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宝石のようなシャルキュトリー


「千夏さんとミートローフ」

アトリエ・ドゥ・ジャンボンメゾンの季節のミートローフは「ラ・ビジュウ」というシリーズものになっている。もともと定番のフロマージュがあり、これのアレンジ版を増やしていこうという計画だった。モルタデッラ、ウインナーと同じく「練り物」で、使う部位はウデ。
 11月のnote「旅するハム屋」誕生は、”SDGs”そのもの。で書いた「ウデ」を使用した商品。ミートローフは、アトリエブランド立ち上げの時の重要なラインナップの一つだった。

 ラ・ビジュウシリーズの立役者が、フードクリエーターの佐藤千夏さんだ。もともと紫山のごはん会 https://www.mgohankai.info/  という屋号でお料理教室を開催していたが、その料理センスとスタイリングが評判となり、仕事の場をどんどん広げている、宮城の人気フードクリエーターだ。
 千夏さんにミートローフの商品開発を頼んだ時、私のイメージをこう伝えた。

「宮城の春夏秋冬の食材を、お肉に閉じ込めたい。キラキラした宝石みたいに!」

 そのイメージをもとに、千夏さんから提案されたお肉に閉じ込める食材が決まった。それは「椎茸」だった。
 千夏さんがまず試作品を作ってきて、みんなで味を検証した。レシピを見て、加工して商品化できるかはジャンボン・メゾンで更に検証。今までのミートローフ作りでは経験したことがないものが入っていたし、スパイスも今まで使ったことがないものがあり、ブレンドしたスパイスの独特の香りは、初めてに近い香りがした。印象としては、レディクションや卵など、いわゆる「水分」が多いことが若干気になったが、これも作ってみないとわからない。


試作初期はこんな感じだったのかと思い返す・・・



 一回目の試作を経て、大きな改善点はやはり「水分」だった。干し椎茸を水で戻すレシピで、椎茸の「旨味」に期待を寄せたのだが、作ってみると、お肉の生地と椎茸が離れてしまった。そこで大きめの生椎茸を使用したところ、火を入れる過程で、生地の旨味を生椎茸が上手く吸い取ってくれ椎茸にも味が入り、生地と椎茸もぴったりと密着したまま完成した。卵の量も大幅に減らし、更に味が濃く感じたので、スパイスを最終的には1/3まで減らした。途中、熊谷農園の椎茸の在庫が底をつき、代替で他の原木椎茸を使用して試作をしてみたが、全然味が違ってしまった。千夏さんが「熊谷さんの椎茸でないとダメ」と豪語していた意味がやっと分かった。千夏さんに何度も進捗状況を報告し、彼女は「うんうん、どんどんアレンジして!料理と加工は違うから、ベースが保たれていれば大丈夫だよ」と励ましてくれた。そこから数回試作して検証して完成した「ル・シイタケ」は、過去のジャンボン・メゾンには無かった味と同時に、今まで食べたことのないシャルキュトリーになった。結果、デビューから大人気商品になった。

「食べたことのないものをクリエイトする」

 千夏さんとのミートローフの旅は、次年度も続いた。第二弾の食材は「リンゴ」と決めた。
「サワールージュ」は、宮城県農業・園芸総合研究所で育成された。現在、主流になっている「ふじ」や「つがる」に比べて、非常に酸味が強い品種でアップルパイやシブーストなどのスイーツ、ジャムなどの加工に適している。
平成22年から順次、苗木や穂木を宮城県内りんご栽培者に配布しており、102名の方に栽培されているそう。その生産者の中から、私たちは亘理町の結城果樹園を選んだ。


結城果樹園(宮城県亘理町)のサワールージュという品種



 リンゴと豚肉。それ自体を組み合わせた料理、あるいは調味液としてのリンゴ(カレーの隠し味、豚肉に下味をつける際の調味料)は聞いたことや見たことはあったが、食材としてのリンゴ、しかも加工は聞いたことがなかった。でも、感覚的に「リンゴと豚肉は合う」ということだけは、うっすらと理解できていた。
 どこに着地の焦点を合わせるか。千夏さんとはいつも、イメージから構想を練っていく。例えば文字化にするなら箇条書きにして、頭に浮かんだものをどんどん書いていくような感じだ。
「シナモン」「紅茶と食べても美味しいような」「酸味と甘みのバランス」「バゲットに挟んで食べる」「特別な日の」「冬のシャルキュトリー」などなど。
 私たちは自由にプロット(設計図)を点で表していく。それらを組み合わせたり、並べ替えたりしてイメージを固めていくのだ。その後、味のイメージを創り上げていく。千夏さんの豊富な知識と経験の掛け合わせで、いくつかの案が出てくる。
 私たちは基本的に「売りたいもの」を考えるのではなく「自分たちが食べたいもの」を考える。マーケティングだとか、経営戦略は2の次。まずは食べ物というのは美味しくなくては、お話にならないことを心底理解しているから。それと私たちには共通点があって、レシピを考えると同時に「映え方」つまり、ビジュアルも同時にイメージができていく。こうして私と千夏さんの構想は、着地するころには同時進行で「仕上がり図」がほぼ出来ていった。そして、試作が始まった。
  しかし、リンゴの試作はかなり難航した。
生のリンゴを使用したところ、生地の「塩気」をリンゴが存分に吸ってしまい、リンゴがしょっぱくなってしまった。これはリンゴのカリウムという成分の仕業だと後で判明した。カリウムは「塩」を吸収する性質がある。人間の体だと吸収した後、体外に排出する機能があるから問題ないのだが、食べ物はそうはいかない。そこでリンゴをドライにしてみたがこれも失敗。完全にドライにすると肉の水分だけではリンゴのしっとり感は再現できなかった。ならセミドライではどうだ?その乾燥具合を何度も何度も試作。やっとうまく行った。


点と点を繋いで「星座」を描くように試作を繰り返した



 次に、味の調整、スパイスの配合も苦戦した。試作しては食べる作業を繰り返していくうちに、何が正解で、味に関しても美味しいのかそうでないのかがわからなくなってしまった。あまりにも夢中になりすぎて客観視できなくなってしまったのだ。
「一回、休もう。訳が分からなくなってきた」
 こうして試作を熟成させている間に、作業にも一切手を付けなかった。
 美大生だったころ、作品に没頭しすぎて知らず知らずのうちに色が濁ってきたり、描きすぎて説明的になってしまったりと自ら首を絞めてしまうことが多々あった。あの感覚と似ていた。その時に教授に言われたことを思い出していた。
「キャンバスをひっくり返して、観ないようにしなさい。一回、絵から離れなさい」と。

 大量の試作品の味を確かめたのは、1か月後のことだった。
 社員全員でミートローフを切り分けて「せーの」で食べてみた。そしてある一人がこう言った。
「今まで食べたことのないシャルキュトリーだ!」
 次にまた別の一人がこう言った。
「これ、ミートローフの中で一番好きかも!」
「酸味と甘みがちょうどいい!」
 つまり、満場一致で「美味しい」と判断した瞬間だった。作品から一回離れ、味覚をリセットしたことで「美味しい」の正しい判断が出来たのだ。
 その後、バラ売りで仙台の百貨店や自身が主催のマルシェなどで販売していくうちに、ラ・ポムは即完売する商品に成長していった。もちろんこれはリンゴが収穫された後でしか作れないのから季節限定品で、今ではその時期になると問い合わせが来るくらい、ファンが待ちわびるような作品となった。
 千夏さんとの商品開発は楽しい。千夏さんは「アトリエ・ドゥ・ジャンボンメゾン」というブランドの全てを理解してくれているし、「アトリエ」の新作には、ほとんど千夏さんのエッセンスが散りばめられている。
 千夏さんは私が悩んでいるといつもこう言った。
「高崎さん、私が提案したとしても、どんどんアレンジして『ジャンボン・メゾン』らしく進化してね」
 ジャンボン・メゾンらしい、それはある種の「突き抜け感」だと彼女は言った。人と同じようなことをしたら、それは二番煎じ、あるいは出がらしみたいになってしまう。誰でも知っている安心感のある定番品を、アトリエ・ドゥ・ジャンボンメゾンというブランドでは必要としない。作り手の好奇心とワクワクを表現していくブランドでいい。

 そして、とびっきり美味しいものを!

奥のミートローフが「ラ・ポム」だ。ポエムではないw


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