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自分の弱さをちゃんと、知っておく

私が身体を癒す場所はだいたい銭湯である。

取材で歩き疲れて脚が子持ちししゃものようになっても、執筆で缶詰になりすぎて身体の血流という血流が通行止めになっても、熱い銭湯にダプンと浸かり、さらにジェットバスの水流に背面を打たせておけば、日常レベルの不調はそこそこマシになるのだ。


けれどもかの有名な交互浴、とやらは上手くできたためしがない。7年くらい前だったかな、「体調がずっと悪いんすよね……」とFacebookでボヤいていたら銭湯の神であるところのヨッピーさんに「交互浴がええよ!」と勧められた。周囲の人たちも交互浴は良いぞ、ととのうぞ、としきりに勧めてくる。冷たい水は苦手だが、「やってみたら慣れるから!」「一気に入っちゃえば大丈夫!」と言われているうちに、少し好奇心も湧いてくる。


ということで、まずはサウナで身体をこれでもか! という程にあたため、いざ水風呂へ……と思ったが、「汗を流してからお入りください」。無論、目の前の冷水を身体にかけるのは恐ろしい。そこで一旦シャワーを浴びつつ、あらためて水風呂へ。つま先OK、ふくらはぎOK、そして太もも………無理!!! 太ももより上まで浸かろうとすると、胃が、そして心臓が「断固拒否!」と叫ぶのである。

そうして白旗を上げる私の目の前で、ザブン!と水風呂に入る猛者たち。一体どれほどの修行を積めばそうなれるの? と不思議になる。そこで時を変え場所を変えて、幾度となく挑戦したものの、やっぱり内臓側が断固拒否。


これは修行云々の問題じゃなくて、この身体は元来交互浴には向いていないのかもしれない。思えば、少学校のプールの授業でも私は顔が真っ青になり、だいたいプールサイドでタオルケットにくるまりつつ、みんなが勇ましく泳ぐのを傍観していたっけな。

「水風呂も、真夏日のプールくらいの水温やったら入れるんやけど」と思いながらも、巷のサウナーたちが「水風呂は冷たいほど良い!」と評価をしているのを見ると、なんとも主張しづらい。サウナーへの道は諦める他なさそうだ。

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でも! そんな人間でも、銭湯は好きなのだ。好きどころではなく、ないと生きていくのがむずかしいほど。お風呂そのものも愛しているけれど、スマホと強制的に離れ離れになる環境もいい。再生可能なメディアは自分の脳内にある想像力だけ……となれば、さまざまな閃きが降ってくる。有り難いことに、どうにも行き詰まっていた原稿の突破口だって見えてくる。これは非常に助かる。


それに、老いも若きも、女の裸が大した意味もなく並んでいるのもいい。街に溢れる女の裸は、性的な目を向けられるものばかり。でもここでは、ただの肉や脂肪の塊として、おおよそ品定めされることもなく、チャプチャプとお湯に浸かっている。そして、自分もそうした肉体のひとつに過ぎない……と思うほどに、日頃の悩みが心底どうでもよくなっていく。


ぼーっと熱めの風呂に入り、のぼせきる前に、ぬるめのシャワーを頭から浴びてスッキリする。「ととのう」には至らないかもしれないが、それでも気持ちがいいもんだ。そして湯冷めしないうちにさっさと帰宅して、ゴクゴクとノンカフェインのお茶を飲み、あとは寝るのみ! それが私の、疲れた夜のルーティンでもある。



──



しかし先月は、それはもうひときわ疲れていたので、いつものルーティンよりも格を上げてやろうと巨大スーパー銭湯に行った。リストバンドでピッ、ピッ……としているうちに、お会計がとんでもないことになっているリッチなタイプのスーパー銭湯だ。まぁ、勤労した自分への福利厚生としては相応しかろう! と、それなりに気前よくピッ、ピッ……銭湯、サウナ、カフェ、岩盤浴、マッサージ、食堂……と隅から隅まで満喫し、最後に休憩スペースで休憩。……と思ったら2時間しっかり寝てしまった。あ〜〜〜〜、やっちまった。

交互浴にも向いていない我が身体だけれども、「暖房の効いた空間で眠る」も厳禁なのである。ホテルでも、必ず暖房を切ってから眠らないと翌朝には喉を潰してしまう。暖房を切れないタイプのホテルでは、必ず加湿器を借りて、マスクをして、その上で沢山の濡れタオルをぶらさげておくのだけれど、まぁだいたい喉は枯れる。そこから喉風邪がはじまり、2週間ほど病床に……というのがいつものこと。

今回も、やっぱり喉風邪が始まった。しかも1週間後にはトークイベント。が、最近の私は耳鼻科での必殺技を手に入れた。鼻と喉から綿棒を奥底まで突っ込まれ、塩化亜鉛などの消炎剤を直接塗りつけるという「Bスポット療法」。これ、信じられないほどに痛い。痛すぎて涙がダバーーーと出てくるのだけど、信じられないくらいに効く(私の場合はね)。


……ということで、本日なんとか回復し、明日のトークイベントはなんとか欠席することなく登壇できそうでほっと安堵。どれだけみんなが楽しんでいても、私は銭湯での交互浴はNG。あったかい暖房の部屋での睡眠もNG。そして体調を崩した場合の対処法は……と、全てを説明書にするとあまりにも長すぎるのだけれど、自分のことをちゃんとわかっておくと、まぁまぁ上手く付き合える。


もちろん、「もっと丈夫な身体に生まれていれば!」と何度も涙を流したし、何度でも好機を逃した。持病の通院でも、それを治すための薬の副作用も、どれもお金と時間ばかりかかって、「この時間を仕事に回せていたら……」といつも恨めしくなっていた。次々と成果をあげられる人が羨ましくないと言えば嘘になる。

けれども、会社員も、外に出る仕事も、あれもこれも充分に出来ない……と迷いながら行き着いた先に、今の仕事がある。本を読んで、いろんなことを考えて、家の中で文字を書く。SNSの力を借りて、遠くの人にも精一杯届ける。

明日一緒にお喋りする塩谷さんもまさにそんな人。彼女の読み方は「エンヤ」で、文字だけではなく絵も描く人だけれど……野心や好奇心の大きさと、それを乗せる身体の弱さが少々似合っていないような、そんなところはとても似ているような気がしてる。

まだ会場のお席もありますし、下北沢に行くのは大変だな、という方はオンでラインでも。"求められていること、得意なこと、自分がやりたいこと、お金を稼ぐことをフィットさせていくことに迷う2人(イベント紹介文より)" のお喋り、よければ是非聞きに来てやってくださいな。

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新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。