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Episode 1. ツギハギアトツギ|プロシェアリングの未来小説 by. CIRCULATION

「働きすぎですね。しばらくお休みになられた方が良いでしょう」
医師からの言葉に、痛々しく額に包帯を巻いた父の表情は少しこわばった。

祖父の代からの工場を経営し続けてきた父が、過労で倒れたのは昨晩のことだった。
見つけてくれたのは、再来月で70歳を迎え、定年退職するベテラン社員のケンさんだ。
ケンさんは父より5歳若い。その彼が定年を迎えるほど、時が経ったのだと突きつけられるようだった。

「マイコちゃん、親父さんの具合はどうだい」
「過労だってさ。額と目元を少し縫って、しばらくは休みなさいって」
「そうか……。その間の工場は、どうするって?」
「私とケンさんで見てほしいって。ケンさん、最後にいろいろごめんね」
「いいっていいって、マイコちゃんこそ大丈夫かい?まだ工場には慣れてないんだろう」

祖父が創り、父が継いだ町工場の会社。
大学を卒業後、市内の中堅企業で経理の仕事をしていた私は、昨年16年間務めてきた企業を辞めて父の会社へと転職した。
子どもの頃から父の工場は私の遊び場で、社員のみんなが私の遊び相手だった。
だから私は、この会社が大好きで、転職してからは管理部門を任されている。

工場と父を見て育ったとはいえ、まだ私にこの会社を経営できる自信はない。
そして、父の右腕として会社を支え続けてくれたケンさんの代わりも、見つけなくては……。

***

「というわけで、ちょっと数ヶ月でいいから手伝ってくれない?」

画面の向こう側の男に、私は両手を合わせ軽く頭を下げた。
彼はフリーランス歴10年の元同僚。
身軽な立場からいろんな地域の中小企業のIT周りを手伝っているらしい。
以前から私の仕事や後継ぎとしての悩みを聞いてくれている友達だ。

「う~ん。手伝いたいのは山々なんだけど、今ちょうど稼働空いてなくてさあ。そういえば、マイコさんってこのサービスは使ったことある?」
「なになに?どんなサービス?」
「俺も登録してるんだけど、経営者の悩みに応えてくれそうなフリーランスをAIがマッチングして、契約から請求、進行管理までもAIでガッツリサポートしてくれるってやつ。これ、お互いに凄くメリットが多くて……」

熱弁しはじめた彼から、そのサービスのURLが送られてきた。

***

それから半年と少し、半信半疑で使ってみたこのサービス。
今では10人のフリーランスに業務を手伝ってもらえるようになった。
最初は怖々と経営のサポートをお願いしてみた。
成功も、ちょっとした失敗ももちろんあった。
その都度、AIと人間の担当者が様々な解決策を提案し続けてくれた。
今では地域に貢献できる新規事業の立ち上げなども検討しはじめている。

そんなある日、父は私を呼ぶと、
「来年からマイコに社長の座を譲る」と言った。
「本当はな、俺とケンさんでゆっくりと経営を教え込んでいこうと思ってたんだが……、マイコもいつの間にか成長してたみたいだな」

うん、今なら分かる。経営は一人でするわけじゃない。
工場や社員を守り、社会に貢献できる会社経営を進めていくために、たくさんの人の力を借りるやり方をこの数ヶ月で学んだ。

「俺は35で親父の後を継いだ。39のマイコなら、もう楽勝だなっ!」

ツギハギの白い傷跡を目元に残し、笑顔で冗談をいう父の表情は。
まるで、笑い皺が1本増えたように優しかった。

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