来週の相場見通し(9/5~9/9)
1.はじめに
ジャクソンホール会合後の市場の動向は、株安が大きく進行した。米金利はじわじわ上昇したものの、それほど極端な動きではない。こうした中、米国の経済指標では、米国経済の底堅さとインフレ圧力の鈍化を示すものが相次いでいる。ようするに、FRBが景気をオーバーキルすることなく、インフレを抑制できる可能性が再び回復しているようにも見えるが、米国株式市場のムードは弱い。今週は、米国政府がエヌビディアなどの米国の半導体企業に、最先端チップの中国への輸出を禁止する報道があったり、中国における四川省でのロックダウン、ノルドストリームの稼働停止の延長など、なかなか株式市場には厳しいニュースが相次いだ。こうした中、為替市場ではあっさりとドル円は140円台に到達している。ドル高は新興国債務問題にとって脅威だが、今のところ新興国のクレジット問題は一部の国に限定されている。まずは、雇用統計から見ていこう。
2.米国雇用統計
8月の米国雇用統計は、非農業部門の雇用者数が31.5万人の増加と堅調な伸びを示した。FRBにとって嬉しいのは、労働参加率が急上昇して、労働市場に人が戻ってきたこと、その要因で失業率が3.7%に小幅上昇し、平均賃金の伸びが前月の+0.5%から+0.3%に鈍化したことだろう。FRBにとっては理想的な内容だ。但し、この労働参加率上昇の継続性には、依然として不安を感じる。下のチャートは、労働参加率全体の推移だ。コロナで大きく落ち込んだあと、ゆっくりと上昇しているものの、まだコロナ前の状況には戻っていない。
この労働参加率を25歳から54歳に絞ったのが下のチャートだ。今回のデータでは82.8まで回復した。コロナ直前の2020年1月が83.1なので、ほぼ回復したことになる。(下図)
これに対して、問題は55歳以上の労働参加率だ。(下図)今回もまた低下した。コロナショックで落ち込んだ後の回復がいかに鈍いかが分かるだろう。この55歳以上の労働参加率が上向かないと、全体の労働参加率は上昇を維持することは難しい。
下の図は米国の世代別人口である。単位は百万人だ。米国ではブーマーと呼ばれる1946年〰1964年生まれの世代と、ミレニアルズという1981年〰1996年生まれが人口が多いゾーンとなる。米国の労働市場が供給不足である要因は、もちろんコロナによる価値観の変化やアーリーリタイヤなどの要因も強いが、そもそもこのブーマーの退職時期であることも影響している。ちなみに、米国の住宅市場が利上げの影響は受けているとはいえ、水準として底堅いのはミレニアルズの世代が家を買う需要時期にあるからだ。人口動態というのは、今も昔もかなり経済へのインパクトが大きいのだ。
いずれにしても、米国雇用統計後は、賃金インフレの鈍化と、労働参加率の改善を受けた小幅な失業率の上昇を好感し、米金利は低下し、リスク資産は大きく上昇した。これが、雇用統計に対する市場の反応である。しかし、ロシアが点検作業の終了後も、欧州へのノルドストリームによる天然ガス供給ができないと発表し、市場ではある程度予期していたとはいえ、株式市場は暗いムードで結局は大きく下げて引けた。本来なら、金利低下を好感して、米国株が上昇して、債券市場も株式市場も買われるゴルディロクス的なムードで週を終えられる展開だったが、そうはならなかった。そうはならなかったが、雇用統計後の市場の本来の反応は重要であり、来週以降の相場の参考にすべきと思われる。
3.市場の利上げの織り込み
毎回、恒例の市場のFFレートの織り込み状況を確認しよう。9/2時点で市場は来年3月に3.83%まで利上げを行ったあと、来年末までに3.47%まで利下げが実施されることを織り込んでいる。雇用統計を受けてターミナルレートがやや低下した。雇用統計直前までは、市場は来年3月までに3.93%までの利上げを織り込んでいた。それが、ここまでのピークの織り込みだ。
いずれにしても、市場が織り込むターミナルレートの水準は、FRBが9月で示すと思われるドットチャートと大きな乖離がなくなっている。今の段階で市場が4%を超える水準まで織り込むのは難しいだろう。つまり、2年金利の上昇もそろそろ鈍化するはずだ。また、市場はFRBがあれだけ、来年の利下げを否定して見せても、未だに利下げをを織り込んでいるが、私はこの構図は変化しないと考えている。何故なら、現時点では市場は来年末に3.47%までの利下げを織り込んでいるが、それでも中立金利の2.5%より1%も高いレベルだからだ。市場が中立金利よりも下に利下げを織り込むことはないだろうが、インフレの鈍化傾向がちらつく中にあっては、市場はFRBが何を言っても、中立金利よりも上の水準での先行きの利下げは織り込み続けると思われる。従って、米国の長期金利も需給が崩れて一段と金利上昇するリスクはあるものの、せいぜい3.5%程度が上限で、どんどん上昇していくとは思えない。
もちろん、長期金利上昇のリスクもある。9月からFRBの量的引き締めペースが加速する。海外投資家は既に調達コストが高く、米国債投資は逆ザヤになってきており、9月の入札からは需給に不安がある。また9月のFOMCで75bpの利上げが実施された場合、FF金利は3.25%となり、10年金利と逆イールドになる可能性がある。FRBはこうした形状を、金融政策の安定上好まない可能性があり、その場合には長期金利を上昇させるべく、敢えてバランスシート縮小への言及を強める可能性がある点は要注意だ。本当にFRBがバランスシート縮小ペースを速めなくても、そういう議論が出てくるだけで、長期金利は反応する。FRBが久しぶりにフォワードガイダンスを使って、米長期金利の上昇を促して、過度な逆イールドを解消させるシナリオは念頭に置いておく必要がある。いずれにしても、私は今後はどこかの段階でFRBのバランスシートの適正な規模や、その縮小ペース、利上げを相殺する効果など、バランスシート議論が中心となると考えている。
4.実質金利について
FRBメンバーの最近のコメントは実質金利に関するものが目立つ。FRBは実質金利を引き上げたい意向であるため、期待インフレ率が低下するかどうかが重要だ。期待インフレ率が下がらないと、名目金利が上がる必要がある。逆に期待インフレが大きく低下すれば、名目金利が上がらないでも実質金利は上昇する。下のチャートは、期待インフレ率であるが、ジャクソンホール会合以降で低下している。但し、それでも2.5%近辺であり、低下ペースは鈍い。あれだけFRBがタカ派コメントをしているなかでは、もう少し低下しても良いようにも思えるが、なかなか簡単ではなさそうだ。
実質金利については、その水準と上昇スピードの2点が重要だ。まず水準からだが、足元の実質金利はじりじりと上昇してきた。現在は70bp程度であり、6月の今年の最も高い水準である80bpに迫っている。しかし、過去との比較で見れば、80bpという水準そのものは、決して金融環境としてタイトな状態ではない。2018年時はディスインフレ状況であるが、その時でも現在よりも高い水準である。さらに、2018年当時のFRBのバランスシートの規模は現在の半分だ。すなわち、未だにFRBは激しい利上げをしているとはいえ、金融環境的には実質金利の水準とFRBのバランスシート残高を考慮すると、それほど厳しい環境になっていないのである。つまり株式市場には実は絶対的にはサポ―ティブな環境が継続中なのだ。但し、株式市場は絶対的ではなく、相対的に動く。つまり今の環境は実はサポ―ティブであっても、今年の前半よりはかなり厳しい状態になっている。その良い状態からの変化でモメンタム的にはネガティブに反応するのだ。
次に実質金利の上昇スピードだ。これは3月から6月の実質金利上昇は強烈だったが、足元の実質金利上昇ペースは鈍い。実質金利の上昇ペースという面では、かなり市場には安心感があり、これが足元の株式死蔵が弱いとはいえ、6月のようなパニック売りになっていない要因だと思われる。
話がややこしくなったので、整理しよう。こういうことだ。「足元では実質金利が今年の高値である80bpに迫っており、短期的に株式市場には警戒材料となっている。しかし、その上昇スピードは弱いため、パニックは起こっていない。実質金利の上昇が一服すると、市場は冷静に実質金利の水準と金融環境の厳しさに注目をし始める。よくよく冷静に眺めると、実質金利の水準や巨額のFRBのバランスシートの存在から、それほど金融環境は株式市場にとって厳しくなっていないことに気付く」こういう流れではないだろうか?
5.インフレ鈍化傾向について
米国のインフレについては、7月個人消費支出デフレーターが前月比▲0.1%と2020年4月以来の前月比マイナスとなった。FRBが重視するPCEコア指数は前月比+0.1%と前月の+0.6%から大きく減速し、米国の物価にピークアウト感が出てきた。
ISM製造業指数におけるインフレ関連、サプライチェーン関連の項目も改善している。下のチャートが示すように、単月ではなく、傾向として支払い価格、入荷遅延ともに低下しており、コロナによるサプライチェーン問題は、ほとんど終息してきたと言えるだろう。来週はISM非製造業の指数が出るが、同じ傾向になるだろう。
インフレについて、改めて考えてみよう。下の図は2010年代のディスインフレの要因と、足元のインフレ圧力を整理したものだ。
2010年代は中央銀行がディスインフレに悩んだ時期であり、色々な研究が行われてきた。ディスインフレの要因としては、世界のグローバル化によるジャストシステムが挙げられる。世界で最も安い場所で製造し、必要な時に必要なだけ、それを流通できる仕組みであり、確かにグローバル化はディスインフレ圧力となるだろう。これが、現在はウクライナ戦争や米中対立により、グローバル化の反転が進行しているのでは?という議論がある。私は、確かにそういう傾向はあるものの、世界のグローバリズムはそう簡単に後退できるものでもないと考えており、半信半疑ではある。次に技術革新と高齢化だが、これは一段と進行しており、今でもディスインフレ圧力となっているだろう。そして貧富の格差は、自然利子率を低下させることが知られている。自然利子率の低下は、ディスインフレ圧力だが、コロナによりその傾向は改善よりも悪化しているだろう。つまり、ディスインフレの要因は、決して消えてなくなったわけではないということだ。
では、何故インフレなのか?新たなインフレ要因が強力だからだ。1つは安全保障コストだ。米国は何かと中国への先端技術開発を遅らせるべく圧力をかけている。今では、安全保障のコストは必要なものになった。それらはインフレ要因だ。そしてコモディティ価格、エネルギー価格の高騰は分かりやすい形で起こっている。脱炭素への移行の難しさ、急速な脱炭素社会を目指した歪に加えて、資源国家が戦略的な意図を持って、それを利用していることが原因だ。この流れも簡単に改善しないだろう。そして、労働供給不足である。米国で顕著だが、景気動向とは関係のない、人口動態による供給不足が起こっている。このようにディスインフレ要因はあるものの、新たなインフレ要因が足元では勝っているのだと思われる。しかし、これは継続するだろうか?現在、先進国を中心に莫大な設備投資が行われている。詳しくは書かないが、半導体の大規模工場が次々に建設され、24年頃からは稼働してくる。LNGプラントやパイプラインなども24年頃から稼働してくるだろう。新たなインフレ要因に対応するため、政府や企業は対応を図っているのだ。それらが動き始めたときに、逆にもの凄いディスインフレの世界に逆戻りするのではないか?すなわち、再び中央銀行は強力な金融緩和の時代に戻るのではないか?そして金融相場により、結局、また株式市場などの資産価格は恩恵を受けるのではないだろうか?これは、私の中期的な問題意識である。
6.株式市場について
日経平均株価は過去のアノマリーでは強い季節に突入する。過去10年間で8月末と12月末の比較は9勝1敗で、平均上昇率は10.5%。特に9月は過去5年間連続高を記録している。過去5年の9月平均上昇率は3.8%と極めて強い。一方で米国株(S&P500)の9月は弱く、過去5年の平均は▲0.92%で、特に過去2年は大きく下げている。つまり、日米株がデカップリングしやすい時間帯に入ったと思われる。
日本株への海外投資家の資金フローであるが、8月の第4週目まで公表された。第4週目は売り越しとなっているが、依然として8月は月間ベースでは8千億円程度の買い越しだ。足元では売りは広がっている可能性はあるものの、売られたら買い戻される展開が想定される。
今年の日経平均はPBR1.1倍がサポート、1.25倍がレンジの上限で推移してきた。足元の地合いは悪いものの、2万7千円近辺の買い需要は多いと思われる。
7.来週について
来週のECB理事会への注目度は高い。ECB内ではレーン氏が50bpの利上げ、シュナーベル氏が75bpの利上げを支持してる。この相違は単に25bpの差ではなく、前者がこれまでのECBの漸進的アプローチを踏襲するのに対し、シュナーベル氏は「大いなる変動の新時代に突入」したとの認識の下、中央銀行はとにかく利上げをし、それによる経済のダメージは政府が担うべきとの立場であり、仮に75bpが決定された場合には、今後のECBの動向にとって大きな転換点となる可能性がある。ロシアがノルドストリームの供給を再開していない。ECB理事会まで圧力をかけ続けるのだろうか?天然ガス高騰、ユーロ安リスクに注意したい。中国が四川省のロックダウンに動いた。ここは自動車工場やスマホ工場の集積地である成都市がある。四川省は人口8千万人を超え、成都市だけでも2千万人以上の大都市だ。このロックダウンの状況次第で、株式市場の上値を重くさせる威力は十分あるだろう。引き続き難しい相場環境が継続するが、私としては雇用統計後の市場の素直な反応を重視したい。ISM非製造業でもインフレ鈍化が確認できれば、ひとまず米長期金利圧力は緩和し、米国株も反発すると見ている。日本株は季節的に強く、2万7千円は堅いだろう。予想レンジは27,200円~28,000円程度を見込む。