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『Nightmare Alley』トロントに降る悪夢

「今日は何をやっているんだい」

粉雪が舞うカレッジ・ストリートに声が響く。振り返ってみると杖をついた初老の男性がこちらを見つめていた。映画館「Carlton Cinema」の前で熱いコーヒーをすすりながら扉が開くのを待っていた私は、寒さと期待に震える声で答えた。

「題名はナイトメア・アリー。なんでも、カーニバルを舞台にしたノワール映画らしいですよ」

題名が示す通り、私は今日めくるめく悪夢を見るためにやってきたのだ。

クラシック映画への愛に溢れた映像、ホラーとファンタジーを融合させた物語、そして愛すべきキャラクターで映画ファンを虜にしてきたギレルモ・デル・トロ監督の最新作『ナイトメア・アリー』は、2020年1月トロント市内で撮影を開始した。3月にはパンデミックのため撮影場所を一時的にアメリカへと変更することになったものの、同年9月には再びトロントを訪れて年末まで追加撮影を進めた。

特殊なスキルを身につけた主人公と、彼の顧客となる富豪が初めて出会う建物はオンタリオ湖沿いに建つ「R.C.Harris Water Treatment Plant」だ。現在もトロントで使用される水の3割以上を供給している浄水場で、アール・デコ調の美しい内装でも知られている。スクリーンの中でも艶々と光る大理石の床は一際目を引く。また建設時の1930年代には「浄化の宮殿」と呼ばれていたことを踏まえると、魂の救済を求める富豪の登場シーンとしても申し分のない場所だったと思う。

また、富豪の自宅内としてトロント観光名所の一つである「Casa Loma」も暗躍する。デル・トロ監督の過去作『クリムゾン・ピーク』では主人公の実家として登場したゴシック様式の城だ。また同じ自宅の屋外としてオシャワ市にある豪華邸宅「Parkwood Estate」が使用された。雪に包まれて芯から凍ってしまったような庭は大きな画面で見ると異様な圧力があり、ホラー要素をぐんと高める効果もあったようだ。

ちなみにアメリカでの撮影は主にバッファロー市で行われたが、デル・トロ監督の十八番ともいえる純白の花弁雪は本物ではなく、デジタル処理などで作成されたものだという。確かにカナダで撮影された場面だけ足先が埋まるくらい雪が積もっている。元々、監督のイメージにぴったり合う場所がトロントだったのだろうか。それとも豊かな街の情景が彼に閃きを与えたこともあったのだろうか。少し視点を変えれば夢にも悪夢にも変貌するトロントの映像を見ながらそんなことを思った。

なかなかに面白かったよ、と笑いながら映画館を後にする初老の男性を見送ったあと、そのまま向かいにある地下鉄「College Park」駅へと足を運ぶことにした。ここは後半で主人公が華麗なショーを行う舞台として登場する。顔を上げれば、スクリーンからついてきたかのように空にはまだ白い雪が舞っていて、私はしばし秘めた欲望をめぐる悪夢のなかにいた。今日もこの街はいろいろな顔を披露して私を魅了する。