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小舟化した社会のなかで


「社会が小舟化している」という言葉が東畑開人さんの本にあったけれど、それをなんとなく頭において日々を過ごしていると、あぁこれもその断片なのだな……と思うことがままある。

さっきも家のポストを開けてみたら、「シェアしない!マイ・ドミノピザ」と書かれたチラシがほりこまれていた。てのひらサイズの小さなピザに、ポテトやナゲットがついたおひとりさまセットだ。宅配ピザなんて手軽に多くの人の胃袋を満たすための食べ物だと思っていたけれど、それすらも小舟化するほかないらしい。長引く疫病下、パーティー需要だけでは生き残れないからとか、競合が増えすぎたとか、様々な理由はあるのだろうけれど。


くだんの、故郷である千里ニュータウンにあるガラス張り図書館付きの複合施設を訪れたときにも、大きな湖に小さな小舟がぷかぷかと浮いているような光景を見た。

平日の昼下がり、そこには何組もの幼い子どもとそのお母さんたちがいたのだけれど、母子、母子、母子……という、それぞれの独立した小さな舟たちがお互いに衝突することも、干渉し合うこともなく、同じ空間の中でゆらゆらりと漂っていた。最近の千里ニュータウンは、マンションが増えて若い家族の移住が増えている。その真ん中に出来たのが、まちなかリビング北千里。「ニュータウン言うても、もう古いとこばっかりで」と自虐的に言っていた数十年前が嘘みたいに、綺麗であたらしい、そしてちょっと知らない町へと変化していた。

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だれかのおばちゃんが「絵本よむで〜!」 と声を出せばそっちに集まり、どこかのおじちゃんが「紙飛行機とばすで〜!」 と呼べばそっちに集まり。私の記憶の中にある三十年前の故郷では、親と子どもたちがおなじ船にゴチャッと乗り合わせていて、大変にやかましかった。ときには大人に先導されながら、ときには子どもだけで徒党を組みながら、ギャー!ウォーー!エーーン!と大きな声をあげつつ、私たちは小さな世界での出来事に熱中していたのだ。その横で、おばちゃんたちは終わらないお喋りに熱中していたような……。


私もいつかは、そんな大人側に回るんかな……とぼんやり思っていたけれど、そこから三十数年。2022年の暮れに帰省した際、子どもを連れるでもなく、「あの……先日は、炎上させてすみません……」とヘコヘコしながら、一人でまちなかリビング北千里にお邪魔した。その顛末は別の記事で書いたので割愛するけれど……。そこで運営の方々とお話をしていたところ、「せっかくやから、ここでトークイベントやりませんか?」という話になった。

うーむ、私に何ができるかな? と考えつつ、ふと先ほど見た、ぷかぷかと小さな舟たちが浮かぶ景色を思い出した。「なんかこう、地域の若い親御さんたちが知り合えるきっかけみたいなのが出来たらええなぁ、って思うんですけど……」と提案したところトントン拍子で話が進み、今月12日、『児童書はその子の一生の地下水になると言われてみれば』というタイトルのもとでお話をさせていただくことになった。

私は子どもの頃、青山台文庫という場所で沢山の絵本に囲まれて育ち……ということを以前noteに書いていたのだけれど、そうしたお話をどうですか? という運びになったのだ。1991年から吹田市で営まれている絵本のお店、クレヨンハウス大阪店で店長をされている山本さんもお招きし、絵本や児童書のことを、そして青山台文庫で過ごした日々のことをお喋りする会の準備が進められた。


そして当日。なんと会場には児童スペースが設けられ、保育士さんや大学生ボランティアの方々まで来てくださるという万全のサポート体制。「助かります(涙)!」という声と共に、幼いお子さんを連れたお父さんやお母さんが集まって来てくれた。

ほかにも、熱心な読者の方や、児童書のお店をされている方……そんなさまざま顔、顔、顔の中に、私にとってとびきり懐かしい顔が。私が幼かった頃、薬局の仕事に出ていた母に代わってまるで母親のように面倒を見てくれた近所の、そして青山台文庫のおばちゃんたち! その顔を見るなり、大歓喜して叫びながら駆け寄ってしまった。

「いやぁ、舞ちゃん大きなって……」と言われるのだけど、今のサイズになってからは随分と歳月が経っている。しかし、おばちゃんたちの変わらない笑顔を見たら、私はすっかり子どもに戻ってしまいそうだった。保護者参観の日の子どものように落ち着かない気持ちになりつつも、なんとかその日のトークやサイン会をやり終えた。


そして後日、おばちゃんたちと青山台文庫でゆっくりお喋りをする機会があったのだけど、思い出話に花を咲かせながら、「あぁせやった、こんな人やったなぁ……」と、ずっと空いていた何かが満たされていくような感覚があったのだ。

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思えば、歳の離れた人とゆっくりお喋りをする機会が、ここ最近どれほどあっただろうかな。親や仕事関係では多少はあるけれど、とはいえかなり限られている。


これはおっかないことなのだけど、接する頻度が極端に少ない年代の人達……となると、SNSやメディアを通してなんとなくイメージを作り上げてしまうことがある。年代だけじゃなくて、地域や職種でもそう。

たとえば地方のおじいちゃん市議会議員が「子どもを産んでいない女性は非国民」という発言をしたとか、ニューヨーク駐妻たちのマウンティング合戦の中で眞子さまの振る舞いが云々……とか、日々浴びている無数の、そして過激に脚色された情報をもとに、「こういう仕事をしている人は、こういう思想なんだろうな」「この属性の人は、きっとこういう考えで……」と、勝手に相手の性格を作り上げてしまう。

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新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。