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来週の相場見通し(5/9~5/13)

 米国市場が荒れている。4月は月間でナスダックが13%以上の下落となった。これはリーマンショックの2008年10月以来である。また、通常これだけ株価が下落する際には、質への逃避から債券は買われるのだが、今回は株安、債券安が同時進行している。これは年初からのマーケットの特徴だ。いわゆる株と債券の逆相関によるヘッジ効果が効かないどころか、同時にダメージを受ける展開であり、これはもちろんインフレへの警戒感に起因しているものの、マーケットは非常に重要なポイントに差し掛かっている。

 まずは最近の経済指標から確認しておこう。日本のGW中に米国では重要な経済指標が相次いでいる。ISM製造業指数は総合で55.4と前月から予想外の低下となった。注目されている仕入れ価格はやや鈍化したものの、入荷遅延に改善は見られず、相変わらずサプライ・チェーンの回復は緩慢であることが示された。
(ISM製造業)

(ISM製造業)

次にISM非製造業であるが、総合では57.1とやはり前月から低下したうえ、仕入れ価格、入荷水準ともに悪化した。インフレ圧力の広範囲な広がりが懸念される状況だ。

(ISMサービス業)

次に求人件数だが、下のチャートのように過去最高を記録した。なんと11、549千件である!そして退職者も過去最高の450万件に達したと発表された。企業にとって労働者を確保することがいかに厳しい状況であるかを象徴するデータだろう。

(求人件数)

週末の米国雇用統計では、非農業部門の雇用者数は42.8万人と市場の予想を上回った。失業率は3.6%、平均時給は前月比で+0.3%とやや鈍化した。前年比では5.5%の伸びだ。市場では平均時給が鈍化したことを、賃金インフレがやや和らぐかもとの期待もあるが、一方で労働参加率が前月比で大きく低下しており、やはり企業の労働コストはそう簡単に下がらないとの見方も強い。

(労働参加率)

次にFOMCであるが、今回のFOMCについて重要なポイントは、会合そのものではなく、市場の値動きである。会合自体は、大きなサプライズはなかった。50bpの利上げが予想通り行われ、6月からの量的引き締めのスタートも決定された。やや意外だったのは、パウエル議長が6月と7月のFOMCで50bpの利上げが行われる可能性が高いと示したことだ。通常、FRBは次回のFOMCの予告はしても、次々回の予告はしない。これは意外感があった。さらに市場で警戒されている1回あたりの75bpの利上げに否定的な姿勢を示したことだ。マーケットは、これをハト派的と受け止めたほか、FOMCをサプライズなく通過したことの安心感から、この日はダウが1000㌦上昇し、金利も小幅低下した。ちなみに、75bpの利上げというのは、1990年以降では1994年11月の1回しか前例がなく、FRBにとってもかなり異例の事態となる。つまりは、ここまでのインフレの見極めとそれに伴う判断の失敗を認める行為でもあり、それなりのハードルは高いはずではある。

マーケットは、FOMC直後は明るいムードが広がり、特に下落の激しいナスダックについては、ようやく底入れか?との期待感も出ていた。しかし、翌日の市場ではダウは1,200㌦の急落となり、ナスダックは一時6%を超える下落となった。そして、米国の長期金利は急上昇し、3.1%台をつけたのである。何が起こったのか??何も起こっていないことがポイントなのだ。前日にあれだけの好ムードになった相場が、それから24時間後に何の新たな材料がないなかで急変した。何もないのだ・・・
市場では、FRBのハト派的な姿勢でインフレが抑制できるかに疑問が付き、マーケットがクラッシュしたとの解釈も出ているが、それはない。何故なら期待インフレ率が低下しているからだ。このマーケットが荒れた日に、期待インフレ率が急上昇し、それに伴い長期金利が上がることで、市場が壊れたのなら、恐らくその解釈は正しいだろう。しかし、期待インフレ率は低下しているのだ。4/21に期待インフレ率が3%を上抜けた翌日の市場でダウは、1000㌦下落した。しかし、今のところ2.8%台で膠着している。

(期待インフレ率10年)

但し、少し警戒すべき動きは出ている。下は期待インフレ率の2年である。FOMCの翌日の株が急落した局面では、2年の期待インフレ率も低下していた。従って、あの日の株価の急落とは関係がないものの、週末のマーケットでは2年の期待インフレ率が急上昇している。かなり大きな上昇であり、市場は後付け的に、FRBがインフレを抑制できないシナリオを見込み始めているとも言える。

(期待インフレ率2年)

では、あのFOMCの翌日の市場では何が起こったのか?ポイントは、FOMCの後も米国の長期金利は小幅にしか低下しなかったことにあると見ている。つまり、FOMCがハト派と解釈されても、米長期金利はほとんど低下しなかったのだ。そして、市場では債券ファンドから大量の資金流出が出たのであろう。これは、どういうことかと言えば、市場における大きなテーマである「過去40年の金利低下トレンドは完全に終焉したのか?」というテーマに対して、「完全に終了した」と考えるプレイヤーが優勢になったということだ。私は、それは米長期金利が2018年の高値である3.25%を上抜けると、市場では金利低下トレンドの完全終焉の声が強まると考えてきたが、どうやらもうその展開を織り込んで、市場は動き始めたように思える。これまで米金利低下トレンドが継続している間に、リスクパリティ戦略が大量に組み込まれてきた。債券と株式等を組み合わせてリスクを均等化させてバランスを取る戦略だが、基本的には債券の組み入れ比率が大きくなる。そういう戦略は過去40年の金利低下トレンドが終焉したなら、抜本的な見直しが必要となる。足元ではこうした戦略が急速に修正されているのだろう。従って、期待インフレ率が安定している中で、名目金利がするする上がり始めているのだ。これにより、実質金利も急速に上昇している。実質金利の上昇はインフレ抑制効果には繋がるが、もちろん株式市場には大きなプレッシャーとなる。下のチャートは年初からの実質金利10年であるが、年初のマイナス100bpを超える水準から、もうプラス20bpの世界に突入している。かなり急激な環境変化と言えるだろう。

(米実質金利)

但し、2年の実質金利について言えば、上昇はしているものの、深いマイナス圏であることに変わりはなく、これがいずれFRBは75bpの利上げ等に迫られると見られる要因である。インフレ率が8.5%もあるのに、短期の実質金利がマイナス圏の状態では、来年に2%台へインフレを低下させることなど不可能と考えるのは、それほどおかしくないだろう。

(実質金利2年)

いずれにしても、FOMC翌日の株価下落、金利上昇が市場に与えた傷は小さくない。ボラティリティを引き上げてしまった。VIX指数が35を超えていけば、売られ過ぎの反発が期待できるのだが、25~35で高止まりする状態は、株価を不安定にさせる。だらだと売られやすいのだ。足元は、そのような気配が漂っている。

(VIX指数)

また、ボラティリティが高いのは、株式市場だけではない。下のチャートは、債券の変動率を示すMOVE指数であるが、これも右肩上がりで上昇してきている。そして、市場が注目する長期金利の3.25%を超えていく場合には、更に上昇するだろう。

(MOVE指数)

市場のボラティリティが高いこと自体が、株にとっても債券にとっても良い事ではないが、こうした中、最も脆弱な市場であるハイイールドの市場も少しずつスプレッドが拡大してきている。まだ危険なレベルではないものの、5%を超えてくる場合には注意したい。

(ハイイールド・スプレッド)

この厳しい展開はいつまで続くのだろうか?米国の企業決算は好調だ。5/6時点では、S&P500採用企業の内、413社が決算を発表したが、8割弱は予想を上回る決算であり、増益率は10.2%まで上昇している。22年の通年の増益率も8.7%が見込まれている。EPSに問題はないとすれば、PERが鍵となる。PERは市場の評価である。これは残念ながら米長期金利が3.25%を上抜けた後で、どの水準で収まるかを見極めるまでは、そう簡単に回復できないと思われる。米長期金利が3.5%でピークアウトするのか、4%なのか、5%なのかでは全く状況が変わってしまうからだ。中央銀行が量的金融緩和政策を行う前の世界では、「中央銀行は短期金利はコントロールできるが、長期金利は市場が決める。中央銀行に制御できない。ゆえに長期金利こそは市場の声だ」と言われていた。それが中央銀行が直接長期債を購入するという非伝統的な金融政策を行うようになり、長期金利もコントロールできてしまうことが分かり、我々は長期金利の動向に鈍感になってきた。しかし、FRBはQTを開始する。もはや長期金利は、これまでのものではない。どこでピークアウトするのかは、まだ分からないのだ。米国経済がかなり強いことが問題を複雑化させる可能性もある。米長期金利が上がっても、米国経済が景気後退するには時間がかかるかもしれない。そのことで、米長期金利は想定外に上昇することもあり得るのだ。市場ではスタグフレーションを懸念する向きが強まっている。スタグフレーションについては次回に詳しく取り上げようと考えているが、そうならないこともまたリスクなのだ。(それは次回説明したい)

こういう相場の状況では、ナスダックの底打ちを探る議論はあまり意味がない。但し、結局は株価は業績に収斂し、強固なビジネスモデルを持つ株価はどこかで下げ止まる。下の図はナスダックとASMLの株価のチャートであるが、だいたいASMLのような株が反転した後に遅れてナスダックも反転してくる。逆にASML株が上がらずに、ナスダックだけが上昇する展開は継続せずに、すぐにナスダックは崩れている。従って、まずはこういう強固なビジネスモデルを持つ複数の会社の株価の底入れを見守る必要があるだろう。

(ASMLとナスダック)

さて、来週は5/9がロシアの大祖国戦争記念日となる。またフィンランドとスウエーデンのNATO加盟申請についても、5月半ばのニーニスト大統領の国賓としてのスウエーデン訪問の際に両国で同時申請に踏み切り、6月末のNATO首脳会談で加盟交渉がスタートすると見られている。このため、来週以降はそれに対するロシアの威嚇的な行動も強まる可能性があるだろう。また、EUがロシア産原油の輸入禁止に動いており、これに対するロシアからの報復制裁も想定される。足元で原油が再び上昇している、更なる上昇は日本株のネガティブ要因となるだろう。
日本では決算発表の集中週となる。これだけ不透明感が強いので、強気のガイダンスは出せない見込みであるが、大手どころの決算発表には注目したい。経済指標では11日の米国のCPI、12日のPPIに加えて週末のミシガン大学消費マインド指数が注目される。こうした中で、米国債の入札が3年(450億ドル)、10年(360億ドル)、30年(220億ドル)予定されている。この金利上昇下における入札が低調だと、いよいよ長期金利3.25%トライの可能性もあるだろう。またFOMCが終わり、FRBのメンバーたちが、あちらこちらで講演したり、喋ったりするので、そのあたりも要注意だ。来週は米長期金利が要注目の週となる。日経平均の予想レンジは、26,000円~27,500円を見ている。余談になるが、米国での中絶論争は超重要であり、これもいずれ深堀りしたいと考えている。この辺のニュースは欠かさずウオッチしよう!



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