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ハマウイングの心霊写真。横浜市港湾部から東京と平成を考える。/散歩編#2



〇"ハマウイング"


横浜市風力発電所、通称”ハマウイング”は、横浜市神奈川区の瑞穂埠頭に直立しています。風車の全長は約118m(映画「シン・ゴジラ」に登場するゴジラの身長がおよそ118m。見上げた高さは大体シンゴジラくらい!)にもおよび、一定程度の高さからであれば、横浜市内全域から視認可能。横浜インターコンチネンタルホテルやコスモクロック21など、みなとみらい地区の対岸に位置するハマウイングは、横浜市民にとっては一種のランドマークとなりつつあります。
説明によれば、ブレード1枚が約6t、回転中心であるナセルは大型バスほどの大きさとのこと。ブレード真下からの迫力は凄まじいものがあります。

真下からハマウイングを仰ぐ。

本来風車とは、洋上ないし山間部の好風況地点に複数設置することが前提の発電装置です。しかしハマウイングがそびえるのは、みなとみらい地区から1.5kmほど離れた対岸の工業地帯であり、加えて1基のみの設置。つまり本施設は、世界でも珍しい都市型の風力発電所なのです。そんなハマウイングが成立するまでの経緯から、辿ってみましょう。


〇サプライチェーンの構築


京浜臨海部での燃料電池フォークリフト導入とクリーン水素活用モデル構築実証」。平成27年度から開始したこのプロジェクトは、環境省が推進する低炭素水素技術実証事業の一環として考案されました。つまり、京浜臨海部における再生可能エネルギーを活用したサプライチェーンの構築、これが本計画の最終目的だったわけです。ハマウイングは本計画のまさにシンボルかつランドマークとして、産官学そして市民による協力のもと建造されます。建設資金として設立された市債”ハマ債風車”は、環境貢献などを動機に350名が購入し、完売まで3日しか要さなかったというから驚き。
令和2年度まで継続した実証実験では、期待以上の成果が挙がりました。ハマウイングでの発電・電力を用いた水素の製造・水素の直接配送・燃料電池フォークリフトの導入と稼働。臨海部一帯が、文字通り環となってサプライチェーンを作り上げたのです。

サプライチェーン地点の模式図, 環境省作成のパンフレット「地域と一体となった低炭素な水素サプライチェーン構築を目指して」より。

サプライチェーンの模式図を見てわかるように、港湾部を中心に8つの設備に向けて、風力発電所で製造された水素が供給されるシステムになっていたようです。サプライチェーンとは、生産から供給、消費まで一連の抽象的な流れを指した言葉ですが、地理的にもハマウイングを取り囲む連鎖のような形が現れています。
(余談: これらの配送先の多くが物流倉庫であり、運輸効率を考慮した結果すべてが高速道路沿いに建設されています。私には、全体を結ぶ首都高の形状がどうしても日本列島の外周に見えてしまうのですが、いかがでしょうか。再生可能エネルギーによるサプライチェーンが今後日本全体へ拡大していく、そんな示唆に見えないこともなくはなかったりするかもしれない可能性も…。)

プロジェクトが完了した2022年現在、風力発電の啓発板は市内2カ所で見られます。また風力発電所周辺の水素関連設備は撤去され、現在は発電したエネルギーを売電する形で、ハマウイングは稼働しています。


〇誰が消えたのか。


さて、本題はここから。まずはこちらの画像をご覧ください。

横浜市環境創造局作成のリーフレットより。横浜市のサイトで公開中。

少し拡大します。

左下部を拡大

この画像、実はけっこう盛ってます。割と大胆に。

どこを盛っているか、気付きますでしょうか。
ヒントは先ほど書いた文章。

「ハマウイングがそびえるのは、みなとみらい地区から1.5kmほど離れた対岸」

そう、この写真は望遠レンズを使って、ハマウイングとみなとみらい地区の距離(写真内だと奥行き方向の長さ)を意図的に圧縮しているんです。

(ちなみに、望遠レンズで奥行きを敢えて無くすテクニックは圧縮効果、とも呼ばれます。コロナ禍の街路を撮影する際、わざと混雑してるように見せかけた映像が話題になりました。この時も圧縮効果で望遠レンズが槍玉に。もちろん圧縮効果を使った素晴らしい写真も存在します。あくまで技術。)

実際に見学するとわかりますが、ハマウイング、相当のデカさです。全体を1枚に収めようとすると努力と工夫が必要で、まして背景と一緒に捉えようなんてまず不可能。せめて空か船が映りこむ程度です。
だから、とも言えます。ハマウイング全体と後ろのみなとみらい地区を1枚に収めるべく、圧縮効果を使ったのだと。

上の写真には距離以外にもう一つ圧縮された存在があります。Google Earthで確認してみましょう。

ハマウイング周辺の立体図

左上の赤い点がハマウイングで、右下の尖った建物が横浜コンチネンタルホテルです。両者の距離はおよそ1.5kmあり、そのほとんどが東京湾なのですが…。さらに拡大図。


左上部拡大

こちら、何の施設かお分かりでしょうか。港湾施設であり、かつ船が多数停泊している、船の色はグレーでなにやら重装備、そしてみなとみらい地区に海自が保有する施設はないはず。残った可能性はひとつしかありません。

圧縮され、無かったことになっている存在、答えは米軍です。


○1つ目の推理編


横浜は様々な受難をくぐり抜けてきた土地です。

1859年に開港すると、居留地貿易が活発になり一気に発展。するのですが、好況も1923年の関東大震災と1945年の東京大空襲で打ち止めに。戦時中の家屋焼失と占領軍による長期間の接収により、戦後の復興には長い期間を要しました。
ハマウイングが立つ瑞穂埠頭は1945年に完成した埋立地で、戦後は占領軍に接収。講和条約の発効後は日本の提供施設として使用されており、現在では、通称「ノース・ピア」と呼ばれています。

見学時は基本的に風車の撮影は可能なのですが、米軍施設方向にカメラを向けることは避けて欲しいとのお達しが入ります。こうした要請は日本各地どの戦略施設でもあるもの。私が気にしたいのは、あの写真についてなのです。

先ほど申した通り、この写真は望遠レンズで遠くから撮影されたものです。みなとみらい地区から見てハマウイングのさらに向こう岸、もしくは東京湾沿岸の海上から撮影したのでしょう。位置関係を抑えた今なら、ハマウイングの後ろにある船が恐らく米軍のものであることが分かるはずです。しかし、ハマウイングの真下からみなとみらい地区を撮影しようとすると、どうしても禁止区域内にカメラの視線が重なってしまうから、撮れません。

つまり、この写真は存在しない風景を映しているのです。


○2つ目の推理編


先ほどの写真にはもう1つ誤解しかねないポイントがあります。ハマウイングの向きにご注目。
写真ではこちら側、つまりハマウイングがカメラ目線で映っているため常にこの向きで稼働しているように思えます。が、実際は違うんです。横浜市のいくら臨海部といえど風況が常に良いわけではありません。ハマウイングの場合、回転部が常に風上を向くように制御して効率を上げているのです。(ブレードの角度も制御可能とのこと。すごい。)

さて、ここまでの検討を一旦整理しておきましょう。

1つ目の盛り:写真では「距離」と「場所」が圧縮されていた。
2つ目の盛り:ハマウイングのカメラ目線は狙って撮影された。


○しなやかに生きること


盛りなどと言っているとなんだか批判的に聞こえるかもしれませんが、わたしはあくまで好意的に捉えています。

横浜市臨海部は─繰り返しになりますが─受難の街です。港湾事業で人気になったと思ったらすぐ震災、おまけに戦禍に巻きこまれ大被害。復興しようとしても占領軍に接収されまくり、マトモに都市開発が出来ない。戦後も公害問題に悩まされます。
しかし、横浜市は幾度となく困難を乗り越えてきました。

ハマウイングの姿勢は、どこかそうした横浜市の歴史を想起させます。家が灰になろうと、占領されようと、その反動をエネルギーに変えてしなやかに生きること。時折向きを変えながら、ひたすら風上の方向へ動き続けること。

横浜市の臨海部では3枚の羽根が回転しています。今日も明日も、たぶん明後日も。









○最後の問題編、どうして消えたのか



締まりそうでしたが最後にもう少しだけ。

写真の撮影は、写るものと写らないものを原理的に区分けしてしまいます。だからこそ私たちは、“写らなかった”存在について、ときには慎重に焦点を合わせなければいけません。

圧縮され、同時にスキップされていたのが「距離」であり「特殊な施設」であったこと。ハマウイングの真下では、みなとみらい地区を写せないこと。

みなとみらい地区、ベイブリッジ、そして首都高速道路。平成を振り返る上で、この3つは避けて通れません。複雑に絡み合い、立体状に交錯する東京という都市と平成の時代。ハマウイング写真に写ってしまった/から消えてしまった幽霊たちを考えることはきっと、東京と平成を振り返る足掛かりになるはずです。

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