2023年11~12月に行った展覧会について
昨年末に訪れた美術展の覚書です。
今更感ありますがまあ……1月中に更新できてよかったね!
11月
「生誕140年 川瀬巴水 版画の旅」茂木本家美術館
過去記事にも書きましたが、千葉県野田市の茂木本家美術館、いいところでした。ホキや川村の他にも、こんな素敵な私設美術館があったとは。
常設展の目玉は富士絵コレクション。梅原龍三郎や横山大観といったビッグネームをはじめとした様々な日本画家の描く富士がたくさん見られて、同じ画題でこうも捉え方が違うのか~と感心した。
企画展示室は分厚いカーテンの奥の細長いスペース。両脇のガラスケースと壁に整然と作品が並べられていました。プライベートな雰囲気の、狭く静かな空間で、痛いほどに静かな巴水の風景画と親密に向き合うことができて、よい鑑賞体験だったと思います。
特にああ、いいなあと思ったのは「平泉中尊寺金色堂」。
有名な絶筆の雪景色ではなく、無人の月夜を描いたものです。山中なのに木々のざわめきも虫の声も聞こえない、時の止まったような風景に吸い込まれそうになった。夜の豊かな青色もしみじみと素敵だ。
「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展 美の革命」国立西洋美術館
音声ガイドを三木眞一郎さんが担当すると知って「行く行く行きます絶対行く!!」と慌てて予定を組んだのですが、これはマジで行ってよかった。
2023年のベスト展覧会でした。
ありがとう三木さん。ガイド音声も素晴らしかったです。
セザンヌ、ルソー、そしてアフリカ美術からヒントを得たピカソとブラックが取り組んだ実験絵画・キュビスム。ふたりの実験が終わってもその影響は他作家に広がり、さらに各国へ及んで様々な画派を産んだ。
事前に公式動画で予習したからかもしれませんが、そうした流れがとてもよく飲み込めて、面白かった。
ブラックの「レスタックの道」やピカソの「裸婦」なんかはもろにセザンヌの風景画なんだけど(裸婦なのにマジでセザンヌの描く山脈そっくりなんですよ!)、画題から要素を抽出し、分解し、画面として再構成し……とお互い模索を繰り返すうちにどんどん先鋭化していく様がかなりスリリング。ふたりともよく力尽きなかったなと思うし、この模索を支え続けた画商の胆力すごいよ。
でも一番好きだ!! と思ったのは、本展の目玉でもある大作・ロベール・ドローネーの「パリ市」。一見プリズムのように硬質な印象を受けるけど、実物は画面がバカでかくて全体よりも細部の筆触の方が目に入るので、各面が溶け合うような柔らかい印象を受けた。色が超きれいで、色の繋がりを目で追ってく過程でいろんな景色が見えてくるのが楽しい。好き。
ソニア・ドローネー「バル・ビュリエ」も好き。
図版で見たときには、単純化された人々のフォルムやカラフルな色彩が可愛らしいなと思っていたのですが、実物は混色の濁りと筆使いのうねりに、ダンスホールのむせ返るような退廃的な熱気を感じた。どちらも抽象画よりキュビスム時代のほうが好きだ。
あと。フアン・グリス「朝の食卓」も印象的でした。
これも図版で見たときは黒が効いててカッコいい絵だな~という印象だったんだけど、第一次大戦の影響下で描かれていたことを知ると、食卓の風景を構成していたピースが、破れてひしゃげて分解されて、その隙間からひたひたと忍び寄る情勢への不安が覗く、緊張感のある絵に見えてくる。それが胸にずんと来た。
「銀座の小さな春画展」アートギャラリーハウス&「春の画 SHUNGA」
「春画」を題材にした映画「春画先生」「春の画 SHUNGA」の公開を記念した、文字通りの小規模な春画展。
小さなスペースにタイトルと作者名のみのキャプションつけて春画が並べられていて、確かにどれも摺りや発色が美しい……んだけど、描かれている二人の関係性や状況がよくわからないから、フーンと眺めるだけで終わってしまった。映画を観てからの方が鑑賞ポイントがわかってしっかり観れたかも。
「春の画 SHUNGA」もすぐお隣のシネスイッチ銀座で観てきましたが、中身が濃くて面白いドキュメンタリーでした。
鳥居清長「袖の巻」の復刻を試みる高橋工房のパートは、現代の若い職人の奮闘と、江戸の彫師・摺師の技術の高さがよく分かるし、春画の美品・名品を披露するイベント「春画ナイト」のパートは、参加者の赤裸々な感想に赤面しつつ、こんな風に大らかに春画を語ってもいいんだ……と新鮮な気持ちに。
贅を凝らした浮世絵だけでなく、地方の名家に伝わる絵巻や、庶民にも手の届く手のひらサイズの拙い春画など、様々な作品形態や需要のありかたを知ることができたのも面白かった。
喜多川歌麿「歌満くら」はポルノとしての実用性よりスタイリッシュな画面へのこだわりや性に対するニヒリズムが強いよねって話は同意のヘドバンしてしまったし、歌川国貞の「花鳥余情吾妻源氏」は◯◯◯プレスとか断面図とか現代のポルノですらマニアック寄りな描写に通じるものがすでにあって驚き。
葛飾北斎「蛸と海女」や鈴木春信「風流艶色真似ゑもん」等の春画をアニメ化したパートは、動きに全く違和感がなくて驚きでした。森山未來と吉田羊が声を当ててるんですが、吉田羊が本気出しすぎてだいぶエッチだった……😳
12月
「ヨシタケシンスケ展かもしれない」宇都宮美術館
こちらの記事でサラッと触れましたがあらためて。
第一展示室は、ベニヤでゆるく仕切られた中に「無数のアイディアスケッチや原画」「絵本をモチーフにしたアトラクション」「ヨシタケ氏の学生時代の作品」「ヨシタケ氏のアトリエに飾ってあるお気に入りの品々」等々がゆるく展示されています。特定の順路はなく、あちこち回遊しながら見ていく感じ。
壁の隙間にもメッセージや作品がこっそり隠れていて、いつまでも探索できそうな楽しい空間になっていました。
スケッチが収められているのはジップロックだし、直筆のキャプションは正方形のポストイット。ともすればしょぼく見えかねないけれど、この文化祭的な手作り感とユルさがヨシタケさんらしくて素敵だ。
巡回の際にちょっと間違えば剥がれたり紛失したりしかねないわけで、かえって大変かも?
第二展示室は絵本の原稿が各作6~8ページずつくらい展示されていたかな。ついつい内容を読んでしまうんだけど、しっかりと子供と目線を合わせて彼らの感情に寄り添うような優しさが感じられて素敵だ。
「子供の頃はまさか絵本を書くことになるなんて思いもしなかった。あなたにも想像のできない未来が待っているかも! 」というメッセージで締めくくられているのもよくて、物理的にも精神的にもおみやげを貰った気分。
「いちはらのお薬師様-流行り病と民衆の祈り-」市原歴史博物館
近隣に住んでいるのに実は行ったことがなかった市原歴史博物館。
この度、初の企画展が開催されると聞いて気にはなっていたのですが、なかなか予定が立たず、終了ギリギリのクリスマスイブにようやく行けました。
市内各地の薬師如来が勢ぞろいで眼福!
どれも優美ながら顔立ちもドレープや肉体の表現も様々。螺髪が瑠璃で塗られていたり、白毫に水晶がはめ込まれていたりするものもあって、わたしのようなズブの素人でもただ眺めて拝むだけで十分楽しい。
橘善寺のお薬師様が特にお気に入りです。リアルだけど優美な手指の表現が好き。
お薬師様や国分寺といった市内の文化財を紹介しつつ、絵馬や赤物の小物、疱瘡除けの御札の版木といった民間信仰や、調薬・売薬の道具など、「過去の人々がいかにして流行り病に立ち向かったか」というコロナ時代の今につながるテーマを展開していて、小規模ながら満足度高い展示でした。
諸事情で常設展まではじっくり見られなかったので、近いうちに再訪したいところです。
2023年を振り返って
「2023年は月イチくらいのペースでいろんな展覧会を見に行きたいなあ」とぼんやりした目標を掲げていたんですが、数えてみれば24展見に行っていた。倍じゃん!
いえね、ひとつ展覧会見ると、「この作家素敵だったな~」→「おっここでも作品が出ている、見に行こう」「関連書籍読んでみたら他に気になる作家が出てきた」とどんどん興味が広がっていっちゃうんですよね。
当然ながら美術番組や情報サイトもチェックするようになるしね。これはもうしょうがないのです。面白そうな展覧会が多すぎるのが悪い。
2024年もすでに気になる展覧会がたくさんあるので楽しみです。