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初孫 一徹 生酛 純米酒
真冬の仕事帰り。立ち寄ったうどん屋に唯一あった日本酒がそれだった。
お品書きに「日本酒」「熱燗」と書いてある店は多い。「白鶴」「豪快(松竹梅)」、時に「八海山」などの銘柄を目にすることはあっても、「初孫 一徹 生酛 純米酒」だけというのは見たことがない。しかもここは都内。何かあるに違いない。
お燗で頼んでみる。店主のおばちゃんが「熱々とぬる燗どっちがいいですか?」と粋に聞いてくる。ビンゴだ。躊躇わずに飛び切り燗を注文する。
何か思い入れのあるお酒なのかと尋ねてみると、「酒屋さんが、うどんのお出汁に合わせるならこれ!って薦めてくれたんですよ」とのこと。そう答えるおばちゃんは何だか嬉しそうだ。わかめの酢の物をサービスしてくれた。
粉を吹いた麺が、釜に投下されてから10分あまり。カウンターに出てきたのは、刻みネギと油揚げがたっぷり入った肉うどん。そして、湯気が立ち込める一合徳利。誰が見たって最強の布陣。
この温度になると、旨味以上にキリリとした硬派な酒質が際立ってくる。熱せられた、切れ味の鋭い太刀のような装い。少し、ぶっきらぼうな。
不揃いの野太い麺は量も申し分なく、出汁は削り節か昆布か、はたまた煮干しか。ただのうどん好きには見当もつかないけど、お燗で増した食欲も相俟って、麺をすする箸は止まらない。ネギは熱くて口の中で暴れる。油揚げはこれでもかというぐらい出てくる。そこに一徹生酛が追い打ち、もとい、助太刀をする。出汁と友だちになる。
出し汁を飲み干した頃には、徳利も空っぽだった。明日も仕事だ。もう一合飲みたいのをこらえてお会計を済ませ、店を出た。
名残惜しそうにお品書きを眺めていたのがばれていたのかもしれない。カウンターの奥にいたサラリーマンが、お燗を注文していた。
芯から温まった身体。夜道はもう寒くない。
こんなお酒をもっと飲みたいと思える日だったなと、懐かしく春に書き記す。
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