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ボランティアの定義を見直す必要性?

ボランティアの定義を見直す必要性を考えた背景

 地域福祉や市民活動のセクターが長いため、「ボランティア」に頼りがちになる自分の行動パターンに限界があるよな~と思ったのが発端ではあるのですが。

 介護保険に基づく地域包括ケアシステムが「地域を土台にした仕組みをつくる」という言葉を元に宣伝され、地域ボランティアに対し、そそのかし役という名のコーディネーターをしている方々を見ながら、「そのコーディネーションで大丈夫なのかな?」とふと我に返る瞬間がたくさんある。

 それは、コーディネーションの技術という話ではなく、そもそも、この社会を地域ボランティアで支えようとしている姿勢に対してである。

 しかるべき立場の方々に聞くと「いやいや、そんなことを言ってるんじゃないんだよ、いろんな立場の助け合いの仕組みを作っているんだよ。ボランティア一辺倒にして頼ろうとしているんじゃない」と言われそうだが、専門職や行政がどこまでカバーする覚悟をしているか…と思うとそうは言えない現実があるのではないだろうか。

 私も施設職員として、障害者総合支援法、児童福祉法など様々な視点から経験してきたが、はっきり言わせてもらう。地域貢献しようと思っても、経営陣と現場職員との連携をとって余裕を生まない限り現場を回すだけで限界で地域貢献など皆無である。あえて言おう、無理であると。( ´艸`)

ボランティアの定義

 そもそも、私たちが「ボランティア」として使っている言葉は和製英語であり、英語のボランティアというのは「志願兵」「有志」であり、「自発的に申し出る」「進んで(…しようと)申し出る」などといった、能動的なアクションに対する言葉である。

厚生労働省のホームページにおいても下記のように書かれている。

ボランティアについて明確な定義を行うことは難しいが、一般的には「自発的な意志に基づき他人や社会に貢献する行為」を指してボランティア活動と言われており、活動の性格として、「自主性(主体性)」、「社会性(連帯性)」、「無償性(無給性)」等があげられる。

厚生労働省社会・援護局 地域福祉課「ボランティア」の資料より引用

 また、私が住む福岡市の場合は…

ボランティアの四原則
1.自発性...自分自身の考えによって行う活動です。強制や義務ではありません。ちょっとしたことでも「やってみよう」という気持ち大切です。
2.無償性...個人的な利益や報酬を目的とした活動ではありません。(ただし、交通費や食 費、材料費なの実費弁償については無償の範囲と考えられています)
3.社会性...住みやすいよりよい社会につなる活動です。社会的な責任を自覚して取り組 むこと大切です。
4.創造性...目の前の課題に対して、うすればよいのか。これまでのやり方や考え方にとらわれることなく、自分なりのやり方を考えること大切です。

福岡市NPOボランティア交流センター「あすみん」HPより引用

 といった具合で書かれているのは、他都市のボランティアセンター等においても、見かけるのはよくある話である。

 日本のボランティアは本当にそんなに能動的なのだろうか?

 私は(日本の)ボランティアとガンダムに似ている?

 いきなり、何を言い出すんだ?私がガンダムが好きだから、こんなことを言っているのだろう?と思われる人も少なくないが、実はそうではない。
 このことについては、学生時代から15年以上考えているが、間違いないように感じる。
 では、ある統計を見てみよう。
 それは、地域ボランティア活動に参加した人の動機を確認してみるとよくわかるのである。
 リンク先の下の方に参加動機について書かれているのだが、一番多いのは「社会活動への参加のきっかけは、『友人や地域住民と一緒に参加できたから(誘われたを含む)』」となっているのである。誘われた(巻き込まれた)活動者が一番多いというのは、ボランティアコーディネーターとしては、常識の統計ではある。
 もちろん、自分のやりたいことを実現しようとしている人達もおられることも忘れてはいけないが。

 この統計からみると、日本においては、ボランティア活動の定義にある「自発性」というのは、実は、後付けなのだ。いってしまえば、「巻き込まれた」だけであるり、声をかけられなければしなかった可能性も十分にあったというわけである。
 ガンダムシリーズの話の展開も基本的には、「一般市民が戦争に巻き込まれて、成長し、他者や自分のおかれた環境の中で自分の役割を自覚していく」というスタイルであり、このストーリーが日本的ボランティア論じゃなかろうかと私は考えているわけである。
 もちろん、それ自体を否定するつもりもない。むしろ、その方が周りを気にしすぎる日本人には「誘われた」という理由の方が参画しやすいのだ。それは、それで国民性として受け入れる必要があると思う。
 ならば、それに必要なのは「自分でボランティアをすると決める」という支援が必要なのではないかと思い始めるわけで、ある意味では、ボランティア活動に対する意思決定支援ともいえるのかと。下のブライトさんのように。

これでいいのか日本的ボランティア?

 ガンダムの場合は、基本的に主人公が巻き込まれ、話の最後の方では主人公は何らかの成長を迎えて、終了するわけではあるが、日本的ボランティアにおいてこれはどうだろうか?多くの地域ボランティアは成長をし、何かを得ることができているのだろうか?
 これに関しては、正直、擦り切れて終わっているのがほとんどではないだろうか。1年間を何とか耐え抜き、あとはもう、関わりたくありません…といったように。
 いわば、ガンダムでいうところのジムやボール、ザクなどのようにビームに焼かれ、砲撃によって爆発し、戦場で散っていく地域ボランティアが星の数ほどいるのではないかと思うのである。
 そんな状況であるにも関わらず、日常生活支援体制整備や重層的体制整備事業において、「地域力」というよくわからない単語で、あたかも社会は良くなると説得しようとしているように、私には見えるのです。
 これでは、地球連邦軍にソーラレイを撃って、あたかも勝てるかのように軍隊を鼓舞するギレンの演説のように、私は感じるのである。
 生活支援コーディネーターや社会福祉士の専門職をちょこちょこ配置して、あとはボランティアで何とかしようとしている姿をみると、ア・バオアクーで、わずかなゲルググとザクを投入しつつ、学徒兵で本土決戦挑んでいるのと何も変わらないではないか。

日本的ボランティアに必要なのは成長ではないか?

 私がボランティアコーディネーションを実施する際に必ず考えることがあります、それは「ボランティア自身の成長」です。
 ボランティアなのだから、「気軽に」「楽しく」という話は表向きにはするようにしていますが、実はその裏側には「社会問題の本質」を伝え、「あなたならこの問題にどのように対応しますか」という問いを投げかけるようにしています。それは、地域活動でも同様です。
 その理由は簡単で、「自分の頭で地域の課題について考える機会」というのが無ければ、「地域の課題」が「我が事」にならず、ボランティア自身が活動に参加しただけではなく、さらに「成長する機会」というのが永久に来ないからです。
 もちろん、全員がアムロになる必要はありません。カイやハヤトのような成長もあるし、カツ、レツ、キッカのように子どもたちがたくましくなっていく可能性も十分にあるわけですから。

成長に必要なのは学習機会の提供ができる人材

 地域福祉において、きちんと「福祉」を語ることができる人材というのが不足しているように感じます。本来は社会福祉協議会がそこを担うのでしょうけれども、実際に社会福祉協議会の職員自身が地域活動や民生委員などを経験している人材が豊富にいるわけではないですし、地域ボランティア人材の高齢化現場人材の経験不足が、ますます、地域力低下に拍車をかけているのが実情ではないかと思います。
 新しい地域活動人材発掘育成を誰が担い、継続していくのか。それを解決しない限り、厚生労働省が掲げる地域力は絵に描いた餅と言わざるを得ないと私は考えています。
 良くも悪くも、地域福祉は社会福祉協議会に丸投げしてきた背景もありますが、早急にスーパーバイザー(指導者)を育成し、その上で次世代を育てることができる仕組みをつくる必要があると思います。

地域では次世代が消費され続けていないか?

 同時に早急に対応しなければいけないのが、次世代の人材の消費です。地域コミュニティ内のコーディネーションが悪いばかりに、「二度と地域活動には関わるものか」と心に決める次世代を多く見てきています。
 個人間の人間関係によるものもありますが、これも人材育成によって視野を広げることや専門職を投入して、地域における活動の負荷を軽くすることで防げることもたくさんあると私は考えています。
 見て見ぬふりができるのも地域コミュニティ、でも、そうすることによって悪化はしても、よくならないのも地域コミュニティです。
 自分が住みよい街をつくることが、自分達の住みよい街になり、みんなが住みよい街につながる…このように個人の視野と意識を広げていくことが、人材育成であり、地域づくりではないかと私は考えています。
 もし、誘われて参加したボランティアが何の問題意識もなく、ただ、楽しい活動だからということだけで活動をするのであれば、趣味のサークルでいいのですよね。もちろん、それはそれでいいのです。
 ですが、その人材が地域の課題と向き合う可能性があるかというと…可能な限り0%に近い割合と思います。本当に地域力を高め、厚生労働省が目指す社会を実現するのであれば、それなりの仕組みづくりを行う覚悟が必要になると思うのです。

地域力を定義し、ボランティアの役割を明確にする

 厚生労働省に限らず、様々な活動現場でも言えることだと思いますが、ボランティアコーディネーションを行う際に「ボランティア≠スーパーマン」にしないことがとても重要だなと思っています。
 そして、専門職との連携です。地域のボランティアにすべてを任せるような体制づくりではなく、むしろ、地域のボランティアの気づきを拾い上げ、必要な支援につなげていくコーディネーションを実施できる専門職との連携体制をいかに地域につくり、地域ボランティアの負荷を抑えていくかが求められていると思います。
 その辺りは、次回にでもきちんと整理しようと思います。


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