、なんだ、いくらでこの生活は手に入るんだ?と言うかどこにいるんだ成田凌。
し、し、渋谷とかに行ったらいるんか?
新宿でも良い。何なら赤羽に居たって良い。

ところで、ここまで全て一人芝居である。テレパシーが使えなくて本当に良かったです。


というわけで、ここまでノートを消費して私が言いたかったこととはつまり、映画「人間失格」の成田凌のビジュアルは最高ということだけだ。本編も面白いので是非見てね。瀬戸康史も出る。

さて。スクロールの諸兄におきましてはなんのことやら分からないだろう。つきましては私がスーパーへと出陣したあたりからもう一度読むことをお勧めして、この拙文の結びとさせて頂きたい。

これを読んだ同居人が明日も口をきいてくれますように。              

おわり。

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