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来週の相場見通し(8/7~8/11)①

1.はじめに

7月の米国金融市場のテーマは、米国経済の底堅さ、そして「ソフトランディング期待の高まり」であった。足元でも、その流れは継続しているものの、フィッチの米国債格下げや、米超長期金利の上昇により、市場では少し気持ち悪さも感じている。今回は、この件からスタートしたいが、結論を先取りすれば、「フィッチの米国債格下げはほとんど懸念していないが、米超長期債の動向は非常に注意」している。この2つは全くストーリーが異なる。それでは、詳しく市場の動向を整理していこう。

2.米国債格下げについて

① フィッチの米国債格下げはノーサプライズ

今週は、フィッチが米国債を格下げしたことから、それを理由に市場は荒れたとされている。しかし、フィッチの米国債格下げは、全然サプライズではない。市場関係者の間でも、「何故、今なのか?」という声も聞かれたが、それが意味するところは、「何故、債務上限問題が合意に至った直後の6月の格下げではなく、今なのか?」である。つまり、格下げ自体はノーサプライズである。話はシンプルだ。フィッチは5月に米国債を「ネガティブ・ウオッチ」にしていたからだ。ウオッチ・ネガティブとか、ネガティブ・ウオッチとか人によって言い方は異なるが、これは基本的には「一時的な措置」なのだ。数週間から数カ月単位で格付けを引き下げることを予告している状態だ。5月に米国債をネガティブ・ウオッチにした際は、米国は債務上限問題を巡り、まさに共和党と民主党で対立し、イエレン財務長官が毎日、「Xデーは近い」と警告していた時期だ。フィッチは、ネガティブ・ウオッチの際の説明において、米国債がテクニカル・デフォルトに陥れば、即座にその当該債券についての格付けを「D」に引き下げる。更には30日以内に満期を迎える米国債の格付けは「C」とするとアナウンスした。また、債務上限問題で合意し、デフォルトを回避しても、米国はもはやAAAの最上位格付けには合致しない可能性があると警告していた。つまり、格下げ自体は、民主党と共和党で債務削減に向けた抜本的な合意等でもない限りは、回避できないような状況であったのだ。
そういえば、私は5/22にモーサテに出演させてもらった際に、経済視点というコーナーで、「米国債格下げ」を取り上げ、以下のようにコメントした。

「米国は債務上限問題が大きなテーマになっています。交渉は難航しても、米国債のデフォルトは回避されると見込まれています。但し、私は米国議会で何らかの交渉が成立し、債務上限が引き上げられても、フィッチなどの大手格付機関が、米国債の格付を引き下げる可能性は高いと思います。2011年には、米国債のデフォルトが回避されたにも拘わらず、S&Pは米国債を最高位格付けから引き下げました。当時の米国の債務残高は14.3兆ドルでしたが、現在の債務は31.4兆ドルであり当時の2倍を超えます。また当時は2兆ドルの債務削減が議会で約束されましたが、S&Pは不十分と判断しました。今回、共和党が求めている10年で4.5兆ドルの債務削減は当時よりも見劣りします。米国議会の対立や混乱を鑑みると、もはや米国債の長期格付けは最上位の地位にはいられないでしょう。もちろん、デフォルトでなければ、市場への影響は限定的と思われますが、初動ではトリプル安になるかもしれません。米国債の格下げについては、市場に十分織り込まれていないように思えるので、要注意です」

ちなみに、この頃にたまたま、フィッチのチーフエコノミストが来日しており、弊社に来てくれて1時間ほど議論した。その時に、「2011年にS&Pは米国債を格下げした。その際にフィッチはAAAを据え置いた。そのことを今、どう考えているのか?」と質問してみた。すると、彼はにやりと笑いながら、こう言った。
結果として、彼ら(S&P)が正しかったということだ・・・
その素直な物言いに、思わず笑ってしまった。

では、何故今なのか?
先に説明したように、フィッチは、5月にネガティブ・ウオッチとした。2011年のケースでは、S&Pは7月に米国債をネガティブ・ウオッチとし、8月に格下げを決定した。約1カ月だ。それに比べると、フィッチは格下げまでにやや時間をかけている。何故、それだけ時間を要したかは不明だが、その間に米国の予算局(CBO)は、7月に新たな人口予測を公表し、長期の債務見通しを発表した。米国の財政は長期に渡り、どんどん悪化していくことを警告している。フィッチも、そうした要因を分析していたのかもしれない。いずれにしても、特に驚くような話ではないだろう。

② 格下げ自体のインパクト

民間会社の格付けとは何なのか?それはデフォルトに対する安定度合いを示すものだ。米国は借りたお金を返さない、あるいは返せないような国なのか?そんなことは全くない。世界一安定していると言えるだろう。では、何故格下げになるのか?それは、米国が自らの健全性を高めるために、法定債務上限を設定しており、議会がその法定債務上限を決める権限を保有しているからだ。こんなルールがなければ、米国債がデフォルトに陥るリスクはなく、米国の格付けはAAAだろう。しかし、この法定債務上限で自らを縛っているために、返済能力はあるのに、一時的に返済できないという、政治的なテクニカル・デフォルトを引き起こすリスクがあるのだ。ちなみに、下のチャートのように、これまでは法定債務上限は、ほぼ自動的に引き上げられ続けてきた。つまり、従来は法定債務上限というのは、一応のルールとしてはあるが、超党派で合意されて、難なく引き上げられるものだったのだ。それが、近年になり民主党と共和党の対立が激しくなり、この債務上限が、他の法案を通過させるための政治的駆け引きの道具(脅し)として活用されるようになってしまった。フィッチが言う所の、「ガバナンスの低下」であり、「政治の劣化」である。こんな状況なら、はっきり言って、法定債務上限のルールなどないほうが良いくらいだ。

(法定債務上限)

米国の格下げは、上記のような特殊な事情に依るところが大きい。もちろん、先のCBOの見通しでも、米国財政の悪化が見込まれていることは事実だが、市場が懸念するようなレベルのものではない。

ところで、AAAとAA+の格付けの差はどの程度あるのだろうか?普通に考えれば、信用リスクが低下する分だけ、リスクプレミアムが上昇するため、格付けの低い債券の利回りは高くなるのだが、どの程度プレミアムが上昇するかは不明だ。フランス国債とドイツ国債の比較を見てみよう。下のチャートは、フランス国債とドイツ国債の2000年代のスプレッドだ。この時期は、両国ともにAAAの格付けを保有している。このAAA同士の時の両国のスプレッドの平均値は約5bp程度だった。

(フランスとドイツ国債のスプレッド)

その後、フランス国債は、2012年1月と2013年11月に2回の格下げとなり、現在はAAの格付けであるのに対し、ドイツ国債はAAAを維持している。欧州債務危機等の特殊な時期を除いた2015年~2020年までの両国の平均スプレッドは約35bp程度だ。(下図)この両国のスプレッドは、もともと5bp程度あり、その後2段階の格付けの差が出て、35bpとなった。つまり、1ノッチの格下げでフランスは、ドイツ国債に対して15bpほどのプレミアムを市場から要求されるようになったと考えることもできるだろう。

(フランス国債とドイツ国債のスプレッド)

③ 2011年の米国債ショックの本質

さて、2011年にはS&Pが史上初の米国債格下げを実施した。その後に「米国債ショック」という名で語り継がれるほどのインパクトを残した。まずは、下のチャートを見てほしい。VIX指数は50弱まで跳ね上がった。

(VIX指数 2011年)

次にハイイールド債のスプレッドを確認しよう。下の図の赤い丸のところが、米国債ショックである。ハイイールド債のスプレッドは800bpを超えた。足元では、440bpと半分程度だ。

(ハイイールド債のスプレッド推移)

もう一つ、下のチャートは新興国スプレッドだ。2011年の米国債ショックの際は、新興国スプレッドは急上昇した。足元では、むしろ低下傾向にある。

(新興国スプレッド)

ようするに、2011年の米国債ショックは、世界の市場にパニックを引き起こしたのだ。そのパニックとは何か?それは、世界で最も信頼されている米国債が格下げになったことは、基軸通貨である米ドルの暴落を引き起こすかもしれない。基軸通貨から、ドルが脱落することで、世界の金融システムは壊れるかもしれない。そういうスケールの大きな漠然とした不安が巻き起こったのだ。それだけ、「史上初の格下げ」ということの、波及リスクは大きかった。
ところが、その後の世界はどうなったか?何も変わらなかった。米ドルの基軸通貨の地位も揺るがず、世界の金融システムは壊れていない。要するに、「空騒ぎ」だったのだ。そして、2011年の経験があるために、今の市場は米国債の格下げが、世界の金融システムに何の影響も引き起こさないことを認識している。

ところで、2011年のパニック時には、ドル安、株安、金利低下が起こったことから、今回のフィッチの格下げ後も、同じように連想する向きがあるが、それは間違いだ。少なくとも格下げ自体は、債券安要因であるはずだ。しかし、いつもそうなのだが、市場ではパニック相場になり、株価が急落し始めると、質への逃避から米国債は買われるのだ。それは、金融システムが壊れたり、経済に大きなショックが発生すると、まずは中央銀行が金融緩和で対応することに市場は慣れているからだろう。従ってパニックが起こるかどうかがポイントとなるのだが、これまで説明してきたように、このフィッチの格下げでは、市場は到底パニックにはならない。
しかも、フィッチは今回格下げと同時に、先行きの見通しであるアウトルックを「安定的」としている。すなわち、向こう2~3年は格付けを変更する意図がないことを示している。ちなみに、ムーディーズは米国債の格付けをAAAで維持しているが、同時にアウトルックも「安定的」としており、すぐに格付けを変更することはないだろう。ゆえに、この問題は、これ以上広がりようがないのである。では、何故、米金利は不安定化しているのだろうか?それはフィッチの格下げの問題とは別に、米国債市場に問題が起こっているからだ。

3.米国債券市場の状況

① 30年金利の反乱

米金利に関しては、今年は一貫して次のメッセージを発信してきた。「2年金利に騙されるな、30年金利に注目しよう!」というものだ。下のチャートは2年金利だが、上がったり、下がったりと忙しい。このように月ごとにテーマを変えて上下する2年金利は、相場観を悩ませるものであり、騙されてはいけないと考えてきた。その2年金利が、このところ安定推移している。これは面白い動きなのだが、今回は取り上げない。

(米国2年金利)

そして、下のチャートが米30年金利である。30年金利は紫部分の3.5%~3.8%近辺で膠着している段階から、緑色の3.8%~4.0%程度の狭いレンジに移行して、安定的に推移していた。ところが、ここ直近では4%を大きく超えて、4.3%台に到達している。

(米30年金利推移)

超長期債の金利上昇と言えば、昨年の「英国債ショック」が記憶に新しい。下のチャートのように、英国30年金利は8月の2.3%から、9月には5%弱ほどまで急上昇した。トラス前首相の財源なき財政拡張政策に対して、市場が金利の上昇という形でノーを突き付け、結果としてトラス政権は崩壊に至った。いわゆる「債券自警団」の復活である。

(英国30年金利)

今回の米30年金利の上昇は、もちろん、このような激しい動きではないものの、米30年金利が紫の段階から、緑のゾーンに上方修正され、更に足元で大きく上放れしたことは、やはり注目に値する。市場が何らかのメッセージを発している可能性があるからだ。ちなみに、この30年金利の上昇は、チャートのようにフィッチの格下げ前から発生しているものであり、直接は関係ない。
それでは、30年金利の上昇は、何のメッセージを発しているのだろうか?一般的には、以下のメッセージが想定される。
1.米国の財政収支悪化への懸念
2.米国の潜在成長率の上昇
3.インフレ高止まり社会の到来
4.米経済に伴うイールドカーブ修正
5.   勘違い
6.   その他の何か・・・

私も、この30年金利上昇のメッセージは、まだ分からない。分からないが、注意深くウオッチして、追っていかねばならないテーマと考えている。
ちなみに、著名なビル・アッカーマンは、財政収支の悪化によるリスクプレミアムとして2%、米国の潜在成長率が0.5%、インフレ社会の到来によるインフレ率が3%と見積もり、その合計値として30年金利は5.5%に向かうとの予想を示し、かなり話題になったが、この手の話が増えている点は注目だ。

② 米国債券市場のムード

債券市場のムードは良くない。下のチャートのように、債券市場のボラティリティを示すMOVE指数などは、少し上昇しているとはいえ、それほど高いわけではない。しかし、市場が感じているストレスは、このチャートが示すよりも遥かに大きい。

(MOVE指数)

それは、繰り返しになるが、30年金利が上昇しているからだ。米国債の投資家にとって、金利上昇は怖いのだが、これまでは常に30年金利が心の安定剤になってきた。企業年金などの旺盛な買い需要のあるプレイヤーが、30年ゾーンの金利リスクを取ってくれるため、なかなか30年金利は上昇しない。30年金利が上昇しなければ、10年金利も30年金利の水準がキャップとなり、上昇が抑制される。10年金利が上値が重いなら、5年金利も上がりにくくなる。通常は、このように金利上昇局面では、30年金利の安定が、心理的な支えとなってきたのだ。その30年金利が足元では、大きく上昇している。しかも、明確な要因が分からない。ゆえに、プロの債券投資家であればあるほど、ちょっと怖さを感じているはずだ。
そういう中で、先般の四半期定例入札では市場予想を上回る国債の増発が示された。この発行増も予想されていたものであり、何もサプライズではない。しかし、債券市場のムードを悪くしていることは間違いない。何故なら、増発はこれで終わりではなく、むしろ24年は、かなりの規模の増発が既に予想されているからだ。「米国債を誰が買うの?」これは、最近は債券市場でよく聞く会話である。最近の米国でのハリウッドなどのストライキに引っ掛け、「買い手のストライキ」などとも言われている。米金利が上昇しているのに、買い手がまるでストライキ中かのように、登場しないからだ。

来週は3年債、10年債、30年債の入札が行われている。増額後の初の入札となるため、当然市場の注目は高い。30年金利の上昇が止まるためには、来週の30年債入札が無難に終わることがまずは条件となろう。

③米実質金利の上昇

米国の実質金利が上昇している。8/3にはついに1.8%に到達した。これも繰り返しになるが、米実質金利が2%に到達する局面では、ハイテクグロース株はいったん試練となるはずだ。結果して、耐えるかもしれないが、無風とは思えない。その2%に向けて接近している。期待インフレ率が動かないのであれば、米10年金利が4.5%に向かう局面で、実質金利が2%を超える。米国株にも、この金利上昇は無視できないものなりつつあるだろう。

(米実質金利)

④ まとめ

冒頭で、私は結論を先取りして、「フィッチの米国債格下げはほとんど懸念していないが、米超長期債の動向は非常に注意」していると主張した。バフェットなども、米国債は安泰であり、来週も100億ドル購入すると言っているが、彼が買うのは短期国債である。フィッチが格下げをしようとも、米国債の信用力は何の問題もない。しかし、米国長期債、超長期債は信用リスクはなくとも、価格下落リスクはある。むろん、米国債券投資にエントリーするチャンスであるとも言える。ゆえに、米超長期債の動向は非常に注意ということなのだ。今回は、この辺にしておきたい。今週末が多忙のため、とりあえず金曜に出すことにした。第二弾は、雇用統計の状況や、円金利と為替を中心に日曜日頃までに、まとめる予定だ。







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