歌舞伎zakzak-3 人間界と異界の狭間に展開するアクション 「鬼揃紅葉狩」
introduction
歌舞伎初心者の方に特にお勧めしたい演目の一つが「鬼揃紅葉狩(おにぞろいもみじがり)」です。舞踊ものではありますが、変化に富んだストーリー性があって、分かりやすく舞台面も美しい。一般の人がイメージする「まさに歌舞伎らしい歌舞伎」と言えるでしょう。一幕で上演1時間ほどというのは、だれる間もない、ちょうど良い見やすい長さというのも初心者向きです。
STORY
信濃路戸隠山は一面の紅葉。そこに従者二人を伴って平維茂が通りかかり、女性ばかりの宴と出くわす。誘われるままに酒宴に加わり、披露される更科の前の舞いを楽しむうちに睡魔におそわれ眠ってしまう。実は更科の前の一行は山中に住む鬼女達。そこへ神女八百媛たちが維茂を救おうと現れ、彼らを目覚めさせようとする。目が覚めた維茂、本性を現し襲いかかる鬼女達との激しい戦いとなる。
2022年10月4日〜27日 歌舞伎座
更科の前:市川猿之助
平維茂:松本幸四郎
神女八百媛:中村雀右衛門
https://www.kabuki-za.co.jp/
クリエイターからクリエイターへ
能楽の人気曲である「紅葉狩」を基にして、歌舞伎舞踊として明治時代に河竹黙阿弥の作、九代目市川団十郎の初演で上演された歌舞伎版「紅葉狩」。そして昭和に入ってから、趣向も新たに萩原雪夫によって作られ、中村歌右衛門(更科の前)と二代目市川猿之助(平維茂)によって「鬼揃紅葉狩」が初演されました。その後三代目猿之助(現猿翁)が、さらに演出を加えて現在上演される形の「鬼揃紅葉狩」となりました。
「紅葉狩(新歌舞伎十八番)」「鬼揃紅葉狩(三代目猿之助四十八撰の内)」「信濃路紅葉鬼揃」などが現在上演されていて、ひとつの題材を、その時代その時代のクリエイター達が工夫を凝らして作品が変化したり、豊かになっていく様は、長い歴史を持つ歌舞伎の大きな特徴を表しています。
三方掛け合いで味わう音楽的快楽
開幕すると舞台の下手に常磐津、中央後方に長唄囃子、そして上手に竹本という豪華かさ。三方掛合という贅沢な演出はこの演目でだけ。更科の前がそれに合わせて披露する舞いは華やかさ優雅さの極み。しかし舞ううちに徐々に怪しい雰囲気が漂い、突然表情と体勢が荒々しく変わり鬼の本性を表す、その豹変ぶりの面白さ。この場面は何度見てもなぜか心がざわつく。
前半と後半のコントラスト。歌舞伎の醍醐味。
前半では優雅であったり技巧的な踊りを、そして後半は人にあらざる者に豹変して荒々しい立ち回りの舞踊を見せるのは歌舞伎演目のよくある形式。「春興鏡獅子」「土蜘」「船弁慶」などがそれにあたり、いずれも能楽に基づいた松羽目物です。一幕の中で、一人で柔と剛を踊り分け、その演者の力量が堪能できるのも歌舞伎の醍醐味です。
「紅葉(もみじ)」という女性の伝説
この演目の大本となっている能の「紅葉狩」は、長野に伝わる伝説が元になっているとも言われている。平安時代、ある事情から長野の山深い場所に都落ちしてきた「紅葉(もみじ)」という女性の話である。宮中にいただけに教養もあり、土地の人たちに自分の知識を教えたりして尊敬されていたが、都への断ち切れない情念が彼女を鬼にした、とも伝えられる。
虐げられた弱い人間が、その鬱屈したエネルギーを何かの拍子に爆発させるのではないか、という虐げた者の持つ恐怖心を思わせる。人が何か強い怨念のために鬼になったりする話は、歌舞伎の演目で「黒塚」などがあり、鬼女となった我が身を振り返る姿からは深い悲しみが伝わってくる。
深い山の中、森の中に人は何を見るか?
そして人間には昔から、山中や深い森の闇に、人知を超えた存在への恐れを抱いていたのではないでしょうか。「紅葉狩」という演目の根底には山深い場所に桃源郷(女性ばかりの宴に誘われる前半の場面)があるのでは、というポジティブ思考と、その反対の闇に潜む魑魅魍魎の恐怖という両面の深層心理が、上質のエンターテイメントとして表現されていて興味深い。
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