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火入れだらだら系という原点回帰

そんなジャンルの日本酒が、確実に存在する。言うなればおふくろの味であり、お味噌汁である。

前回の記事に続き、またしてもごーださんの記事(下記)をきっかけにnoteを開いています。ごーださんありがとうございます。

前回の記事では、新酒、春酒、夏酒、ひやおろし、そして生酒を語った。ただ、これら以外にも日本酒の分類、ジャンル分けの方法はある。

醸造アルコールを添加せずに米と水だけで醸された「純米系」と、醸造アルコールを添加してある「本醸造系」。「吟醸系」はその名前のイメージのとおり、低温で時間をかけて丁寧に醸されたお酒で、よくいうフルーティなお酒の一派。でも、この3つですらお互いに重なり合う部分があるし、何より「特定名称酒」という大枠の中でのジャンル分けにすぎない。

味わいによるジャンル分けだと、日本酒サービス研究会が推奨している「爽酒」「薫酒」「醇酒」「熟酒」が最近はメジャーになっている。イメージ先行でわかりやすいので、酒屋のポップや居酒屋のメニューでも見かけることが増えたように思う。ぼくの名前がこの4区分に使われていて、こっそり誇りに思っているのは内緒である。

が、一介の飲み手の感覚を言えば、日本酒の分類は複雑である。これは、酒税法・酒類業組合法といった国の税務行政による規律と、製造方法や味わいによる区分が重なり合い、網目のようになっているからだと思っている。その詳細を語る知見はないので割愛するけど、深い日本酒沼の魅力の一面だと思うので、ご興味ある方はぜひ足を踏み入れてほしい。


ようやく本題。だらだらした話だから、だらだら書きます。

先に断っておくと、「火入れだらだら系」という日本酒のジャンルは正式には存在しない。何をもって正式と呼ぶかすら謎だけど、少なくとも法令で定義されたものではない。当たり前である。

【酒税法第3条第7号】
清酒(日本酒)とは、 米、米こうじ、水を原料として発酵させて、こしたものであって、翌朝出勤等の特段の事情がないかぎり、時間を気にせずだらだらと飲めるものをいう。

もう一度書いておく。こんな法律の規定はない。

じゃあどんなお酒なのか?造り手、飲み手によってその名前も定義も様々だと思うけど、「だらだら」という言葉ですぐに思いつくお酒が1つある。ただひらすらにだらだらと飲めるお酒を追及する、静岡県沼津市の高嶋酒造株式会社が醸す「白隠正宗」だ。

蔵元の高嶋一孝さんは次のように語っている。

毎日が美味しく楽しく締めくくれるような、多くの人たちの日常の側にあるような酒でありたい。うちの酒を飲んで物事が円滑にいったり何かのイノベーションが起きるきっかけにもなれたら、これほど嬉しいことはありません。僕は感動を与えたいと思ったことはなくて、『白隠正宗』は、すいすい飲めて気分よくなれるだけだったらいいなって。それ以上でもそれ以下でもないです。
—— 山内 聖子『蔵を継ぐ 日本酒業界を牽引する5人の若き造り手たち』(双葉社、2015年)

毎日の晩酌でお供にしたいお酒、着飾らない普段着のようなお酒、幅広い食事と合わせられる食中酒など、その表現は十人十色。でも1つ共通して言えるのは、火入れで、旨味推しで、キレが良く、価格も入手も手頃な、その蔵の定番酒(レギュラー酒)ではないかということ。

前述のとおり日本酒には様々なジャンルがある。最近は吟醸系に端を発し、甘酸っぱさを推したものや、微発泡にスパークリング、さらには濃醇な無濾過生原酒、軽快な低アルコール酒など、その味わいのラインナップの数だけファンを増やしてきているように思う。

改めて、冒頭のごーださんの記事の質問(下記は引用)を見てみる。

もし無人島に1種類だけ日本酒を持っていけるとしたら(そしてその1種類は底を尽きないとしたら)何を選びますか?

ぼくはこの質問に対する回答として「火入れだらだら系」を選んだ。無人島に1つだけ食事を持っていくなら、おにぎりかお味噌汁かなという感覚と似ている。ごーださんがその1種類に剣菱を選ばれ、「剣菱はご飯だ」と仰ったのも、おそらく同じような感覚からではないかと思っている(違ったらごめんなさい)。

剣菱と言えば、創業500年を超える日本酒界の老舗。スーパーやコンビニのお酒コーナーで、今となっては珍しい五合瓶(900ml)で鎮座し続けるその姿は、さながら手練れの重鎮武士だ思わせる。厚みのある旨味と鋭いキレの両立と、千円ちょっとで手に入る懐深さは、長きにわたり多くの飲み手を虜にしてきている。

毎日食べるなら、ステーキ、お寿司、すき焼きより、ご飯とお味噌汁という人は今も多いはず。肉じゃがでも卵焼きでもいい。素朴でほっこりする、日本人にとってのおふくろの味。無人島に色んな日本酒が湧く神の泉があるなら話は別だが、やっぱり安心する「いつもの」を持っていきたい。

火入れだらだら系は、安心そのものなのだ。

秋田県横手市の浅舞酒造株式会社が醸す「天の戸」も、そんなお酒を求める蔵の一つ。杜氏の森谷康市さんが目指すお酒は「なにぬねの」。な=なごむ、に=にっこり、ぬ=ぬくまる、ね=寝そべる、の=のんびり。これを安心と呼ばずして何と言うというぐらい、心安らぐお酒を届けてくれる。

火入れのお酒は味わいもさることながら、保存の面でも安心がある。加熱処理がされているので、時間が経過しても味が変化しにくいからだ。

丁寧な冷蔵管理が求められる生酒や吟醸酒に比べ、火入れのお酒はある程度ほっぽっておくことができる。部屋の隅に適当に置いておけば最高のインテリアなのだが、妻との協約により、置いたが最後、ぼくは火入れどころか地獄の業火で焼き尽くされることになっている。

無人島が灼熱のジャングルか極寒の雪原かはわからないが、どちらに転んでも大丈夫という抜群の安心感。味にブレがなく、飲み手の心を掴む手にもブレがない。絶対に裏切らない。無人島で独りになっても寂しくない、伴侶のような優しいお酒だ。近所の酒屋や、スーパー、コンビニで手に入りやすいというのも、飲み手にとっては安心材料の一つ。

もちろん、自分の一番のお気に入りのお酒を持っていくのが一番だ。ただ、日本酒を好きになり、生酛/山廃、燗酒、生酒、無濾過生原酒、スパークリング…と巡り巡って、やっぱり火入れだらだら系に戻ってくる人は少なくないと聞く。昔ながらの日本酒の味でもあり、それは、決して食べ飽きることのないおふくろの味を懐かしむ気持ちと似ていると思っている。



最後に、自分の好きな火入れだらだら系は?と問うてみる。

白隠正宗の山廃純米酒や喜久酔の普通酒あるいは特別本醸造のような、静岡らしいすっきり潔いキレのだらだら系は大好きだ。佐渡の銘酒・金鶴の本醸造も、軽やかな旨味が謙虚に見え隠れし、輪郭しっかりのスレンダーで美しい。山梨の雄・七賢の本醸造(甘酸辛苦渋)みたいな、ナッツ・穀物系の香りも混じった旨味どっぷりだけどデイリーなのも捨てがたい。

ダメだ書ききれない。まだ呑んだことのない、出逢ったことのない火入れだらだら系がありすぎて、妄想が膨らんでしまう。最近どうも腰が重くなって、いつもの「いつもの」ばかりを呑んでしまっている。もっとたくさんのだらだらを味わってみたい。

火入れだらだら系。それは、一口呑めば時の流れをゆっくりと緩め、日々の慌ただしさから解放してくれる魔法のお酒です。燗につければ、今その瞬間が永遠に続くような安心感に包まれます。

火入れだらだら系は今日もあなたを待っています。きっと、思ってるよりも近くで。

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